第25話 「蜘蛛部屋」

 迷宮の入口には二人の衛兵が立っていた。

 二人とも金色鎧の獅子族レオーネだった。

 万が一迷宮から魔物が出た際、即座に処理するためにいるのだろう。

 エドガーが仕事で来たことを説明すると、快く道を開けてくれた。

 

 入口の先は、長いトンネルがどこまでも続いていた。

 左右の壁に篝火が等間隔で設置されており、明るさは十分確保されている。


「隊列を乱さないように着いてこい!」


 ウルディが前方で声を張り上げる。

 私たちは一列に並んでおり、

 前からウルディ、ゴーリー、私、メイプル、リーフィン、エドガーの順番だ。

 この並びは話し合って決めたもので、各々役割が決まっている。

 

 ウルディは持ち前の冷静さと判断力で、なにかあれば後ろに指示を飛ばし、魔物とも戦う。

 また鼻が効くため、誰よりも早く魔物の接近を察知することができる。


 ゴーリーは、近接戦闘とタンクの役割を担っている。

 基本は前衛として戦うが、万が一勝てそうもない魔物が出たらエドガーとスイッチする。


 私は近接と遠距離、両方いけるので状況に合わせて臨機応変に動く。

 といっても経験が浅いため、ウルディやエドガーから指示を受けながらになる。


 メイプルは私と同じくオールラウンダーなタイプだが、弓術を得意とするため、主に後ろから援護する。

 

 リーフィンは完全な遠距離タイプなので魔術で援護。

 前のメンバーが怪我をすれば回復魔術を唱える、ヒーラーの役割も兼ね備えている。

 

 エドガーはこの隊列で最も難しい、最後尾だ。

 後ろを警戒しつつ、前の援護も行い、全体を常に把握する。

 ウルディと同じように、なにかあれば前方に指示を飛ばすことになる。


 ざっくりとだが、役割はこのような形になっている。

 しかし迷宮では、なにが起こるかわからない。

 時と場合によっては、役割通りの動きをしなくていいとも、エドガーとウルディは忠告していた。

 まあ変なことしてみんなに迷惑はかけたくないので、私は自分の役割に従事しようと思う。



 しばらく歩くと、広い空間が見えてきた。

 そのまま入るのかと思ったが、その直前でウルディが立ち止まる。


「ウル、どうした?」


 背後でエドガーが問う。

 ウルディはなにも言わず、前の空間に向けて指をさした。

 よく見てみると、壁の色がおかしいことに気づいた。

 道中の壁は茶色だったのが、白くぼやけているように見える。

 目を凝らして見ると、無数の糸が壁に張り巡らされていた。

 そしてその白みがかった壁を、黒いなにかが這いずり回っていた。

 あれは、まさか――。


「うげー。蜘蛛ニャ……」


 メイプルが身震いしながら呟く。

 羊と同じくらいの大きさの蜘蛛が、何匹もそこら中を這っている。

 全体的に黒っぽいが、頭部にある八つの目は爛々と赤く光っている。

 口の部分からは鋭い牙が伸びていた。


「あれは闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーだ。

 人語を話し、集団で人を襲う大蜘蛛だ」


「人語を話すって、会話ができるってこと?」


 私が小声でウルディに尋ねる。


「まあ、見ればわかる」


 ウルディは私の問いには応えず、蜘蛛の方へ視線を向ける。

 私もウルディと同じように、闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーを観察してみる。

 すると、這っている蜘蛛の口がわずかに動いていることに気づいた。

 なにか喋っているみたいだ。

 耳を澄まして聞いてみる。


「コワイ」


「コロシテヤル」


「タスケテ」


 広い空間に、闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーの声がこだまする。

 蜘蛛たちはなにか会話をするでもなく、ただただ不気味な単語を繰り返し呟いていた。

 異様な光景に、私は息を呑んだ。


闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーは人間の発した言葉を、そのまま口にする魔物だ。

 言葉の意味を理解しているわけじゃない。

 決して、意思疎通は図れないんだ」


 ウルディが蜘蛛を睨みつけながら、腰のグラディウスを抜剣した。

 言葉を発したとしても、所詮は魔物。

 討伐すべき存在だと、暗に示していた。

 それを見て、私たちも武器を構える。

 飛び込む前、エドガーが「みんな聞いてくれ」と私たちの視線を集めた。


闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーの攻撃で注意する点は、二つだ。

 一つ目は、口から吐く糸。

 喰らうと動きがニブるから、注意するように。

 二つ目はあの牙だ。

 噛まれると身体が麻痺して動けなくなるから、そこも十分気をつけろよ」


 全員が首肯で返す。

 それを確認したエドガーは、一人一人に指示を出した。


「メイメイとリーフィンが、壁面と天井の闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーを弓と魔術で落としてくれ。

