第10話 媚薬⭐︎


「ん゛ん゛ッ!!!」


 大佑は二人の拘束を解こうともがいたが、何故か身体に力が入らなかった。それどころか、だんだんと身体の熱が高まり、呼吸が荒くなりはじめる。


「逃げようとしても無駄だって。さっきから言ってるだろ? 巳黒の唾液には強力な麻酔効果があるからね」

「ついでに媚薬効果もな」


 ヒヒヒと引き攣る笑い声が、大佑の耳元に纏わりつく。


 気持ち悪さと恐怖と戸惑いに混乱する自分と、いま得体の知れない二人から与えられる快楽に、もう何も考えられず、そのまま溺れてしまいたいと思う自分に、脳も身体も自分のものでは無くなったのでは無いかと、大佑は頭の奥隅にかろうじて残った理性で思った。

 

(もう、このまま……)


 と、大佑が全てを諦めかけた瞬間。


 大佑と得体の知れない二人の間に、音もなく閃光が走った。それと同時に、痛いほどの痺れが襲う。

 ぎゃぁあと、声にならない叫びが聞こえたと思うと、大佑の目と耳は何かに覆われ、視界が、音が、一切見聞き出来なくなった。

 全身を、暖かくフワフワなものに包まれる。高級な毛布に包まれた様な感覚は、大佑の混乱を徐々に落ち着かせてゆく。


『巳黒、巳白。お前達、朱陽様を騙ってこの御方に何をしようとした』


 怒りの孕んだ声に名を呼ばれた二人は、半分焼かれた顔を互いに治癒しあいながら、声の主を睨み付けた。

 焼かれた顔は、蛇が脱皮する様に剥がれはじめる。瞬く間に皮膚が元に戻ると、二人はニヤリと笑う。


「シロガネよぉ。久しいなぁ。化蛇かだ様が朱陽しゅよう殿が戻って来たかも知れんと言うのでな。山へ行ったらお前達がいるのが見えた。新しい世話役が俺たちの朱陽殿の姿を見て、本物か偽物か分かるか試してしたまでよ。があるかどうか、なぁ?」

『お前達に世話役様を試す権限があるとでも?』

「新しい世話役をちょいと揶揄ってみようと思って、姿を変えてみただけだ。そのくらい、問題はないだろ?」


 ニタニタと笑う二人は、先程のシロガネの攻撃で焼かれた皮膚は再生出来たものの、人の姿を保てないでいるのか、次第に足元が変化していく。それは、滑りのある鱗を纏った蛇の姿だ。まだ上半身だけは人の姿をしてはいるが、その口は大きく裂け、時折見える舌は蛇のそれそのものだ。鼻も細く変わりだしたとき、二人は人の姿を諦めたのか、白い煙と共に姿は消え、その代わりに白と黒の二匹の蛇が地面に這いつくばっていた。


『世話役様を揶揄うだと? 朱陽様の名と姿を騙るだけでも無礼な行い。その上、世話役様に媚薬まで仕込んで。この行いは、決して許される事では無い』

『とはいえ、お前にも我らを裁く権限はないだろ? シロガネよ』

『私は朱陽様に世話役様を護るよう仰せつかっている。この意味は、わかるな? これ以上、無礼を働くのであれば容赦はしない』

『我らを裁く権限がある、という事か』


 シロガネの瞳が鋭く光と、二匹は『おお、怖い怖い』と含み笑いをし、煙を纏って消え去った。


 シロガネは辺りを素早く見回し、誰もいないことを確認すると、小さく息を吐き、脱力した。と、同時に、自身の身体の中に納めていた大佑の存在を思い出し、慌ててその顔を覗き込む。


 大佑は高級な毛布から解放された事に気が付き、そっと目を開ける。目を開けて、最初に映った見たこともない大きさの鼻面を見て「ひっ」と小さく声を上げた。

 シロガネはゆっくりと大佑を解放し、一歩退がると、居住まいを正し頭を下げた。

 

 大佑は目の前に座る銀色に輝く毛並みを持った、犬にしても狼だとしても大きすぎる躰の獣を、驚愕の顔で見つめた。

 頭では「逃げたい」と思っているのに、身体が動かない。それよりも。


 大佑は、その場にバタリと崩れるように倒れ、息浅く呼吸を繰り返す。


(身体が、熱い……)


 下半身に熱が集まり、頭の中がジンジンとし意識が朦朧としだす。


『世話役様!!』


 頭の中に響く目の前の獣の声に、大佑は本当ならば恐怖だけしか無いはずだが、何故か安心出来た。


 この声を、知っている。


 そんな気がして。


『クゥッ! 先程、力を使ったせいで……』


 銀色の大きな獣が何やら焦っているが、大佑はもうそれどころじゃ無くなっていた。


『世話役様。私は大天狗様の神使シロガネと申します。申し訳ない、朱陽様を呼び寄せるために、少しお力をお与えください』


 そういうと、大佑の口元をペロリと舐めた。

 大きな舌が、僅かに開いた大佑の口の中に入り込むや否や、口内の唾液を掬い取るように舐め回す。ざらついた大きく分厚い舌に翻弄され、大佑は声を漏らすが、それすらも気持ち良く感じ目を閉じ、考える事全てを放棄した。


 どのくらい、そうしていたか。口の中を弄る舌の厚さがいつの間にか変わり、大佑が薄っすらと目を開けると、そこには目を閉じていても分かる程の美しい容貌が。


「くろ、す……?」

「……気が付いたか?」

「黒須……助けて……。俺、身体が、おかしい……」

「大佑……」

「熱い……黒須……」

 

 黒須は大佑を横抱きにし、前髪を指先で払い、その顔を覗き込む。

 顔を熱らせ、潤んだ瞳で見上げる大佑の顔は、色気が溢れている。黒須は一瞬、泣きそうに顔を歪めたが、すぐに大佑の首筋に顔を埋めた。

 甘い香り。花の様な、果実の様な甘い香り。その蜜を求め吸い付く唇は、首筋から徐々に鎖骨、そして巳黒によってボタンを外され、はだけた胸へと移動する。


「大佑、すまない。こんな風に、お前の全てを奪いたくない。だが、俺が楽にしてやる。出す物を出せば、媚薬効果も落ち着く。少し我慢してくれ」


 黒須が片手でベルトを外そうとすると、大佑は首を横に降り、弱々しく黒須の手を振り解く様な仕草をしたが、すぐに力無く脱力する。緩められた熱を持ったものが、早く早くと求めるように黒須の手に押し付けられる。

 黒須は大佑に口付けをし、その熱く滾ったものの熱を払うため、黙って慰めたのだった。

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