第2話
「ラーメンストリート、毎週通ってるんだ」
隣の席でとんこつラーメンをすすっている彼の名前は、白木淳多というそうだ。全く知らない人なのだが、ラーメン店の入口で美術館に一緒に行こうと誘われ迷っていたところ、店員さんに勘違いされて隣の席で通されてしまった。店内は満席で外には行列ができており、スーツケースを持ち歩く旅行者の姿も多い。
「へえ……ラーメン好きなんですね。もう全店舗制覇したんですか?」
「とっくに。てかタメでいこうよ。久田さんはここ初めて来たの?」
私は頷く。白木くんはサラサラな暗めの茶髪に色白で整った顔をしている。いかにも話しやすそうな空気をまとっていて、名前を一発で覚えてくれたことに尊敬の念を抱いた。
これまでの会話で偶然にも同い年だということが判明した。横浜にある実家から東京の専門学校に通っているという。
さっきまで歩き回っていたせいかとてもお腹がすいていた。店の看板メニューになっていたデラックスラーメンは細麺で、トッピングに明太子がのっていることにテンションが上がる。
「好きな人はいる?」
唐突にとんできた質問に飲んでいたお冷やを吹き出しそうになる。
「……いない」
「僕はいるんだ」
「おお」
「失恋したけどね」
息を飲み込む。どう反応していいかわからない。
「バイトの同期で。バイト終わりに、彼氏さんがその子のこと迎えに来てたんだ。もうめちゃくちゃイケメンで、絶対ノリとかよさそうで、もう僕なんか。はああ」
白木くんは頭を抱える。
「白木くんもイケメンだよ」
本心から断言するが、なんの慰めにもならないことはわかっていた。白木くんは軽く受け流すように苦笑して「つらいな」とこぼした。
頭の中に、ぽんとある男の子の顔が浮かんだ。次いで淡い青春の日々がフラッシュバックする。四十人分の机と椅子を押し込めた狭い教室。青空が見える窓。教卓と黒板——。誰かに恋をしたのはあのときが初めてで、毎日戸惑いながら高校に通って、その子に会えるだけで嬉しくて、だけど失恋してからは気を紛らわそうとやりたくもない勉強ばかりしていた。
涙がひと筋、頬を伝った。
「ごめん、すごく気持ちわかって……」
ぐす、と鼻をすする私に気づいて、白木くんがぎょっとした表情をつくる。
「え、大丈夫? ハンカチいる?」
本当にハンカチを取り出してしまいそうな勢いなので私は首を左右に振って涙を拭った。
「ううん。私も、好きな人の彼女が、もうとびきりかわいくて、博識で優しくて、おもしろい子だったよ。敵うところなんて微塵もなかった」
とんこつスープを蓮華ですくって口に運ぶ。当たり前だけどしょっぱい。自分の恋愛話を誰かにするのは初めてだなと思った。
「でも、一番だめだったのは、上手くいかないからって無駄にネガティブになって、自分のいいところさえわからなくなってたことだった。だから白木くんも自分のこと、ちゃんと大事にしてほしい」
言い切ってから、偉そうなことを言ってしまっただろうかと白木くんを見ると、ぽかんとした顔をしていた。
「……そんな真面目にコメントされると思ってなかった」
「へ」
「いや、すごいんだけどさ。こう、異性が失恋して落ち込んでるんだから『じゃああたしと付き合う?』くらい言ってくれてもよくない?」
「え! ええ? 言えないよ! それが普通なの?」
「冗談」
笑いながら頭をぺし、と叩かれる。なんというフレンドリーさ。本当に初対面だろうかと不思議になってしまう。
ラーメン店をあとにし、八重洲中央口から外に出る。
「もう、白木くんのせいで昔のこと思い出して最悪だよ! やっと薄れてきてたのに」
「なんかごめんなさい」
「でも、こういうときこそ美術館だよね。芸術家の感性に触れたら悩み事もちょっとはちっぽけになるかもだし。視野を広げにいこう!」
白木くんの横で、私は人差し指を宙に向かってビシッと指さした。青空の下に、高層ビルが立ち並ぶ水色の景色が広がっている。
「……久田さんって、たぶんだけど変わってるね」
「そう?」
こうして、私は本来何のつながりもないはずの彼と知り合った。
続く
待ち合わせは東京駅で @shioriria
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