第26話 「植物部屋」

 闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーを処理し、私たちは素材を回収した。

 特に眼球や脚、糸が金になる。

 気持ち悪いがお金は欲しいので、無心で集める。

 本当に気持ち悪いが。

 

 ある程度集めたら、死骸は私の火魔術で燃やした。

 そのままにしておくと、死骸を食べに上層の魔物が下りてきてしまうらしい。


 アルケイド迷宮はアリの巣型なので、山脈内には無数の部屋が存在している。

 しかし大まかに分けると、下層、中層、上層の三つの階層に分けることができる。

 階層の見分け方として、魔物の種類で判別することもできるが、一番簡単なのは壁の色だ。

 下層は茶色、中層は赤茶色、上層は灰色となっている。

 ちなみに今回の目的のガーゴイルは、中層の魔物だ。


「魔物の死骸もそうだが、オレたちの死体も放置してはいけない。

 ゾンビになる可能性があるからな」


 蜘蛛を燃やしていた私を見て、ウルディが思い出したかのように言う。


「墓地でゾンビが出るのは知ってる。

 迷宮でもそうなるとは知らなかった」


 物知りなリーフィンが、少し驚いた顔をする。


「この迷宮は魔力濃度が濃いからな。

 死体に魔力が溜まると動き出すんだ」


「ゴーストが憑依するわけじゃないの?」


「違う。ゾンビという、魔物になるんだ」


 墓地のゾンビは死体にゴーストが憑依して動く。

 迷宮のゾンビは死体を放置すると勝手に動き出す。

 ということらしい。

 どうやらゾンビに至るまでの過程が違うようだ。

 

 何はともあれ、死体を放置するのはよくないということだ。

 もし仲間の死体を処理する場面が来たら、私は動けるだろうか……。

 いや、考えても仕方ない。

 そうならないように、頑張るしかないのだ。


 

 蜘蛛部屋を抜けて、さらに奥へと進んでいく。

 時折、闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーが数体襲ってきたが、ウルディとゴーリーだけで十分対処できた。

 ウルディの実力は勿論のこと、ゴーリーも負けず劣らず強かった。

 超重量のグレートアクスを叩き下ろせば、地面は爆ぜ、蜘蛛は木っ端微塵となった。

 

「すごいパワーだ。心強いよ」


 珍しくウルディが素直にゴーリーを褒める。

 それを受けても、ゴーリーはやや不安げな表情だ。


「おで、副隊長の役に立ててるカ?」


「もちろんだ。

 オレだけだったら、この倍は時間がかかってた」


「よかっタ。おで、ちゃんとできてるか心配」


「もっと自信を持て。

 そうすれば、お前はさらに強くなれる」


 ウルディの言葉に、ゴーリーはぎこちなく笑った。

 私の目から見ても、ゴーリーの働きは素晴らしかった。

 彼は自信なさげだが、その実力はウルディの折り紙付きだ。

 

「ていうか、ウルはゴーリーには優しいよな」


 エドガーが不思議そうに言った。


「オレはお前らみたいな、癖が強いヤツの相手をして疲れてんだ。

 ゴーリーは自分の仕事はちゃんとするし、うるさくないから優しくもなるさ」


 ウルディは溜息を吐くように言い捨て、私たちをジロリと睨んだ。

 これには各人、鼻息を荒くして憤った。


「俺のなにが悪いんだよ!?」


「うるさい」


 エドガーが肩を落とす。


「アタシは!?」


 「自分の仕事ができない」


 メイプルがシュンとする。


「私は!?」


「癖が強い」


 私は鼻の上にシワを作った。


「わたしは?」


「なに考えてるかわからない」


 リーフィンは小首をかしげた。

 

「わたしって、そんなにわからないかな……?」


 考え込むように下を向いた。


「まああんま表情豊かじゃないしな」


「でも可愛いから、そこもいいとこニャ」


 エドガーの言葉を補足して、メイプルがフォローする。

 それは暗に、ウルディの言葉を肯定しているのと同義だった。

 リーフィンは自分では自覚してなかったからか、衝撃の事実に「うーん」と唸る。

 今度は私に訊いてきた。


「ルーナも、わたしがなに考えてるかわからない?」


 「どうせ『お腹すいたな』とか考えてるんでしょ?」


 リーフィンが目を丸くした。


「さすがルーナ。わたしの、友達、なだけはある」

 

