第20話 教えて
大佑にとっては、初めて来た場所の筈なのに、懐かしく感じた境内。淡い色の空、色とりどりの花々。その風景を見ていると、今日一日大佑の身に起きた様々な出来事を忘れさせてくれる様だった。
優しい空気が漂うその空間が、大佑の心を妙に落ち着かせる。
ふぅっと、息を吐き出し、空を見上げていると、少し低く落ち着いた、穏やかな声が大佑を呼んだ。
「待たせたな。もう、具合は大丈夫か?」
ゆっくり振り向けば、そこには大佑と同じ高校の制服を着た黒須が立っていた。
その姿を見て、大佑は少しホッとする。
先程は情報量が多すぎて、それどころでは無かったが、黒須の大天狗の姿を思い出すと、胸の奥が締め付けられる感覚があった。
(格好良すぎて、変な動悸がするから、制服姿で良かった……)
大天狗姿は黒須に似合いすぎているからか、何なのか。背の高い美男子は、何にしても特である。などと思っていると「大佑?」と、顔を寄せる黒須に驚いた。
思わずのけぞってしまったが、勢い余って倒れそうになる。それを、すかさず黒須が抱き止める。
「まだ、具合が悪いか……」
彼奴らの
「お前が、急に近寄るから驚いただけだ」
「本当に? まぁ、さっきより顔色は良くなっているが……」
「てか、早く帰らないと! ウチの親、放任主義な所がある割に、変な所で心配性だからさ。ここさ、なんか時間の感覚が分からなくなるんだよな」
極力、普通に。明るい声で言って、愛想笑いをする。
火崇に言われて、大天狗と烏天狗の違いを考えた。そして大天狗の神使だという狐達の話を聞いた結果、黒須は本物の大天狗なのだと、受け入れた。だが、それについて黒須にまだ何も伝えていない。
あんな偉そうに天狗の知識を言い放って黒須を否定しておきながら、実際には自分の、いや人間の思い込みや想像から生まれたであろう知識が間違いであったのだ。正直、どんな顔をして黒須と向き合えば良いのかも、分かっていなかった。
だが、当の黒須は先程のやり取りなど、気にもしていないのか、大佑に優しく接してくる。
「そうか。なら、その時間についての心配はいらない。この空間は、現世と時の流れが異なるからな」
「そ、そうなの?」
「ああ。神の住む場所は、だいたいそういう場所だ。時間の概念が異なるからな。さぁ、話はこのくらいにして、もう行こうか。送っていく」
そう言って、大佑に差し伸べられた美しい手。長く細い指に触れれば、逃すものかと、しっかりと手を握られる。
「大佑の手は、少し冷たくて小さいな」
黒須は嬉しそうに、愛おしそうに、大佑の手の甲を親指の腹で撫でる。
「手が冷たいのは、心があったかいの!」
手を解こうとするが、黒須は握る手を緩めなかった。
「ここから出るまでは、俺の手を離すな。時空の狭間に置いていかれたくないだろ?」
笑いながら言うが、先程聞いた概念の違いを思えば、これは決して冗談ではないと感じた大佑は、そのまま大人しく手を繋いでいるとこにした。
それに気が付いたのか、黒須は満足そうに微笑むと、手を繋いだまま社の廊下を歩き出した。
大佑が知る社の本殿には、こんな廊下は無い。だが、この空間にはいくつもの部屋があるようだった。
手を引かれたままキョロキョロと辺りを観察する。ずっと大佑の中にある『懐かしい感覚』が、どんどん強くなる。
(なんでだ? ここは、初めて来る場所なのに……)
「出るぞ」
黒須の言葉に、大佑は真っ直ぐ正面に顔を向ける。
目の前には、いつの間にか蔵の扉の様に頑丈そうな扉が立ちはだかっている。
見るからに重そうな扉を、黒須が片手でグッと押せば、ギギギッと錆びれた音が響いた。
と、同時に強烈な眩しさに襲われる。
大佑は、黒須と繋いでいない方の手を目の前に翳す。
「もう大丈夫だ」
黒須の声に手を退ければ、そこは大佑がよく知る本殿の中であった。
すかさず振り向く。
「もしかして、あの扉から……俺たち、出て来たの?」
天狗様の彫刻が何体かあり、その奥にある神棚の扉。
それは、先程、黒須が片手で押し開けた扉に良く似ていた。
「そうだ。あの奥は、神の住まう場所。選ばれた者しか入れない。いえば、俺の家だ」
その言葉に、大佑は小さく下唇を噛むと、繋ぎっぱなしの黒須の手を、強く握った。
「大佑? どうした?」と、小首を傾げる黒須を見上げ、スッと息をひとつ吸う。
「黒須。さっき、お前が大天狗だって告白してくれたのを嘘だと決め付けて否定して、ごめん」
「……」
「黒須が静岡の天狗様と部屋を出て行ったあと、俺なりに考えた。あと、コガネとシロガネという、お前の神使にも、話を聞いたんだ。それで、」
言葉を続けようとする大佑に覆い被さるように、黒須が抱き締めた。
「俺のこと、怖くない?」
どこか弱々しい声。先程までは、あんなに堂々としていた男が、一体何に怯えているのかと、大佑は苦笑いした。
大佑の肩に顔を埋める黒須の長い髪に触れる。
柔らかく、滑らかな指ざわり。梳く様に撫でれば、一瞬、ビクリと肩を揺らしたが、そのまま大佑の好きな様に触らせている。
「……正直、怖くないといえば、嘘になる」
「……」
「なぁ、黒須。お前がこの社の神だと言うなら、教えてくれないか」
黒須が頭を上げようとすると、思いの外、力強く、大佑が黒須の頭を押さえ付ける。
「大佑?」
「そのまま聞いて。そして、教えてくれ」
「わかった……なんだ?」
「……俺は、天狗様の贄なのか? いつか、俺の命を、お前も奪うのか……?」
思いもよらなかった大佑の言葉に、黒須は思い切り顔を上げた。
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