待ち合わせは東京駅で

@shioriria

第1話

五月下旬のとある日曜日。午前中でも日差しは夏のようで、半袖ティーシャツにキャップを被って埼玉の家を出た。


上野東京ラインに揺られながら、大学の生協で購入した文庫本を開いて目を落とす。


 キャンパスライフ二年目に突入し、バイトのない授業終わりや休みの日にはひとりでふらっとどこかへ出かける習慣が染みついていた。


今日の予定は、銀座で歌舞伎の一幕見席を観たあと、東京ラーメンストリートで昼食。それから東京駅付近の観光と、アーティゾン美術館で開催中の展示を見に行く——。


私は文系大学生の中でも特に暇な類で、理系の友だちに時間割を見せれば「え、大学行ってないじゃん」とショックを与えてしまうほどだ。


 もとからここまで活発に外に出ていたわけではない。高校時代は外部を遮断して英単語帳と睨めっこしていたし、中学時代はネットが主な居場所だった。それがなぜこうなったのかと聞かれたら色々理由はあるけれど、アクティブな人に出会ううちに影響されてアクティブになってしまったというのが妥当な説明である。


 歌舞伎座で観劇を終え、丸ノ内線で東京駅に移動するところまでは極めて順調だった。駅構内を散々さまよい歩いた果てにラーメンストリートを発見し、前に並んでいた外国人に食券の買い方を聞かれたので教えると「ワオ! イージー!」と感動してもらえたので嬉しくなる。


 自分の食券を買おうと二千円を食券機に入れたところで、横から声がかかった。


「すみません、これ落としました」


一人のお兄さんが私に何か差し出しており、見るとこれから行こうとしている美術館の無料招待券だった。現代アートの授業で、学芸員をしている教授が私たち学生に配ってくれたのだ。お財布に入れていたので、お札を取り出すときに落ちてしまったらしい。


「ありがとうございます」


 慌ててぺこりと頭を下げて受け取ると、「あの」とお兄さんは言葉を続けた。


「僕もそれ興味あって……よかったら一緒に行きませんか?」

 







続く

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