 わずかに頬を染め、“友達”の部分を強調してリーフィンははにかんだ。

 恥ずかしいからそういう照れ臭いことを言うのはやめて欲しい。

 というか当たってたのか。

 本当に食のことしか考えてないな。


「くだらないこと言ってないで行くぞ」


 微妙な空気にさせた張本人のウルディがそう言って、

 私たちは蜘蛛部屋を後にした。 



 そんなこんなで進んで行くと、次の部屋へとたどり着いた。

 ウルディ曰く、この部屋を抜けた先に、中層へと続く坂があるらしい。

 しかしここはただの部屋ではなかった。

 至る所に植物が生えており、さながらジャングルのような様相を呈していた。


「虫に刺されそうだニャ~」


「わたし虫よけの薬忘れた」


 メイプルとリーフィンが呑気なことを口にする。


「ここには虫より厄介なヤツがいるんだよな……」


 エドガーが辟易とした表情をする。


「なにがいるの?」


 私が訊くと、エドガーが遠くに見える花を指さした。


「あそこの赤くて毒々しい花が見えるか?

 あれはラフレシアといって、別名『死体花』と呼ばれる食人植物だ。

 コイツが放つ強烈な悪臭は、幻覚を見せ、人をおびき寄せて食べちまうんだ」


 花というより、大きな口を持つ化け物のようだった。

 人間一人くらいは丸呑みできる大きさを持っている。

 しかも部屋に入る前から、嫌な臭いが漂ってきていた。


「あまりの匂いに、オレの鼻もここでは全く役に立たない」


 ウルディも顔をしかめながら、憎々しげに言い放つ。

 犬以上の嗅覚を持つウルディには、さぞ応えるだろう。

 

 そんな中、メイプルが「閃いたニャ!」と手を叩く。


「ルーナが火魔術で全部燃やせば、臭くなくなるニャ!

 しかも歩きやすくニャって、一石二鳥だニャ!」


「ところがそう簡単な話でもないんだ」


 メイプルのはつらつとした声に、エドガーが苦笑する。


「ラフレシア自体に攻撃すると、大量の花粉を撒き散らすんだ。

 これを吸うと幻覚どころか、昏倒しちまうんだよ。

 だからできる限り刺激せず進むしかないな」


「いい案だと思ったのにニャ~」


 メイプルが眉尻を下げる。

 倒さない方がいい魔物というのもいるらしい。

 なんでも力で解決できるわけじゃないから、魔物というのは厄介だ。


「そしたらどうやってこの部屋を抜けるの?」


 リーフィンが問う。

 

「部屋の至る所に目印の石柱があるから、それを頼りに進む。

 方位磁石や地図で行ければ便利だが、この迷宮じゃ使えないしな」


 ウルディがそう答える。

 この迷宮は魔力濃度の濃さ故、方位磁石が使えない。

 それに部屋の内装も来るたびに微妙に違うらしく、マッピングしても意味がないらしい。

 地図がないから、この迷宮を進むには特殊な能力で進んで行くしかない。

 例えば音や匂いなどの感覚、それと魔力感知などの技術だ。

 獣人は五感が優れた者が多い為、この迷宮でも迷わず進むことができる。

 ふつうの人間だけでは、この迷宮を攻略するのは至難の業なのだ。


 

 最後に、エドガーが全員に目を向けて、忠告する。


「ここでは難しいことは言わない。

 隊列はいつも通りで、とにかく真っ直ぐウルについて行くんだ」


 ただし、とエドガーがそこで言葉を切る。

 真剣な表情をすると、私たちに言い聞かせるようにゆっくり言った。

 

 「途中、、列から離れたり、走り出したりするな。

 この約束は、必ず守ってくれ」


 それを聞いて、メイプル、ゴーリー、リーフィンが頷いた。


「ニャハハ。子どもじゃニャいから、それくらい守れるニャ」


「おでも、だいじょうブ」


 「わたしも」


 三人とも問題ないとばかりに返答する。


「ルーナも大丈夫か?」


 エドガーに訊かれ、私も同じように頷いた。

 なにが起きても、というのは幻覚のことだろう。

 幻覚が襲ってくることはないから、無視すればいい話だ。

 特に心配することもないだろう。


「よし、全員オレについてこい」


 ウルディが先頭に立ち、いつもの隊列で私たちは鬱蒼とした植物地帯に入って行った。


 

