第23話 訪問者


 玄関のチャイムが鳴り響く。

 一回、少し間を置いて二回。


「あれ? 母さん、どうしたんだろ……」


 シロガネに送られてから、二階の自室に籠ってベッドに横たわり、今日あった出来事を考えていた大佑は、母親が来客のチャイムに反応しない事を不思議に思った。

 三回目のチャイムが、ゆっくり鳴る。


 ピーン……ポーン


 長押しして指を離す、そんな音だ。

 

 流石に三回も鳴って誰も出ないのはよくない。大佑も不思議がってばかりはいられず、急いで玄関へ向かえば、今度はドアをノックする音が響いた。

 木戸を越えてまで来たのかと、一瞬、不気味さを感じた大佑は、階段を降りる足が止まる。


「どちら様ですか?」


 僅かばかり声を張って訊ねると、くぐもった声が耳に届いた。


「夏川? 俺だ、朱陽だ」


 その声は、確かに先程まで一緒にいた大天狗である朱陽こと、黒須陽介の声であった。が、これは、黒須ではない、と大佑は警戒した。


 黒須は『夏川』とは、呼ばない。それは、昼間の妖らしき者にも言った事だ。


 昼といい、今といい。

 黒須に化けた何かしらが、自分を狙っている事を実感する。

 

 帰りに送ってくれたシロガネの言葉を思い出す。


『いいですか、世話役様。何があっても、名前を言ってはなりませぬぞ。先程、我らに気軽に名を名乗っておられましたが、朱陽様と我ら朱陽様の神使以外にを教えてしまったらなりませぬ。知られたその瞬間、世話役様は全てを支配されてしまいます』

 

 階段をゆっくりと降りた大佑は、ドアノブに手を掛けたまま様子を伺う。


「……誰だ」

「誰って、俺だよ」


 低く訊ねれば、笑いながら応えるその声も、黒須そのものだ。


「忘れ物があったから、届けに来たんだ。開けてくれないか?」


 大佑は、玄関の鍵が閉まっている事を確認し、静かにチェーンに手を掛けた。

 ゆっくり、ゆっくり、音がしないように。


「夏川? どうしたんだよ。開けてくれよ」

「少し、待っててくれ」


 大佑は一旦、玄関から離れ、足音がしないように気を付けながらリビングへ向かった。


 煌々と明かりが灯るリビングは、テレビから流れる笑い声が響いている。


「母さん?」


 リビングに入り、そのまま対面式キッチンへと視線を向ける。

 鍋に火が付いた状態なのを見て、大佑はひとまず火を止めた。


「母さん」


 トイレかも知れないが、気配がない。

 リビングの壁時計に目を遣れば、そろそろ父親が帰ってくる時間だ。

 大佑は急いで自室へ向かいスマホを手に取る。身体が妙に冷えるのは、得体の知れない何者かに対しての恐怖からなのか。それとも。

 震える指先で父親に電話を掛けるが、電波の届かない場所……とアナンスが流れる。


 すると、一階からガンッとドアを強く何かで叩き付ける様な音がした。

 大佑は大きく身体を震わせる。


(どうする、どうすればいい!?)


 混乱する頭の中に、シロガネの声が蘇る。


『……もし、世話役様の周りに、世話役様を本来の呼び方と違う呼び名で呼んだ者がいれば、必ず警戒し、心の中で我らを呼んでください。必ず助けに参ります』

 

