第四章 美しい毒

美しい毒(1)

 私が横田葵の弁護士と会ったのは、浜田社長から話を聞いた翌日のことだった。兄の事件を担当した刑事さんから連絡があったのだ。もともと、送られてきた髪の毛について調べてもらう約束をしてはいたが、いつ会えるか日付までは決まっていなかった。警察としては、犯人逮捕で捜査は終了してしまっているそうで、本当なら、刑事さんはもうこの事件を調べる必要はない。それでも、こうして私に連絡をくれたのは、横田葵の弁護士を私に紹介するためでもあった。

「弁護士の古住こずみです」

 七海ちゃんの家の近所の喫茶店。刑事さんと古住弁護士が向かい側に座っていた。古住弁護士はショートヘアの似合う小顔美人で、弁護士だといわれなければ芸能人かと思うくらいに綺麗な人だった。綺麗すぎる兄を見ていたせいか、あまり女性を見ても綺麗だと思うことは少ないのだけど……少し色素の薄い茶色の大きな瞳がエキゾチックで印象的な人だ。

「現行犯での逮捕ですし、私も最初はきちんと罪を認める方向で、進めようとしたのですが、本人と話していて、どうも腑に落ちないことがありまして……————そんな時、こちらの刑事さんからお兄さん宛に送られてきた不審物の話を聞きまて……実物を見せてもらおうと、同席させていただいたんです」

 私はその瞳にどこか見覚えがあったような気がしたが、思い出す暇もなく話が進む。テーブルの上に封筒を出して、中身を確認してもらうと、二人とも同じ反応だった。本当に髪の毛が……しかも人一人分くらいの量が入っているため、驚いて目を見開く。

「どうしてこんなものが……それに、この写真も……」

「それはわかりません。でも、この写真の人は、兄が働いていた会社の上司であることはわかりました」

「この二人、お付き合いしていた……のでしょうか?」

「いえ、その————この人、社さんは兄と付き合っていたと思っていたようなのですが、兄の方はそうではなかったようです。別に恋人がいたはずだと、浜田社長が……私も、社さんの話はどうも信用ならない気がしていたので、確かだと思います」

 マグカップのことを話すと、刑事さんは信じられないという表情で若干引いている感じだった。ところが、古住弁護士は小さな声で「やっぱり」と呟いた。

「お兄さんは、なんといいますか、とても魅力的な方だったと思います。異性から人気があったのは確かでしょう。横田葵もそうだったのですが、本人から話を聞いた限り、どうも片思いのようだったんです。それも、一歩間違えればストーカー————というか、その会社で起きていたのと同じように、神のように崇拝しているという感じでした」

 兄が殺された理由を、警察では男女の恋愛のもつれだということになっていて、報道でもそのような話が出回っていた。弁護士としては、こんな勝ち目のない事件、情状酌量の余地がないか調べるのが普通だ。二人が交際していた時に実は暴力があっただとか、金銭的なトラブルがあっただとか、殺害までに至る理由が必要で、詳しく話を聞いてみれば、二人は交際すらしていなかったのではないかと感じたらしい。本来なら、被害者遺族の私とこんな会話をするのもおかしな話ではあるのだが、どうやら彼女は横田葵が本当に兄を殺してはいないのではないかと考えているようだった。

「一方的な片思い。私が調べた限りでは、二人が交際していた事実もなさそうですし、何より、横田葵の気持ちは、私にも理解できるので……」

「気持ち……?」

「私にも、片思いをしていた人がいました。ずっと、長い間……決して叶うことはなかったけれど、『あの人がいない世界で生きるくらいなら、あの人の隣で一緒に死のうと思った』という彼女の言葉は、痛いほど理解できました。私も、自分が好きな相手が目の前で死んでいるのを見たら、そういう衝動に駆られていたかもしれないと……」

「……そういうものですか?」

 恋というものをまだしたことがない私には、古住弁護士の言っていることが理解できなかった。私にも好きな人ができたら、そんな風に考えるのか、想像もつかない。

「そういうものです。少なくとも、私にとっては……とにかく、先ずはこの髪の毛が誰のものなのか調べる必要がありますね。こちらでお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「はい、それはもう、お願いします」

 ずっと手元に置いておくのも気色が悪いし、DNAの鑑定や封筒や写真に指紋など犯人に繋がるものが残っていないか然るべき機関で調べてくれるそうなので、封筒ごと手渡してお願いすることにした。念のため、ダンボールについていた伝票も持ってきていたので、それも一緒に。

「あの、それから、実は私の方からもう一つ、お願いがあるんですが……」

 私は二人に、一緒にスーパーについて来てくれないかと頼んだ。

 実は、浜田社長から兄の恋人がスーパーの店員だったという話を聞いて、その日のうちにあのレシートのスーパーに一人で入ったのだが、誰に話を聞いたらいいかわからなかったのだ。浜田社長が話してくれた兄の恋人の話は曖昧なもので、確証のあるものではない。それに、このスーパーの店員ではない可能性もある。それに、私はよくあるスーパーの平凡な風景を見て、急になんだか自分がこれから悪いことをしてしまうような気がして、怖くなった。突然、ただの女子高生でしかない私が、兄の恋人を探しているといったところで、きちんと取り合ってくれるかもわからない。七海ちゃんについて来てもらおうかと思った時に、刑事さんから連絡を受けたのだ。刑事と弁護士さんが一緒なら、対応してもらえるのではないかと思った。


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類を惹く 星来 香文子 @eru_melon

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