第27話 「違和感のピース」

「うっ……」


 私は目が覚めて、上体を起こした。

 辺りを見回すが、私以外、誰もいない。

 密林の中に、一人佇んでいた。


「みんな……どこ……?」


 フラフラと立ち上がり、その辺に生い茂る草をかき分けるが、人の姿は見えなかった。

 まさか、置いてかれた……?

 いや、そんなわけないと首を振る。

 みんなもきっと私を探しているはずだ。

 急いで合流しないと。

 そう考え、足を踏み出したとき、飛び出ていたツルに絡まり、私は前のめりに倒れた。


「……」

 

 全く見えていなかった。

 焦っていたせいか、視界が狭まっていたみたいだ。

 こういう時こそ落ち着かないと。

 

 私は手をつき、立ち上がろうとしたとき、指でキラリと光るものが目に入った。

 眼前にかざすと、銀色の指輪が赤い宝石と共に輝いていた。

 

「そういえばこんなのつけてたな……」


 迷宮に入る前にエドガーからもらった魔導具、“導きの指輪”だ。

 指にはめていたことをすっかり忘れていた。

 詠唱を唱えると、他の指輪の位置を指示してくれる効果を持っている。

 これがあればみんなを見つけることができるはずだ。

 ええと……詠唱は確か――


「『我が赤き星よ。黒き星の居場所を指し示したまえ』」


 そう唱えると、赤い光が真っ直ぐ前に伸びた。

 これを辿って行けば、黒き星――エドガーの元へと行けるはずだ。

 しかし同時に、私はウルディの言葉も思い出した。

 

 『はぐれても下手に動くな』


 ウルディはそう忠告していた。

 もしかしたらみんなも私を探しているかもしれない。

 下手に動いて余計はぐれてしまえば、本末転倒だろう。

 少しだけ待ってみよう。

 それでも来なければ自分から探しに行けばいい。


 私はその場にしゃがみ、みんなが見つけてくれるのをじっと待った。




 しかしいくら待っても、『ツインナイト』のメンバーが来ることはなかった。

 なぜ来ないのか。

 不安が鎌首をもたげる。

 もしかしたらなにかのっぴきならない状況に陥ってるのかもしれない。

 そしたら助けに行かないと。


 私は足早に、光の指す場所へと向かった。

 鬱蒼と生い茂る草葉を突き進んでいく。

 

 不安はどんどん膨れ上がっていった。

 私の歩みは少しずつ早くなり、小走りに。

 やがては駆け出して行った。


「うおっ!」


「わっ!」


 ドンっという衝撃と共になにかにぶつかり、私は尻もちをついた。

 向こうも私の勢いに押されて倒れている。

 顔を上げると、そこにはウルディがいた。


「いてて……」


 ぶつかった拍子に腰を打ったのか、手で擦っている。

 よかった、と私は胸を撫で下ろした。

 エドガーに向かっていったのに、ウルディにぶつかったのは不思議だが、とにかく見つかってよかった。


「みんなはどこにいるの?」


「わからん。オレも目が覚めたら、周りに誰もいなかった」


 どうやら別々にはぐれてしまったらしい。


「ったく……。メイプルのヤツ余計なことしやがって……」


「ま、まあ、私たちは無事だし、他の人も大丈夫でしょ」


「だといいがな」


 ウルディは眉間に深いシワを作った。

 これは、合流したらメイプルはお説教コースだな。

 ウルディの説教は長そうだ。


「とりあえずみんなを探すか。

 ルーナはどっちから来た?」


 ウルディに訊かれ、私はなにか違和感を覚えた。

 なんだろう。

 なにか引っかかる。

 しかしその原因がなにかは出てこない。


「えっと……あっちかな……」


「オレはこっちから来た。

 そしたらお互い行ってない、向こうの方角に進んでみるか」


「了解」


 副隊長の言葉に了承し、私たちは密林の中を歩いて行った。

 

 まるで行く場所がわかっているかのように、ウルディはズカズカと進んで行く。

 私はその後ろを小走りでついて行った。

 