 ハッと目を見開き、大佑は心の中で大きく、黒須の名を。本来の彼の名を、大きく呼んだのだった。





 間も無く大佑の家に辿り着くその時、朱陽の全身に大佑の呼び声が響いた。


「ッ!! 火崇! 急げ! シロガネの結界が破られた!! 私の世話役が呼んでいる!!」

「何!? 朱陽、お前さんまだ神通力が万全で無かろう!? 儂が先に行くぞ!」

「頼んだ!」


 朱陽の返答が聞こえたか否か、火崇が飛んでいた場所には、火の粉が舞う。


「大佑……無事でいてくれ……!」


 朱陽は今、自身が使える最大の力を引き出し、大佑の元へ急いだ。





 大佑は急いで階段を駆け降り、階段下で立ち止まる。


 気のせいと思いたいと思いつつ、大佑はアルミ製の玄関ドアを見つめる。ドアの真ん中辺りが、僅かに変形して見えるのだ。

 再び、ガンッと大きな音が響く。


「何なんだよ……これ」


 大佑は急いで玄関に置いてあった靴を掴み急いで履くと、そのままリビングへ走り外へ出ようとした。


 リビングのカーテンを開けると、大佑の口からヒュッと息を吸い込む音が鳴る。


 庭には、昼間、学校の屋上で襲って来た二人の男が、不気味な笑みを浮かべ立っている。


「お迎えにあがりましたよ、坊ちゃん」

「我らと共に、大人しく着いて来ていただきたい」


 リビングの窓が、誰が触っているわけでもないのにも関わらず、カラカラと音を立てて開く。


「さぁ、世話役様。我らと一緒に」


 差し伸べられる手は、鱗のような滑り感がある。昼間とは違う口調で話し笑う男に、大佑が一歩、二歩と後退りをすると、黒髪の男が引き攣るような笑い声を上げた。


「逃げられないよ。貴方様は、必ず我らと共に来る」

「俺は行く気はない! そもそも、お前達は何なんだ!?」

「我らですかい? それは来てのお楽しみ……」

「行かないと言っている!」

「いや、来ますよ。あれを見れば、ね?」


 もう一人の白髪で真っ白な肌の男が指差す方へ視線をチラリと素早く向ける。と同時に、その目が大きく見開かれた。


 庭には、昔から植えられた桜の木がある。

 そこそこ大きく、春になれば見事な花を咲かせる。


 その幹に、両親が縄で括られていた。その顔は、あり得ない程に青白い。


「母さん! 父さん!!」

「桜の木はね、人間の血が好きなんだよ。知ってましたか? 坊ちゃん」

「世話役の坊ちゃんが、我々と共に来てくれるんなら、助けて差し上げますよ。しかし、抵抗を続けるっていうなら、あのまま桜の木に血を吸わせましょう。来年は、今年よりも良い色の花を咲かせるなぁ」

「……!!」


 大佑は勢いよくリビングから飛び出したが、すぐに二人に捕まった。


「離せ!!」

「無理に二人を桜の木から引き剥がせば、確実に死ぬ。なんせ、心臓深くに管を刺したからね」


 その言葉に、大佑は両親の胸を見る。その中心に、枝のような物が刺さっているのが見て取れた。


「なんて事を……!!」

「我々と共に来てくれるなら、我らが助けますよ」

「一緒に、来てくれますよね?」


 大佑を押さえ付けながら訊ねる二人に、大佑は「汚いぞ!」と罵るが、二人には何も響かない。

 すると、白髪で色白の男が、素早く空を見上げた。


「この糞蛇野朗共ぉ!!」


 怒涛の声が響く。

 空から火崇が落ちる様に降りて来た。


「よぉ、蛇共よ。そちらの世話役殿を離してもらおうか」

「そう言われて、素直に離す者はいないよ」

「だろうなぁ。だが、こちらに寄越してもらう」


 火崇は両の手を合わせると、そのまま捻り突き出す。

 炎が龍の様に細く長く変化し、男二人に向かって飛ぶ。二人はすんでの所で躱し、ヒヒッと笑った。


「おっと、危ない危ない」

「巳黒、遊んでる場合じゃないよ」

「わぁーかってるって! 巳白、坊ちゃんよろしく」

「了解」


 巳白と呼ばれた色白の男が大佑を拘束する。その力は、先程の巳黒よりも力強く、痛みが生じ、顔を歪めれば、即座に火崇が反応した。


「世話役殿!!」

「オッサンの相手は、こっちだよ」


 黒髪の男、巳黒が火崇の前に立ちはだかる。


 巳黒は、ニヤリと口角を上げる。その口は、あっという間に蛇の様に大きく裂け、毒の牙を見せつけたのだった。

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