 中は妙に蒸し暑く、風もないため、額に汗がにじんだ。

 しかもツタが地面を這っているので歩きづらい。

 何度かリーフィンがコケていた。

 

 茂みをかき分けて歩くような場所もあり、少しでも離れるとはぐれてしまいそうになる。

 ここで魔物が襲ってきたら、連携を取るのは困難だなと思った。

 

 だが魔物なんかより、この臭いの方が今はつらかった。

 奥へ進むにつれて、独特な刺激臭が強くなっていった。


「くっさいニャ~!」


 後方でメイプルが小さい悲鳴を上げる。

 あのウルディでさえも、あまりの激臭に舌打ちをしてイライラしているように見えた。

 臭いがここまできついのは私も初めてだった。

 大量の肉を腐らせたような、そんな腐食臭が息を詰まらせた。

 臭すぎて頭も痛くなってくる。


「我慢するんだ! 歩くことだけに集中しよう!」


 エドガーの声を背中で受けながら、私たちは歩き続けた。


 

 やがて、ささやき声のようなものが聞こえてきた。

 後ろを振り向くが誰も喋っていない。

 気のせいかと思って前を向くが、やっぱり聞こえてくる。

 その声は段々とハッキリしてきて、いつしか完全に聞き取れるようになっていった。


「オマエ、キモチワルイ」


「いまなら、うしろからころせる」


「吸血鬼の、化け物め」


 ここで、幻聴だと気づいた。

 私のことを吸血鬼だと知っているのはリーフィンとエドガーだけだ。

 二人はこんなことは言わないし、そもそも声音が違う。

 しかし気分のいいものではない。


「ここから幻聴や幻覚がひどくなるが、とにかく無視し続けろ!

 出口はもうすぐだ!」


 ウルディの声が聞こえるが、もはや本物か幻聴かも判断できない。

 鼻と耳が全く役に立たず、胸中の不安が膨れ上がっていった。

 小一時間もこんなところにいたら、気がどうにかなってしまいそうだ。


「アハハハハハハハハッ!!!!」


 私の後ろから、見知らぬ女が笑い声をあげながら駆け出して、そのまま茂みの中に消えていった。

 ドキっとして素早く後ろを振り向くが、誰もなにも反応していない。

 どうやら幻覚も見えてきたようだ。

 

 茂みの中から二つの目がこちらをじっと見つめている。

 私の横を顔のない子どもが走り去っていく。

 天井から赤い粘液のようなものが滴り落ちてくる。


 わかってる。

 全部幻覚だ。

 わかっているが、心のざわつきが収まらなかった。

 私は歯を食いしばり、叫び出しそうな気持ちを抑え込みながら進んだ。


 ふと前のゴーリーを見ると、グレートアクスを強く握りながら、ぶつぶつとなにか呟いていた。

 顔も青ざめており、今にも倒れてしまいそうだ。

 

 これは、限界じゃないだろうか……。

 ウルディはもうすぐと言ったが、一向に植物地帯を抜ける兆しが見えない。

 あの言葉はもしかして幻聴だったのか。

 だとしたら狂ってしまう前に、一度帰った方がいいのではないだろうか。

 

 そんなことを考えていた矢先、背後で絶叫が響いた。

 あまりにもリアルな絶叫に、私は反射的に振り返った。

 メイプルが涙を浮かべながら狼狽していた。

 叫んだのは彼女らしい。

 そして――


「うわああぁぁぁぁああ!! 来るニャああああああ――ッ!!」


 持っていた短弓ショートボウに矢をつがえると、勢いよく放った。


「このボケ――ッ!!」


 ウルディの怒号が響くがもう遅い。

 矢は真っ直ぐラフレシアへと向かっていき、ズッとめり込むような音をさせて突き刺さった。

 その瞬間、ラフレシアがぶるぶると震えだした。

 そして今度は爆発するように花粉を周囲に撒き散らした。

 私たちは逃げることができなかった。


 全身に花粉を浴びてしまい、一瞬で視界が暗転した。

 

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