 ウルディは鬱蒼とした植物地帯を迷うことなく、わき目も振らず突き進む。

 こちらを一度も振り返らない。

 普段から冷たい男ではあったが、なんだかんだ気遣ってくれるのがウルディという男だ。

 闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーとの戦いでも、私に糸がついた時はすぐに切り払ってくれた。

 そんな彼が、今はなにかに憑りつかれたかのように歩いている。

 その姿は、狂気すら感じさせた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 違和感を覚えた私は、ウルディの背中を引っ張った。

 ようやくウルディが振り返る。


「どうした?」


「いや……足、速くて……」


「急ぐのは当然だろ?」


「そうなんだけどさ……」


 止めたはいいものの、自分でも違和感の正体はわかっていなかった。

 再びウルディが歩き出そうとしたので、必死に理由を考える。

 ウルディの全身を見て、行動を見て、持ち物も見て――。

 ここで「あっ……!」と声を出す。

 ウルディがなんだよ、と言いたげな目で私を見る。


「そういえば“導きの指輪”を使ってないね。

 それ使った方が早く見つかるんじゃない?」


 私の言葉に、ウルディは大きくため息を吐いた。


「なに言ってんだよ。

 オレには犬以上の嗅覚があるんだから、臭いを辿った方が正確なんだよ」


「あ……そっか」


「くだらないこと言ってないで、さっさと行くぞ」


 ウルディは踵を返して再び歩き出した。

 私の気のせいだったかと思い、ウルディについていく。


 しかし次の瞬間、稲妻のような閃光が脳内を駆け抜けた。

 ピタリとその場に立ち止まる。


「ちょっと待って」


「今度はなんだ?」


 苛立った口調でウルディが振り返る。

 私はウルディのつり上がった目を見つめながら、ゆっくりと確かめるように訊いた。


「ウルディさ、この植物地帯に入る前に言ったこと、覚えてる?」


「はあ? そんなこと覚えてるわけないだろ」


「私はハッキリ覚えてる。

 ウルディは、『あまりの匂いに、オレの鼻もここでは全く役に立たない』

 そう言ってた」


「……」


「なんでこんな悪臭の中で、臭いを辿れるの?」


「……」


 ウルディは応えない。

 感情が抜け落ちたかのような顔で、私を見ている。

 

 私は地を蹴って、後方に着地し、距離を取る。

 即座にロングソードを抜いて、ウルディに向けて構えた。

 ウルディは一歩も動かない。

 それどころか剣すらも抜かなかった。


「あなたは誰? みんなはどこにいるの?」


「……」


 それでもウルディはきつく口を結んでいる。

 対峙しながら考えていると、これまでに感じていた違和感の正体がわかってきた。

 自分で確かめるように、言葉を紡いでいく。


「さっきあなたは、私のことをルーナって呼んだけど、ウルディはいつも『お前』って呼ぶんだよ。

 ルーナって呼んだことは一度もない」


「……」

 

「それに私は、“導きの指輪”を使ってエドガーの元に向かったのに、ウルディとぶつかるのは指輪の効果に反してる……」


「……」

 

「いや……そもそも、私たちはラフレシアの花粉を浴びただけで、吹き飛ばされたわけじゃない。

 それなのに、全員が別々の場所ではぐれるのはおかしい……」


「……」


 ちぐはぐで辻褄が合わない感覚。

 矛盾と違和感の連続。

 それはバラバラのピースだったが、私の中で一つずつ嚙み合って形を成していく。

 その形は真実となり、私は天啓のように閃いた。


「これは……現実じゃない……!

