第16話 白蛇

 朱陽は、遠くに見える大佑の背中に視線を向けながらも、その瞳の奥では、遠い昔の記憶を見つめていた。


 当時、大介の死には、不自然な点が多くあった。


 本来、天狗の世話役となる人間には、加護が与えられている。

 左胸、心の臓がある近くに、楓の葉の様な痣が浮かび上がれば、それが神から与えられた加護の印だ。

 その印が、亡くなる直前に大介の胸から消えていたのだ。


 それが、どうして、どの様に消えたのか。


 あの時、朱陽は酷く混乱をし取り乱し、冷静に考える事が出来ず、すぐには分からなかった。


 【神使】として迎えようと可愛がっていたモノに裏切られた事にすら、気が付かなかった程に……。


 だが、この百年。朱陽は海底に閉じ込められ、考える時間は嫌というほどにあった。

 それでも、冷静に考えられるまで、何年かを無駄に過ごしてしまった。

 朱陽が『無駄な時間』と思っていたその間、彼はただただ、悲しみに暮れ、自らの死を何度となく望んだ。何度となく、試みた。

 

 大介の元へ、行きたくて。


 しかし、一緒に海底へ閉じ込められた金銀の神使である狐達に、その行為を止められた。狐達は、何度も何度も朱陽に語りかけた。呆れる事なく、見放す事なく、辛抱強く、何度も何度も。ずっと寄り添った。そして彼等は、朱陽にその何年もの時間を『無駄では無い、必要な時間であった』と、優しく諭したのだった。神使だというのに、神である自分よりも神らしいと、後に朱陽は笑った。

 そうこう過ごしている中で、朱陽は自分を裏切ったモノの事を考えていた。


 裏切りモノ。


 それは、いつだったか大介が社に連れて来た白蛇であった。

 大介が社へ向かう途中、子供達に石を投げられていた白蛇を救ったのだった。


『白蛇は神の使いだ! 大切にしないと、お前達の家に災いが起こるぞ!』


 そう言って、子供達を慄かせたのだと、笑って朱陽に話して聞かせた。

 白蛇は最初、随分と衰弱していた。本来であればヌメリ感のある肌が、何故か妙に乾いて見えた。白い鱗も、どこかくすんで見えた。


「朱陽、コイツを助けられないか?」


 白蛇を抱えながら、助けを求めるように上目遣いで見上げられては、朱陽は大介に意に沿う事しか考えられない。それほどに、朱陽は大介を愛してやまなかった。


 朱陽は、大介から白蛇を預かると、社にある池に白蛇を浸かわせた。社にある池は、清水が湧き出ており、神々が疲れや傷を癒す効果があった。時折、龍神や鳥の神使などが、その身を癒しに来る程に。


 そして、朱陽は自分の通力を白蛇へ僅かに流し込んだ。

 

 本来、命に干渉はしてはならない。


 あの場で亡くなる命であったなら、それが白蛇にとって天が定めた寿命である。だが、通力を流す事で命に干渉したのだ。

 そうするという事は、朱陽がその白蛇を自分の【神使】にする、ということだ。

 何故、そうしたのか。

 全ては、大介の喜ぶ顔が見たいがためであった。


 白蛇は徐々に回復を見せた。その間、白蛇の世話は大介が行っていた。それもあってか、白蛇は朱陽よりも大介に懐いたが、金銀の狐達に【神使】としての心得を教えられ、朱陽にもそれなりに懐いていた。


 完全に調子を取り戻した白蛇に、朱陽は【神使】になるかと、問うた。

 問わずとも、命を助けた時点でそうせざるを得ないにも関わらず。しかし、朱陽は何故か問わねばならぬと、その時、感じたのだった。


 問われた白蛇は、黒いつぶらな瞳を真っ直ぐに朱陽に向け、そして恭しく、ゆっくりと深く頭を下げた。それを返事と捉えた朱陽は、ひとつ頷く。


「ならば、お前に名を与えよう。【カダ】だ。【伽陀】という言葉がある。それは、歌という意味だ。お前は舌を出す度、歌をうたっているかの様だからな」


 そう笑いながら言えば、カダは頭を上げ、朱陽を見つめた。


「今日から、お前は私の【神使】だ。カダ」


 カダの頭の上に手を翳す。その掌に向かって、カダが身体を持ち上げ、鼻先をちょんと付けた。

 

 契約を交わす光りがカダを包み込む。光が収まると、カダは朱陽を見つめた。


『朱陽様、素敵な名を授けてくださり、ありがとうございます』

「これから宜しく頼むぞ」

『はい』


 それからカダは、コガネやシロガネと共に【神使】としての仕事をこなす様になった。

 その姿に大介は喜び、カダを甘やかした。

 朱陽には、通力を与えない様にと言われていた。それを大介は、朱陽の大介への独占欲によるものであり、さして重要な事では無いと思っていたが、言いつけ通り、力を与えることはしなかった。


 が、それは大介がそう思っていただけで、カダの方が一枚上手だったのだ。

 カダは、大介に甘えるフリをして、大介に口付けをし唾液を舐め、はたまた甘噛みをし血を舐め、力を少しずつ奪っていたのだった。


 本来ならば、コガネやシロガネに指導を受けながら修行を重ね、カダ自身の中にある力を育てなくてはならない。

 しかし、大介の力を手に入れることで、本来なら自身で生み出し育てなくてはならない力が、一足飛びで成長し、必要以上の力を持っていったのだ。

 その力は、当時のコガネやシロガネを超えるものであった。


 カダは、誰に言う事もなく、ひっそりと思っていた。


『私は神の使いなどではない。神になりうる力がある』と……。



 

 

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