第13話 幼馴染

 東京都品川区---


 都会のど真ん中を、人の目を避ける様にスルスルと移動する二匹の蛇の姿があった。

 下水道を這って移動していたが、主人の元へ向かう為に地上へ出ると、二匹はその姿を古びたロープによく似た姿形に変えた。


 誰一人、その姿に気がつく者はいない。

 下を向き、地面を見て歩いている者すらも。


 二匹の行く先の目前には、蛇を祀っているとある神社の鳥居。

 そのまま鳥居を潜るのかと思いきや、二匹はそこも通り過ぎ、神社近くにある公園へと向かっていた。

 

 公園に辿り着くと、二匹は這う速度を上げ、一本の木に近づく。その木の根元には、人目にはつきにくい、自然に開いたであろう細い空洞があった。二匹はスルスルとその中へ滑り込むと、その空洞の奥へ奥へと進んだ。


 空洞の奥の更に奥へと進めば、その空間は徐々に広がりを見せ、終いには、いつの間にか外へ出たのか、はたまた幻想か。雅な建物が、その空間に現れた。

 天を仰げば、夕暮れ時の様な橙色の空が広がる。


 二匹はスルスルと建物へと近づくと、人の姿へと変化させた。

 一人は黒髪の青年へ。もう一人は、白髪の青年へと。

 黒髪の青年が一歩前へ出る。


化陀かだ様」


 縁側に膝を突き、障子越しに声を掛ければ、中から何者かが動く気配がある。


「巳黒と巳白か」

「「はい」」

「随分と遅かったではないか……」

「申し訳ございません」


 不機嫌な声に、巳白が生唾を飲み込むと、巳黒がすかさず謝罪の言葉を放つ。


「どうであった?」

「……化陀様の予想通り、朱陽が戻って来ておりました」

「神社に居た、という事か?」

「はい……」

「ほぉ……? あの結界を破られたのか……」

「恐らく、新しい世話係の影響かと」


 巳黒の報告に、中で布が擦れる音が大きくなる。そして。


「なるほど。それは、お前達が先程からプンプン漂わせている甘い香りの持ち主であるのか?」


 障子が開き現れたのは、黒髪の女であった。巳黒と巳白同様に、縦長の瞳孔を持つ女は、その目を細め、二人を見つめる。異常なまでに白い肌をし、その顔は人形の様に整っている。が、顔だけ見れば、男か女か区別が付きにくい。

 赤や紫といった鮮やかな花が描かれた妖艶な黒い着物を着崩し、胸元が露わとなっているからこそ女と分かるが、それを直すこともなくその場に立ち、二人を見下ろしていた。


「……その姿はどうした?」


 女の視線の先にいる二人の男は、それぞれ顔半分が火傷をしており、よく見ればその手も火傷を負っている。


「……シロガネに……」

「……彼奴あやつらが、お前達を傷付けるだけの力を得た、というのか……」


 独りごちる様に言うと、何かを思案する仕草をし黙り込む。


 その間、巳黒も巳白も黙って、女の言葉を待った。それは二人にとって長く感じたが、実際には、ほんの数秒であった。

 女がフッと短く笑うと、手を軽く振るう。

 すると、巳黒と巳白の傷が瞬く間に綺麗に消えた。


「今度の世話係、使えそうだなぁ。今回の計画には、丁度良いかも知れぬのぉ?」


 女が嬉しそうに声を高くし笑えば、部屋の奥から男が一人。着物を羽織っただけの裸の男は、女を背後から抱き寄せ口付けを落とす。


「我が花よ、何か嬉しい事があったのか」

「ああ……。この何十年、もっとも喜ばしい事が起きるやも知れんぞ」


 そう言って、女は男のはだけた胸に手を当てる。

 その胸には、楓の葉の形をした痣が。


。お前にぴったりなとなれる者が現れたようだ」


 大介と呼ばれた男は、何も言わずに女の頬に手を当てる。その顔には、なんの感情も読み取れない。女の頬に当てた手を顎へ移し、顔を持ち上げると、そのまま女の赤い唇を噛み付く様に自分の口で塞いだのだった。



♢♢



 大佑は、再び部屋へ戻る事となった。というより、戻らざるを得なかったのだ。


「さっそく痴話喧嘩とはなぁ、朱陽よ。お前も、もう少し大人になれ」

「別に、私は何も……! いや……何でもない」


 憮然とした顔で視線を逸らす黒須に、男は大きな声で大笑いをする。

 男は精悍な顔立ちだが、優しさが見て取れる、人好きのする笑顔を見せた。胡座をかいて座っていても、大佑が見上げるほどの大柄だ。


 大佑が出て行こうとした経緯を、黒須から無理矢理、聞き出した男は愉快そうに笑うと「おっと」と何か思い出した様に大佑に向かって自己紹介をした。


 この大笑いしている大天狗様。静岡の大天狗こと、秋葉三尺坊大権現あきばさんじゃくぼうだいごんげんの子・火崇ほたかと名乗った。

 火崇は自身を「儂」と言うが、年寄りではない。大佑よりも、少し年上くらいにしか見えないが、年齢不詳だ。


 大佑は、自分が名乗る事も忘れる程に驚いていた。何故なら、本物の天狗様を目の前にして、驚くなと言う方が無理な話だ。

 だが、火崇はそれを気にする事なく話を進める。

 

「まぁ、なぁに。世話役殿。心配はいらん。こいつは、正真正銘の大天狗だ。こいつと儂は、人間の言葉に変えて言えば、幼馴染の様なものだ。幼子の頃から一緒に修行をして来た。世話役殿が言うように、確かに長野の天狗殿は烏天狗であると、人間には伝わり祀られている。しかし、だからといって、その子も烏天狗とは限らない。何故か。世話役殿は、天狗について勉強をしていると言ったな? ならば、ちぃと考えてみてくれ。大天狗と烏天狗の違いを、な? そうすれば、朱陽が烏天狗では無く、大天狗である理由が自ずと分かる」


 そう言うと、火崇は下手くそなウィンクをして見せた。それまで、カチコチに固まって正座していた大佑だが、思わず笑みを溢し頷いた。その笑みを見た火崇は、顎に手を当て「ふむ」と唸った。


「これは……。朱陽よ」


 ギョロリと大きな瞳を黒須へ向けると、火崇はニヤリと意味深に笑う。


「お前も苦労するなぁ」


 その一言に、黒須は顔を顰め「うるさい」と返すと、サッと立ち上がった。

 

「火崇。私に話があって来たのだろう。場所を変えて話をしよう。大佑、お前はもう少し横になっていろ。まだ顔色が良くない」

「いや……俺は帰る」

「後でちゃんと送る。頼むから、もう暫く休んでいてくれ……」


 どこか懇願するように言う黒須に、何故かそれに従った方が良いと、鼓動が叫ぶようにドンと大きく鳴り響く。野性の勘、もしくは本能とでもいえば良いか、大佑は自分のその感覚に戸惑いながらも、黙って小さく頷いたのだった。

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