第12話 大天狗

 どのくらい布団に潜っていたか。

 その間、大佑は黙ったままであった。


 だが、黒須はどこか機嫌が良さそうに、鼻歌を歌っており、大佑は布団の中でその声を聞いていた。

 少し低い声ではあるが、美しい声音だった。綺麗な旋律を穏やかに歌うその声を聞いていると、だんだんと気持ちが落ち着いた。だが、大佑は恥ずかしさが強くあり、なかなか顔を出せなかった。

 

 布団の中で黒須の歌声を聴きながら、大佑はふと思い出した。


 ここが一体、どこなのか。


「……黒須?」と布団を被ったまま声を掛ければ、小さな声だったにも関わらず、しっかりと聞き取った黒須が「ん? なんだ?」と、問う。その声が思いの外、柔らかで、大佑は何故かドキリとした。


「……あのさ……ここ、どこ?」


 くぐもった声が、かろうじて聞き取れた黒須は、一瞬、口を噤んだが、すぐに落ち着いた声で答えた。


「夏川家が管理している、神社だ」


 その言葉に、大佑は布団の中で眉間に皺を寄せた。


 何故なら、大佑が知る社には、こんな襖や畳の部屋など無いからだ。


「……これは、夢?」

「いや、現実だ」

「俺の知る社には、こんな部屋はない……」


 黒須は、両の眼をぎゅっと閉じ、すぐに開いた。


「……ここは、、特別な場所だ」

「……なんで、お前がそんな事、知ってるんだよ……」


 布団を被る大佑の様子は、見る事が出来ないが、声が震えている。よく見れば、膨らんだ布団も僅かに揺れている。

 どう答えたものかと、黒須は自身の下唇を軽く噛む。


「何処までが夢で、何処までが本当なんだ……?」


 布団の中でもごもごと訊ねられた問いに、黒須は更に顔を顰めた。

 いったい、どこからどう説明をしたものか……と。


「……俺を助けてくれた、人よりも大きな、獣がいた……。大天狗様の、使いだと……そう言っていた」

「……それは、本当だ。シロガネという、銀狐の神使だ」

「……だから……! なんで、お前が知ってるんだよ!? お前は、何者なんだ?!」


 相変わら頭からすっぽり布団の中に収まっている大佑の声には、苛立ちの中に怒りも感じ取れた。

 黒須は、そっと手を伸ばし、大佑が被る布団の上から、丸みを帯びた場所をゆっくり撫でる。


「大佑。頼む。ちゃんと話をしたい。顔を見せてくれないか……」


 懇願する様に放たれた声に、どのくらい待ったか。丸い布団が縦長に持ち上がる。黙ったまま、その様子を伺っていた黒須に、布団を被った大佑の瞳がぶつかった。

 大きな黒目がちの瞳が、真っ直ぐに黒須を見つめる。早く話せと急かす様な鋭い視線に、黒須は小さく苦笑いをした。


「まず……何処から話すかな……」

「……お前が、何者かを。そして、学校の屋上にいた奴等が何者かを。俺は知りたい」


 大佑のけっして大きくは無い掠れた声に、黒須はひとつ頷いた。

 そして、眼鏡を外すと、胡座をかいたまま背筋をピント伸ばし、大佑に向き合う。


「まず、が何者かだが。私は、この神社のあるじだ」

「……ある、じ?」

「そうだ。私は、飯縄山三郎坊いいづなやまさぶろうぼう天陽てんようの子、朱陽しゅよう。大天狗だ」

「……天、狗……? 黒須が……?」


 驚きの余り、被っていた布団を投げだし黒須に向き合う。

 その様子に、黒須は困ったように微笑むと「そうだ」とひとつ、頷いた。

 しかし、何かに引っ掛かりを感じたのか、大佑の表情が僅かに険しくなる。


「……飯縄山三郎坊と、言ったよな」

「ああ」


 その言葉に、大佑は不敵な笑みを浮かべる。


「お前……一体、何が目的なんだ?」


 つい、今し方、黒須を詰め寄るように膝を合わせて座っていた大佑が、すぐさま後退りを始めた。


「目的?」


 黒須が僅かに首を傾げて繰り返せば、大佑の瞳には不信感が色濃く現れた。


「お前は、自分のことを【大天狗】だと、言ったよな?」

「ああ、そうだが……」


 戸惑い頷く黒須に、大佑は口元だけニヤリと持ち上げた。


「……俺が天狗様について、随分と無知だと思われてるようだな。……飯縄山三郎坊は、様だ。その子供が、大天狗様とは……。俺を騙したいなら、もう少し勉強してくるんだったな」


 大佑は、自分の身に纏っていた布団を黒須に投げつけると、急いで部屋から出て行った。


 が、障子を開けてすぐ。顔面から思い切り、誰かにぶつかってしまった。

 

「おっと、大丈夫か? 少年よ」


 黒須よりも遥かに太く低い声が、大佑の頭上から落ちてくる。

 大佑は顔面から思い切りぶつかった事で、鼻を痛め、自分の手で撫でながら声の主を見上げた。


 そこには、黒須よりも背丈のある山伏の格好をした、まさしく大天狗様そのものの格好をした男が立っていた。

 大佑がひたすら驚いた顔で見上げていると、すぐさま黒須が大佑の肩を掴み、自分の後ろへ隠すように大佑の前に立った。


「静岡の……。何故、ここにいる……?」

「朱陽、久々にあったというのに。そんな嫌そうな顔をするなぁ。なぁに、コガネがな? あんまりにも、新しい世話役について可愛いだの力があるだの朱陽がメロメロだの、色々興味深い事を言うのでなぁ。ちぃと儂も会いたくなっただけだ」


 そう答える静岡の大天狗の後ろに見えた、金色の尻尾を見つめ、その目を細める。


「……コガネ?」


 静岡の大天狗の後ろから、チラッとその顔を覗かせたコガネは、細目で睨み付けてくる黒須に向かってテヘッとでもいうように、舌を出してニカッと笑ったのだった。

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