第24話 思いもよらぬ相手

 火崇と巳黒が攻防を繰り広げている隙に、巳白が大佑を連れ出そうとした。

 大佑の身体は瞬く間に蛇革で縛られ、口も塞がれ、呻き踠くほか抵抗が出来ない。それでも大きく身体を捻れば、巳白は扱いにくそうに大佑を引き摺ろうとする。


「ちょっと、少し大人しくしてくれないかなぁ?」

「ん゛ん゛ッ!!」


 すると、火崇の炎が巳白へ飛んで来た。が、巳白は大佑の頭を乱暴に下へ押しやり、自身も素早く屈む。間一髪で炎を躱すと巳白は「巳黒!」と叫んだ。


「遊んでないで、さっさと片付けろ!」


 その叫びに、巳黒はニタニタと笑いながら返す。火崇との戦いが余程楽しいのか、声まで弾む。


「巳白、お前はさっさと所へ坊ちゃん連れていけ」

「言われなくても! おい、早く立て!」


 巳白が大佑を力づくで立ち上がらせると、ふと頭上から鋭い気配を感じハッと空を見上げた。


「なに!?」


 複数の黒い羽が鋭い矢の様に巳白に向かって降って来るのが目に入った。

 巳白は強引に大佑を肩に担ぎ、素早く避ける。


「避けてんじゃねぇ!」

「何者!?」

「夏川!!」


 呼び声に、大佑は巳白に押さえ付けられながらも、必死に声の主を振り返る。


 よく知る声。だが、ここに居るはずの無い人物。かろうじて見えた目の端。その姿に、大佑は信じられない人物を捉えたその目を、瞳が零れ落ちるのでは、と思うほどに見開いた。


「夏川! 頭下げて!」


 その声に、大佑は急いで頭を下げれば、その人物は空に向かい叫ぶ。


「キヨ!」

「了解!」


 再び、黒い羽が雨の様に降り注ぎ、巳白と巳黒の皮膚を掠めていく。それは、大佑に絡み付く蛇皮をも掠め、大佑に傷を付ける事なく切り刻んだ。

 鋭い羽に、巳黒と巳白は一旦、家屋へ逃げ込もうとしたが、家にはシロガネの術が僅かに残っており、青白い火花が散った。その隙を突いて火崇が巳黒に向かって炎を飛ばす。


「クソッ!」

「うわ!」


 巳黒が避けた炎が巳白に当たりそうになり、巳白が姿勢を崩した。すると、すかさず大佑の腕を引く人物が。

 大佑の口を塞いでいた蛇殻を剥がす。


「夏川! こっちへ!」

「あ、浅羽! なんで!?」

「それはまた後で! 急げ!」


 大佑の腕を掴み、巳黒達から距離を取ろうと駆け出したのは、大佑と同じクラスの浅羽駿あさば しゅんであった。





 間も無く大佑の家に着くというところで、朱陽は自身の目を疑った。


「大介……」


 こんな所に居るはずがない。死んだはずなのに……と、昔と変わらないその姿に、心臓が痛むほど締め付けられる。


 朱陽は自分の胸元を強く掴み、決意した様に急下降する。

 その気配を感じ取ったか、大介によく似た男が顔を上げた。そして、ふとその目を細める。


「朱陽」


 柔らかな声。愛おしそうに呼ぶその声に、朱陽は顔を歪め、大介の目の前に降り立った。


「……生きていたのか……」


 朱陽の絞り出したその声に、大介は。

 朱陽が好きだった、穏やかな笑みを浮かべ、少し首を傾げたのだった。




 浅羽が大佑を救出した瞬間、巳黒が蛇革の縄を何処からともなく手の中に現す。それは、意思を持った様に、蛇が獲物を捉える瞬間に飛び込む様に、浅羽へ向かって飛んだ。


「逃すか!」

「それは、こっちの台詞だ!」


 巳黒が生み出した蛇革を、天井から黒の羽が斬りつけた。


「クソッ! なんでここに烏天狗が!」


 悪態を吐くように空を見上げれば、その烏天狗は不適な笑みを浮かべながら、浅羽と大佑を守る様に大きな黒い翼を広げ、巳黒の目の前に降り立った。


「さぁ、火崇様。此奴ら、どの様に調理しましょうか」

「そう旨くもないだろ、こんな蛇は。食ったら腹を壊すぞ」

「なら、もっと役に立つ始末の仕方をしましょうか」

「だな。蛇革は高く売れるからな。綺麗に剥いで、身は熊にでもやろうか」


 天狗二人が何やら話している会話に、大佑の頭の中は大混乱を起こしていた。


(なんで、なんで、なんで!? この、翼がある烏天狗の声、清宮の声だよな!?)


 と、いつも浅羽のボディガードの様に一緒に居る清宮春人きよみや はるとの声、そのものであった。後ろ姿とはいえ、背の高いガッチリとした体型。翼がある無し関係なく、清宮その人だ。

 何が起きているのか、何故浅羽が、清宮が、と、一人思考を忙しなく動かしていると、隣で大佑の身体を支えていた浅羽が耳打ちする。


「夏川。詳しい説明は、後で必ずする。今は、この状況から両親を助ける事だけに集中して。夏川とを合わせれば助けられる」


 浅羽の言葉に、大佑はハッと息を飲む。


 浅羽と清宮の登場に、忘れかけていた両親のことに、大佑は自身の思考に悲しくなった。


「今は仕方ないよ」


 まるで、大佑の頭の中を読み取ったように言う浅羽の言葉に、大佑は彼に視線を向ける。


「火崇様とキヨが蛇二匹を引き付けたら、すぐに動くよ。いい?」


 浅羽の色素の薄い瞳が大佑の顔を覗き込む。大佑は、声なく大きく頷いた。


 今は、とにかく自分に出来る事があるならば、浅羽の言葉に従おうと、そう思ったのだった。

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