第14話 金銀の神使


 黒須と火崇と名乗った大天狗が部屋を出て行くのを、大佑はどこか不思議な気持ちで見送った。

 胸の奥が、ほんのり温かくなる。何故だか、あの二人の背中をずっと前から知っているとすら、感じたのだ。

 記憶を辿っても、そんな事はあり得ないと分かっていても、大佑は自分の記憶を辿ろうとしていた。だが、当然、無い記憶が思い出せるわけもない。早々に記憶を辿るのを諦めた大佑は、ふと外が気になった。

 

 庭に面した障子は、夕暮れ色に染まっている。

 天狗二人が消えた襖の奥には、もう人の気配は感じない。

 大佑はゆっくり立ち上がり、障子を静かに、そして細く開けた。


「え……」


 大佑の目に飛び込んで来た外の景色は、大佑の知る社の庭とは違う。違うのに、胸の奥がギュッと切なくなる。どこから湧き上がるのか、言葉には言い表せない感情が一気に押し寄せ、気が付けば涙を流していた。


 不思議な色をした空の色。

 季節も生息地も異なる草木に花が咲き誇り、良い香りが漂う。


『世話役殿、どうなさいましたか?』


 脳の奥に響く声に驚きつつ、ふと左へ顔を向ければ、そこには中型犬ほどの大きさの二匹の狐がお行儀よくお座りしていた。右へ顔を向けるが、何も、誰もいない。となると、この狐達の声か、と大佑は思った。若干、驚きはしたが、もうこの状況で大仰に驚くほど大佑はビビリではない。

 ほんの数時間前までの大佑なら、驚いていたであろう。しかし、何者かに襲われた時点でもう既に、何度となく驚き過ぎた。黒須についても、静岡の大天狗についても、だ。


 大佑は狐達へと身体を向けた。

 一匹は白い毛並み。もう一匹は、黄色い毛並み。が、どちらもよくよく見ると、毛が輝いて見え、それが金銀色に輝く。

 すると、限りなく白に近い銀色の毛並みをした狐がペコリと頭を下げる。

 その姿を見て、大佑はふと、学校の屋上で助けられた時の事をぼんやり思い出す。


「もしかして、屋上に来てくれたのは、キミかな?」


 大佑の問いに、銀狐は細い目を僅かに開き、しかしすぐにその目を細め、コクコクと頷く。表情に人間ほどの変化があるわけでは無い。しかし、その様子は、何故かとても嬉しそうであると、大佑には分かった。

 それが何もと可愛らしく、大佑はゆっくりした動作で二匹の近くに寄り、縁側に腰掛けた。

 

 そっと手を伸ばせば、銀狐は頭を下げる。その頭に触れると、高級絨毯の様な手触り。あの屋上で包まれたふんわり感と同じ物だ。柔らかく、温かい。あまりの手触りの良さに、そのまま撫で続けていると、銀狐の隣に大人しくお座りしていた金狐が前足を、どこかもどかし気にフミフミと落ち着かなく動かし始めた。

 ついに我慢出来なくなったのかスクッと立ち上がると、銀狐に体当たりしつつ、大佑の手が自分に触れる様に頭を差し出してきた。


「あはは! お前も撫でられたかったのか?」と笑いながら、大佑は金狐の頭を撫で始めると、もっと撫でろと金狐は掌に頭を押し付けた。


 その仕草が可愛らしく、大佑は笑いつつ両手でわしゃわしゃと撫でる。すると、気持ち良さそうに顎を上げ、目を細める。


『コガネ……みっともないぞ……』と、呆れた声が大佑の頭に響く。その声に、チラリと視線を向ければ銀狐の難しそうな表情が目に入る。

 頭に響く声と表情があまりに一致しているため、思わず笑う。恐らく、自分の妄想の声ではない。そう思いながら。すると、撫でている金狐からも『ひゃぁ〜、きもちぃ』と、可愛らしい声が聞こえて来た。


 大佑は笑いながらも「さぁ、撫でるのは終わり」と、手を止める。

 え、もう終わり? とでも言いそうな顔で大佑を見上げる狐達に、大佑は顔を寄せた。


「キミ達は、お喋りが出来るんだよね? 俺は夏川大佑。天狗様の世話係だ。キミ達は、天狗様の……。つまり、黒須の? う〜ん……なんか、変な感じするけど。まぁ、黒須が天狗様であるのは、間違い無いらしいから……」


 先程聞いたばかりの黒須の正体を自分に言い聞かせつつ、苦笑いし、狐達を交互に見つめる。


「キミ達は、天狗様の神使で、間違いない……の、かな?」


 その言葉に、二匹はコクコク頷く。

 それはそれは、何とも嬉しそうに、愛らしく。


「なら、俺に教えてくれないかな。黒須のこと。それと、ここのこと」


 大佑の言葉に二匹の狐は顔を見合わせ小首を傾げると、二匹同時に顔を上げて大佑を見つめたのだった。



♢♢


 

 大佑がいる部屋から離れ、朱陽と火崇はある一室に居た。


 火崇は部屋の壁際にある、空の刀置きに近寄る。

 刀置き台ではあるが、通常の台より何倍も大きな物だ。それを見つめながら「大鉈は見つかりそうか?」と火崇が訊ねる。


「もう、在処は分かっている」

「ほぉ。どこに?」


 その問いに、朱陽は答えない。暫し待った火崇はゆっくり朱陽を振り返る。


、疑っているのか?」

「……いや、そういう事ではない」

「いや、責めているわけでは無い。寧ろ、そのくらいの危機管理は必要だ」


 そう言うと、火崇は朱陽を振り向き真っ直ぐに見下ろす。何かを促すように見下ろす威圧的な瞳に、朱陽は小さく息を吐き出す。


「化陀の使い魔が、今日、私の世話役に接触した」

「……なら、お前さんが復活したのも、奴等は知ったのだな」

「ああ……」

「世話役殿が危険だな……」


 独りごちると、火崇は何かを考えるように黙り込む。


「そっちの情報とは? コガネに伝言せずに、ここへ来たという事は、私と世話役の事がどうこうと言うのは建前であろう?」

「いやいや、それも気になったから来たんだろう! しかも、復活してもお前さんはちっとも顔を見せに来ない」

「あまり方々へ自ら出張って、敵に知られるのも危険だったからな」

「そんな事いって。知ってるぞ? 儂以外の天狗殿達には会いに行っているのをっ! 儂は知っているぞ」


 グイッと顔を寄せ、朱陽の瞳を覗き込む。朱陽は、片手でその頬を押し退け、顔を逸らした。


「気のせいだ」

「んなわけあるかっ!」

「どうでも良いことだ。そんな事より、早く私の問いに答えろ」

 

 ムスッと仏頂面をしていても美しい朱陽を見下ろし、火崇は「へいへい」と息を吐きつつ返事をすると、どかりと畳の上に腰を下ろした。


「儂の仲間である烏達が見た」

「化陀をか?」


 朱陽の問いに、火崇は首を横に振る。


姿、だ」


 その言葉に、朱陽はヒュッと息を飲み、大きく目を見開いたのだった。

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