第16話 君はやさしくて強い人間だよ
僕がそう宣言すると、ナツはチロチロと舌を出した。
その様子はどこか嬉しそうに見える。
「やりたいことが決まったのかい?」
「いや、まだ具体的には……」
僕は首を横に振りながら答える。
「でも、目標はあるよ。僕はナツみたいになりたい」
「ボクみたいに?」
「そう。ナツが僕にしてくれたみたいに、僕も誰かの痛みに寄り添って助けになりたいんだ」
「君ならきっとできるさ。君はとてもやさしい人だからね」
ナツは僕をまっすぐに見つめ即答した。僕は視線を逸らしながら「あ、ありがとう……」とつぶやく。
ナツの言葉に一片の世辞もないことはすぐに分かった。ナツは今まで僕をおだてるようなことは一切言わなかったから。いつも自分の考えを正直に伝えてくれて、それが時には痛く感じることもあったけれど、最後には僕を救ってくれた。
ただナツがくれた言葉の中でもひとつだけ、今も僕の胸に引っ掛かっているものがあった。ふと、それが思い出されて、上がった口角がスッと下がる。
「やさしいって言ってもらえるのはうれしい。でも、自己犠牲にはならないように気をつけないとだね……」
自己犠牲。その言葉を聞くたびに胸がざわつくのは、自覚しているところがあったからだと思う。多少の無理をしてでも喜んでもらえるのならそれでいいと思っていた。心が満たされない違和感もあったが、それでもやめられなかった。僕は自分に自信がなくて弱い人間だから、誰かの顔色を窺い、褒めてもらうことでしか自分の価値を見出せなかった。そういう風にしか、生きていけなかった。
いつだったか、僕にはなにが「ある」のかと問うた時、ナツはやさしさが「ある」と言ってくれた。あの時は素直に受け入れられなかったけれど、今は新しい道でも活かせる特長だと思っている。でも、その特長が自己犠牲となってまたいつ顔を出すか分からない。長年の蓄積で得た処世術は、そう簡単に手放せない。僕にとってはそれだけが気がかりだった。
「それは大丈夫だよ」
またしてもナツは即答した。なぜ断言できるのか、理由を問う前にナツは続けて話し始めた。
「だって君は自分を識っているから。自分のいい所も悪い所も受け入れているから。ありのままの自分を、等身大の自分を受け入れているから。だから大丈夫。これからは自分ことも大事にできるさ。できない自分さえも受け入れる強さがあるんだから」
「僕が、強い……?」
「ああ。君はやさしくて強い人間だよ。だから、大丈夫」
ナツの言葉が、胸にストンと落ちる。
巨大なからくりの最後の歯車がかみ合い動き始めたような気持ちよさがあった。心が満たされるというのは、こういう感覚のことをいうのだろうか。全身に熱い血が巡っていき、身体がどんどんと熱を帯びていく。
僕は今日やっと、本当の意味で、自分の道を歩き始めることができた。
きっとこれからも不安や苦労はついて回る。でもそのたびに、ナツの言葉を思い出す。そしてまた、歩き始める。
僕の目指す姿が、今目の前にあるから。
―――——————————————————————————————————
これにて完結となります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ヘビのお言葉 羽藏ナキ @hakura_naki
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