どうしても行けない場所がある

@R18

どうしても行けない場所がある

東京都には大小合わせて何百もの道路がありますが、その中で実際に日常的に使えるような安心安全な道となると、全体の6割ほどだそうです。6割と言っても東京都の場合、そもそも道路の数が多いのでたくさんの安全な道があります。多少遠回りになることがあっても大概の場所には行くことができるので多くの人は特に気にすることなく生活できていることと思います。


しかし私の場合はそうはいきません。私は生まれつき体が弱いため他の人が通れる道でも通れないことが多いのです。なんとなく嫌な感じがするのを無視して進むと段々と気持ちが悪くなり、最後には動けなくなってしまいます。これは気の所為ではありません。もと来た道を戻るとみるみる体調が回復するので、これはほとんど確信を持って道のせいだと断定して良いかと思われます。独りで出歩く分には構わないのですが、家族や友人と出かけることができなくて、独りで悩んでいました。


ずっと自分がおかしいのだと思っていたのですが、昨年偶然自分と同じ様な症状の方をSNSで見つけました。その人も安全な道を使ってるはずなのに体調が悪くなることが多くて苦労されていたようなのですが、あるとき“道順”が原因だと気づいたらしいのです。どうやら安全な道でもその組み合わせ方によっては害になるらしいのです。


私が勝手にその方の名前を明かすのも失礼な話なので、ここでは佐々木さんと呼ぶことにします。佐々木さんは公民館や図書館で地域の歴史を調べたり、実際に自分で歩いたりして、道順について独自に研究を重ねたところ、良い道の組み合わせと悪い道の組み合わせについてある一定の法則のようなものを見つけ出すことができたらしいのです。佐々木さんは、科学的な根拠はないただのおまじないのようなものであって他人様に教えるようなものではないと言うのですが、私は本当に悩んでいましたので、無理を言って安全な道順とそうでない道順について、詳しくご教授して頂きました。


苦労して覚えて見様見真似で実践したところ、劇的な変化がありました。今まで通れなかった道が通れるようになったのです。


私の自宅から職場までの間には細長い坂道があって、それはもちろん安全な道とされているものでしたが、私にとっては嫌な道で通るときはいつも具合が悪くなったものでした。しかし、佐々木さんに教えてもらった法則に従って道を選ぶと、今までのことが嘘だったかのように快適にその坂道を通ることができたのです。もちろん普通に安全な道を行くよりもだいぶ遠回りにはなりましたが、出勤のたびに苦しむ必要がなくなったことが私にとってどれほど嬉しいことかは、道順というものを信じられないという人にもご理解いただけるかと思います。


佐々木さんのおかげで私は今まで行けなかった場所に行けるようになりました。数駅離れた場所なんかはとてもとても行けるようなものではなかったのですが、佐々木さんの方法なら行けました。最初は調べて道順を決めるのに何時間かもかかっていたのですが、いまでは暗記してしまったので近所であればだいたいの場所に簡単に行けるようになりました。私は散歩や公園、美術館巡りが趣味になりました。


そのように楽しい毎日を送っていたのですが、あるとき妙なことに気が付きました。どうしてもいけない場所があるのです。どこからどうたどっても道順が悪くなってしまう場所があるようなのです。地図によるとそこは別に特別な場所というわけではありません。そこは団地でした。バブル期に建築された団地のひとつです。古い建物ではありますが、別に珍しくはありません。お寺やお墓、神社といったなにか特別な意味のありそうな場所でもないのです。


その場所の周囲は良い道ばかりで危険な道はほとんどありません。しかし道順を考慮すると悪い道ばかりになってしまい、その周辺に近づくことすらできないのです。佐々木さんに訊いてみると、そんなことはあるわけ無いと言うのですが、頼み込んでいざ計算してもらうとたしかにどう計算しても悪い道順となってしまい、たどりつけないのです。もしも私が引っ越しをしたとしても駄目なようです。佐々木さんが編み出した道の選びかたは様々な要素を考慮する必要があるのですが、どうやら私自身の生まれもったなにかがその場所と相性が悪いようで、私にはどう頑張っても近づけない場所のようでした。


行けない場所があるとわかると、どうにも気になってしまって、普段の生活もぼんやりとしてしまいます。夫はこういうことには疎く、危険な道も平気で通る人で、私が言う道順についても信じておらず、私のことは神経症かなにかだと思っていて全くとりあってくれません。どうしても気になるので今度無理にでもその場所に行ってみようかと思っているのですが、これは危険なことでしょうか?佐々木さんは気味悪がって付き合ってくれませんし、夫は話すらまともにきいてくれません。もしも道順について詳しい方がいらっしゃいましたらご教授頂けると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうしても行けない場所がある @R18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る