 私は……夢を見ているんだ!」





 重たい瞼を持ち上げる。

 私は地面に倒れ伏していた。

 視界には、同じように倒れたゴーリーやウルディが見える。

 

 やっぱり夢だったみたいだ。

 どれぐらい寝ていたのだろうか。

 一瞬だったような気もするし、丸一日寝ていたような気もする。

 とりあえず無事でよかったと安堵して、体を起こした。

 

 他のみんなも大丈夫かと辺りを見回して、私は息を呑んだ。

 すぐそばに魔物が佇んでいたからだ。

 

 その魔物は、キノコだった。

 しかもただのキノコではない。

 人型のような形をしていて、キノコから手や足が生えている。

 だが人間のような手足ではなく、その部分もキノコでできていた。

 

 キノコ人間と呼んで差し支えない魔物が、三体すぐそばにいた。

 そいつらはメイプルに向けて、手を伸ばしているところだった。


「――ッ!」


 咄嗟にロングソードを抜こうとしたが、倒れた衝撃ではずれたのか、私から少し離れたところに落ちていた。

 これでは拾ってから助けようとしても間に合わない。

 キノコの手が、今まさにメイプルに触れようとしている。

 それなら殴りつけて止めるしかない、と腕を振りかぶった。

 

 その刹那、私の前を影が横切った。

 と、同時にキノコの腕が宙に飛ぶ。

 キノコに顔はなかったが、もしあれば驚愕に彩られたことだろう。

 私はその影を目で追って、その存在を確認すると叫んだ。


「エドガー!」


 メイプルを助けたのは、我らが隊長、エドガーその人だった。

 

 キノコは標的をメイプルからエドガーに変えた。

 ドタドタと重い動きでエドガーに迫る。

 足はあまり速くないらしい。

 

 エドガーはつややかに光るブロードソードを走らせる。

 一体のキノコが縦に三枚におろされる。

 目にも留まらぬ超スピードだった。

 

 仲間のキノコが倒れても、他のキノコに動揺はないのか、

 変わらぬ速度でエドガーへと走る。

 

 エドガーは静かだった。

 まるで風のない湖畔のように、穏やかで静謐な雰囲気を纏っていた。

 いつものやかましいエドガーとは、天と地ほどの差があった。

 

 その静寂を壊さぬように、エドガーがなめらかに動く。

 キノコは抵抗する暇もなく、その身体を半分に切り裂かれた。

 エドガーがチン、と鞘に剣を収めると、

 キノコはパタリと地面に倒れた。

 

 私は呆気に取られていた。

 常日頃、ウルディと稽古をしているからか、なんとなくウルディが隊で一番強いと思っていた。

 しかしエドガーの実力は、ウルディを上回っているように感じた。

 そこまで差はないと思うが、それでもどちらが強いかと問われれば、エドガーと答えるかもしれない。

 そう思わせるには、十分の動きをしていた。

 

 未だ黙りこくって突っ立っているエドガーに、私は走り寄った。


「ありがとう。エドガー」


 近づいて、エドガーに声をかける。

 そしてエドガーの正面に立って、私は言葉を失った。

 

 エドガーは目をつむり、ぐーぐー言いながら鼻ちょうちんを膨らませていたのだ。

 信じられないことに、あれだけ動いても昏睡状態から覚めていなかったのだ。

 

 呆れて開いた口がふさがらなかった。

 というかなんで動けたのか不思議でたまらない。

 とりあえず起こすか。


「起きろばか」


「いたっ――!」


 エドガーの頭を殴りつける。

 目が覚めたエドガーは頭をさすりつつ、寝ぼけ眼で周囲を見渡した。


「あれ……俺は確か、キノコ料理を作っていて……」


「アホなこと言ってないでみんなを起こそう。

 こんな臭いところから早く抜け出したいよ」


「えっ……ああ、そうだな……。

 みんなを起こさないと、だな」


 起き抜け特有の意味の分からない言葉をつぶやいていたが、

 私が強引に諭し、エドガーはのろのろと動き始める。

 そして転がっているキノコを見つけて、「正夢!?」と驚いていたが、

 私は無視した。

 

 全員を起こし、態勢を立て直した私たちは、

 ウルディ先導の元、無事に植物部屋から抜け出すことに成功した。


 

 その後。

 メイプルがウルディにそれはもうこってり絞られるわけだが、

 今回は割愛しようと思う。

 

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月の王女は吸血鬼 亜雪 @AYUKIDESU

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