 それを、ウルとゴーリーとルーナちゃんが処理するんだ。

 俺は全体をサポートする」


 蜘蛛部屋は横にも縦にも広い。

 天井には、ジャンプしても攻撃は届きそうにない。

 戦っている最中に上から蜘蛛が襲ってきたら、ひとたまりもないだろう。

 その為、まずは蜘蛛を落とす必要がある。

 私も参加すべきかと思ったが、隊長の作戦に異を唱えては指揮にかかわるだろう。

 私は黙って頷いた。


「よし。いけ!」


 エドガーの威勢のいい声を皮切りに、私たちは勢いよく飛び出した。


 まず、メイプルとリーフィンが攻撃を放つ。

 メイプルの矢は闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーの頭部へと的確に命中し、ボトリと落ちた。

 リーフィンの魔術は風の刃となり、蜘蛛の脚を切り落として同様に地面に落とす。

 そこへ駆け出したウルディ、ゴーリー、私が確実に絶命させる。


 闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーは私たちを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う――ことはなく、

 むしろ協力して襲い掛かってくる。

 未だ壁と天井に張り付く蜘蛛が、メイプルとリーフィンに糸を吐いた。

 

 まずい! と思った私は、考えるより先に彼女たちを助けようとした。

 しかし地面の蜘蛛が邪魔をして、うまく抜けることができない。


 糸が接触する間際、エドガーが魔術を行使した。

 すると彼女たちの前に土の壁が盛り上がり、糸の攻撃を阻んだ。


「こっちは気にするな!

 ルーナは地面の蜘蛛を倒してくれ!」


 エドガーの声に、私は集中し直す。

 そうだった。

 各々役割が決まっていて、全員を守る必要はないのだ。

 それに、みんなちゃんと強い。

 他者を気遣うより、自分の仕事をこなした方が、巡り巡ってみんなを守ることに繋がるのだ。

 私は持っていたロングソードの柄を強く握った。


 前方の闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーが、私に向けて飛び掛かってくる。

 私はウルディから習った回避法で身を捻り、一気に蜘蛛の懐に入り込んだ。

 回避と接近の両方を兼ね備えた動きだ。

 私はロングソードを下から上へと振り抜いた。

 蜘蛛は防御する間もなく、その頭部と胴体を切り離された。

 

 同じような流れで、次々と斬っていく。

 蜘蛛の動きは緩慢で、さして脅威とはいえない。

 しかし私は倒しづらかった。

 強いからではない。

 精神的にきつかったからだ。


 蜘蛛は攻撃を受ける間際、人語を発するのだ。

 なんの脈絡のない言葉ならいい。

 だが「タスケテ」と言う蜘蛛もいるため、無意識のうちでブレーキがかかってしまった。

 そうなると剣が鈍る。


 その隙をついて、他の蜘蛛が糸を吐いてきた。

 腕に糸が絡むと、剣が振りにくくなる。

 しかもネバネバしていて、手で取るのは困難だ。

 もし一人だったら、次々と糸を吐かれて、最終的にぐるぐる巻きにされ、なす術もなくやられるのだろう。

 これが闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーの戦い方だ。


 だが、私は一人ではない。

 糸を喰らった時、ウルディが即座に立ち切ってくれた。

 糸が張り付いた直後に斬ってくれるから、ほとんどタイムロスもない。


 まあ、仮に一人だったら火魔術を使えば糸は燃やせるから、殺されることはない。

 それでも助けてくれたことは素直に嬉しい。


 ウルディは後ろに目がついているのかのように、全体を把握していた。

 あれも鋭敏な嗅覚の為せる技だろう。

 さすがは副隊長だ。

 頼りになる。


「あんな遅い攻撃に当たるなボケ!

 オレとの訓練を無駄にする気か!」


 前言撤回。

 やっぱりただのムカつく男だ。


「ありがとう、なんて言わないよ。

 お礼言ってる暇があるなら、蜘蛛倒すから」


「それ言う暇があるならお礼くらい言え!」


 ウルディのツッコミを無視し、蜘蛛を処理する。

 ゴーリーはというと、多少の糸には意にも介さず、黙々と蜘蛛の頭部を潰していた。

 なにかの職人みたいだ。


 メイプルとリーフィンも、指示通り天井の蜘蛛を落としている。

 すべて落とし終えたら、地上の蜘蛛にも攻撃を当てていた。

 そうなると地上組もかなり楽になり、危なげなく数を減らしていけた。

 むしろエドガーはすることがなくなり、暇そうにしていた。

 ウルディに「お前も働け!」と叱責されてたけど。

 

 最後はウルディが蜘蛛の頭部を突き刺し、闇の洞窟蜘蛛マークケーブ・スパイダーの掃討は完了した。

『ツインナイト』の初戦闘としてはまずまずで、エドガーが安心したような顔をしていたのが印象的だった。

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