第17話 天狗と世話係の関係⭐︎

 【天狗の世話係】


 これは、人間の言い方だ。

 天狗達は、彼らを【世話役】と呼ぶ。


 自分の天狗の世話をするだけでなく、他の地域の天狗達や天狗の神使達をもまとめる存在として。


 大介は、その【世話役】としての役割を、しっかり遂行していた。

 各地域の天狗達や、その世話役達からも厚い信頼を得ており、朱陽と大介の存在は目指すべき姿だとされていた。


 そんな大介に僅かな変化が起きたのは、大介が十九歳になる年であった。


 ある日、大介の顔色が優れない事に気が付いたコガネが、その旨を朱陽に報告をした。


 天狗の【世話役】は加護があるため、体調不良には縁遠いにも関わらず、顔色が悪い事に首を傾げた。しかし、コガネの言葉を捨て置けないと感じた朱陽は、直様、大介の元へ向かった。

 大介は社の縁側に腰を下ろしていた。膝の上で戸愚呂を巻いて休んでいるカダが居る。


 よく晴れた日であった。


「カダは私の神使のはずなのに、すっかり大介の神使のようだな」


 そう言いながら大介の隣に腰掛ける。

 大介は、どこかゆっくりとした動作で朱陽に顔を向け、ほんのり笑みを浮かべた。


 朱陽は僅かに怪訝な表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを見せる。


「大介、何やら少し疲れているようだな」


 その言葉に大介はゆるゆると首を横に振る。


「いや……大丈夫だ。今日は気持ち良い天気だからな。少し、微睡んでいただけだ」

「本当に?」

「ああ」


 覇気のない声。朱陽は若干の引っ掛かりを覚えたが、大介の頬に手を当て自分へ向かせると、口付けをした。

 唾液と共に力を流し込めば、大介は素直にそれを飲み込む。

 こうして通力の循環をさせれば、少しは顔色も良くなるはずだと考えたのだ。


 大介の力が朱陽を支え、朱陽の力が大介を支える。


 天狗の世話役とは、そういった存在であった。


 日本の何処かで大規模な自然災害などがあった場合、天狗達は天空を飛び回り、日本各地の災害を他の神々と共に最小限に抑える役割がある。

 それでも、人間にとっては途轍もない規模の災害となってしまうこともある。

 事前に気が付き抑え込める事もあるが、間に合わない事も。


 実は【自然災害】といっても、全てが全て天候によるものでは無い。

 人間に分かりやすく説明するならば、魑魅魍魎といった類の妖怪や怪物、時には悪霊といった元々は人間だったものの魂が鬼と化して暴れ回る。地底に生きる妖怪達は、虎視眈々と地上の世界を狙っているのだ。


 自分達の時代を夢見て。


 それを抑え込み、退治するのが天狗の仕事であり、現代風に言えば、戦闘要員といったところだ。

 そして、大地を癒すのは、別の神々の仕事。そうやって、神達は人間の知らぬところで、この地を守っている。


 戦闘要員ともなれば、それなりの神通力が必要である。だが、それを以てしても怪我や【命】にも関わってくる。神であっても、だ。


 身体を、力を癒すには、人間同様、身体を休める事であるが、それでは間に合わない事も多々ある。

 人間には、稀に神にも勝る通力を持った者が生まれる。その者が【世話役】として、神々に力を分け与える。

 一番手っ取り早く力を分け与えられるのは、互いの粘膜を合わせることだ。


 神に力を与えるだけではない。

 世話役は、天狗にとって大切な相棒である。その世話役が、寿なのだ。


 世話役の寿命は、通常の人間よりも長寿ではないが短命でもない。現世話役が五十代半ばになり、次の世話役が現れ、世代交代がなされてから命の花が散る。だが、その時、その瞬間が来るまで、世話役は通常の人間よりも元気なのだ。


 だからこそ。

 今の大介の状態は、朱陽にとっては違和感でしかなかった。


 何度か流し込まれた唾液を飲み込むのを確認すると、朱陽は口付けをやめて、大介の膝に眠るカダをそっと縁側へどかし、自分の膝の上に大介を乗せ抱え込んだ。

 顔を覗き込めば、大介の頬はほんのり色が良くなっていたが、目の下に薄っすら陰が出来ている。


「最近、眠れていないのか?」


 大介は朱陽の肩に頭を乗せると、ぼんやり遠くを見つめながら「そうだな……」と呟いた。


「最近、目覚めが悪い。何か、良くない夢を見ているんだが。それが思い出せない。その夢を見た後は、必ず途轍もなく疲れているんだ……」

「何故、そんな大事なことを言わなかった。いつからだ?」


 思わず強く言えば、大介は顔を上げ、眉間に皺を寄せて朱陽を見つめた。


「そんな怒るな。ほんの数日前のことで、大したことないと思ったから、言わなかっただけだ」

「しかし、顔色が悪くなる程のことだぞ?」

「コガネが言わなかったら、気が付かなかったろ?」


 その一言に、朱陽はグッと言葉に詰まった。


「ついこの間まで、お前も戦いに出向いていたんだ。朱陽の怪我と疲れを癒す事の方が、俺には重要だ。俺の目覚めの悪さなど、大したこともない」

「しかし……」

「また次、変な夢をみたら、すぐに伝えるさ。それで良いだろ?」


 子供を諭すように優しい声色で言う大介に、朱陽は降参したように微笑み頷いた。


「大介……私は早くお前と【番】になりたい……」


 珍しく弱々しい声を出した朱陽に、大介は驚いたように瞳を見開く。そして、花が咲くように笑った。


「もう少し待っていてくれ。もう少しすれば、俺も成人だ。俺も、早く朱陽と一緒になりたいよ……」

「ああ……」


 どちらからともなく唇を寄せ、それは次第に深くなる。朱陽の唇が大介の首筋から鎖骨へ、胸へと落ちていく。僅かに呼吸が荒くなった二人の手が、互いの着ているものを解き始めると、縁側にいた筈の白蛇が、どこかへ消えた。



 そんな事があった、二日後。大介の誕生日。


 その日、社に繋がる階段で、大介が倒れていたのだった---。



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