第7話 予期せぬ訪問者②
♢
あれから、黒須は暫く神社には現れなかった。しかし、学校では事あるごとに大佑を構って来て、それを煙たがり逃げまくった。
にも関わらず、黒須はめげる事なく大佑を構う事で、いつの間にかクラスでは黒須と大佑はセットで見られる様になってしまった。
大佑は、なるべく二人きりにならない様に気をつけながら学校生活を過ごしていたが、黒須は、あの日以来、大佑に無理矢理触れようとしてくる事はなかった。
警戒心も少しずつ薄れ、黒須の存在にも慣れ始めたころ。気が付けば二ヶ月が経っていた。
そんなある日の朝。
再び、黒須が神社に現れたのだった……。
「だから! もう、来るなと言ったろ! さっさと出て行ってくれないか!」
黒須から距離を取りつつ、怒気を含んだ声で言えば、黒須は首を傾げた。
「なんでだ? ここは神社だろ? 誰が来ても構わない筈だ」
そう言われると、その通りだが、しかしここは「私有地」であると言えばいいと考えた大佑は、それを口にしようとした。
「ここは私有地にある神社だから、大佑の家の人間しか入れないってんなら、お前の家が祀っている神様は、随分と心の狭い神様なんだろうよ」
自分が発する前に口を開いた黒須の言葉に、大佑は何も言い返せなかった。
大佑自身、自分はこの神社に祀られている天狗様の【世話係】という立場ではあるが、その天狗様の【世話係】は【贄】だ。
【贄】であると分かった日から、色んな思いを巡らせて来た。
天狗様は本来、妖怪であった。
それであれば、人間を騙し生気を奪うことは造作ないだろう。子供向けの童話なんかにも、突風を起こし人に悪戯をしたり、子供を連れ去ったりするなど書かれている。
本当に神化して善良な天狗も居るであろう。しかし、夏川家が祀っている天狗様は、果たして善良な神なのだろうか、と、大佑は思っていた。それでも、【世話係】として選ばれた以上、自分は放棄しないと誓った。天狗様を怒らせて、他の親族に何かしらの被害が出てしまわないように。逆らわないように。恐らく、歴代の世話係も同じ思いで逃げださ無かったのだろう。
その中で、大佑は自分のやりたい事をやって来た。これからも、大佑のその気持ちは変わりない。が、今目の前に立つ黒須の言葉に、何故か納得してしまった。
世話係が出来ると、今まで誰もこの神社へは辿り着く事は出来なかった。
という事は、この神社の天狗様は『狭量な神』の最たるものでは無いか、と。
大佑は、フッと笑った。
「ん? どうした?」
「お前の言う通りかも知れない。この神社の神は狭量な神だ。今まで、俺以外は入る事も出来なかったんだからな。そういう事だから、もう出て行ってくれ」
「俺は入れたぜ? 今まで誰もが入れなかったのに、俺は入れたという事は、俺はここの神に気に入られたって事にはならないか?」
ポジティブな物言いに、大佑は奇妙な生き物でも見るように黒須を見たが、すぐに小さく笑った。
「どこまでポジティブなんだよ、お前。どうでもいいけど、俺はお前が嫌いだ。頼むから、もう俺に近寄るな。そして、今すぐ出て行け」
「はぁ、頑なだな……」と、小さく呟くと、黒須は片手をヒラヒラさせた。
「はいはい。出て行きますよ、今日のところは」
「はぁ?」
「大佑。前に来た時に伝えたかった事を伝える」
普段の声とは違う。どこかピンと張り詰めた空気を纏う黒須の声に、大佑は自然と姿勢を正す。ゆっくり近寄って来る黒須を睨みつつ、後退りしたが、本殿の壁に背中が当たり、もう退がれない。いや、傍に避ければ逃げられる。だが、大佑は何故かそれ以上、動けなかった。
黒須の瞳がやけに光を帯びていて、目が離せなかったのだ。
「なんだよ……」
「ひとつ、いいこと教えてやるよ」
壁に片手を着き、大佑を囲う様に近いた黒須の瞳を、黙ったままじっと見つめる。
「……」
「池の中を、すぐに掃除するんだ」
その言葉に、大佑は僅かに目を見開く。
黒須の声が、耳からではなく脳に響いて聞こえたのだ。その感覚を、いつだったか経験した事があると感じたが、思い出せない。
そんな事を思っていると、黒須はニヤリと口角を上げる。
「そうすれば、とんでもない発見があるかも知らないぜ?」
「発見?」
眉間に皺を寄せ訊ねれば、黒須はニカッと満面の笑みを浮かべた。たった今し方まで纏っていた張り詰めた空気が、一瞬で消え去る。
「ヒントはここまでー! 知りたけりゃ、学校でも仲良ようぜ? だぁいちゃん♪」
ほんの一瞬の隙に、大佑の唇に当たる柔らかな感触。それが、チュッと音を立てて離れる。
「なっ!」
「じゃあな、また後で学校でな。だいちゃん」
怒りをぶつけようと声を上げかけると、黒須はさっさと境内から出て行った。
「あ! 黒須!!」
軽やかに階段を降りていく黒須の姿は、あっという間に見えなくなった。
「なんなんだ……クソッ! またキスされた!!」
大佑は唇を手の甲でゴシゴシ擦ると、ふと池に顔を向けた。
そう言えば、黒須が初めてここへ来た時にも、池の話をしていたと思い出す。
神が喜ぶとか、食物連鎖がどうこうと言っていたが、『黒須が入って来た』事に驚き、すっかり忘れていた。
大佑は池の縁に立ち、水面を見つめた。
そんなに深くはない池だが、黒須のいう通り、水は澱んでいる。
『とんでもない発見』とは、何なのか。
黒須の言葉が、妙に引っ掛かる。
ふと、上空を飛んでいた鴉がひと鳴き。やけに耳の奥に響いた。
その声に意識が戻され、ズボンのポケットからスマホを取り出し、時間をチラリと見た。
「あ。学校。やっべ! 急がないと」
慌てて鞄を掴み、本殿の鍵を閉めると、急いで神社を後にしたのだった。
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