第9話 ニセモノ⭐︎
大佑の目には、黒須とそっくりな姿の奥に、別のモノが見えた。
だが、それが何なのか、とても巧妙に隠されている様で、見破る事が出来なかった。
今まで、そんな事は無かったために、大佑の心臓は異様な速さで鼓動を打つ。とんでもない妖と対峙してるのかも知れないと。
「夏川、何言ってんだよ? 俺は俺。黒須陽介だって」
「嘘だ」
「何を以て嘘だって思うんだ?」
「本物の黒須はな、俺を苗字では呼ばないんだよ」
ニヤリと口元だけ笑って見せれば、相手は目をスッと細めた。
「では、なんと呼んでいる?」
声色が変わる。明らかに黒須のそれとは違う声に、大佑は心の中で「やっぱり」と呟く。
「そんなもん、お前が本物の黒須だっていうなら、分かんだろ」
嘘では無い。
実際、黒須は初めて出会った頃から「大佑」と読んでいて、苗字で呼ばれた事は無かった。もちろん目の前のイキモノを黒須では無いと判断した理由は、それだけでは無い。それは、大佑だから気が付いたこと。大佑にしか見えない、奇妙な黒い煙のような影が、何かを覆い隠す様に黒須の姿を包み込んでいるのが見えたのだ。ただ、それをこの得体の知れないイキモノに伝えるのは、危険だと感じた。そして、何故か、自分の名を伝える事は、更に危険だと。
目の前に立つ黒須の目の奥が、鋭く光のが見て取れた。それは、人間の持つ光とは明らかに異なる物であると感じ取ると、大佑は一か八か、口の中で呪文を短く唱え祓札にフッと一息吹きかけ黒須に向けて飛ばした。
が……。
「おっと」と、身体を横に逸らしつつ、偽黒須は指をパチンと一つ弾く。すると、祓札が黒い光を放って一瞬で燃え消えた。
「こういうのは友達に放つのはダメだろ?」
「俺は、お前を友達と思ってない!」
「あははは! 酷いことを言うなぁ、おい……」
大佑が一歩退がれば、偽黒須が一歩近づく。ゴクリと生唾を飲み込んだ大佑に、偽黒須の長い腕が伸ばされた。その時。
バチバチッ!!
静電気にしては大きな音と火花が二人の間に瞬き、それと同時に屋上に別の気配が入って来た。大佑は視線を動かし屋上の入り口へと向け、その目を見開いた。次の瞬間。
「夏川!」と言って、屋上に来た人物にグイッと腕を引き寄せられる。何が起きているのか、大佑が考える間も無く、その胸に抱き込まれ、見上げれば、その人物は黒須陽介だった。
が、しかし。大佑はすぐにその拘束からも抜け出す。
「何なんだ、お前ら!! お前も黒須じゃないよな!」
大佑から逃げられた黒須そっくりの人物は、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと片方の口角を持ち上げた。
「……今回の世話役は、随分といいモノを持っていそうだな……。なぁ、
「
「何を言ってんだ。オレだって気が付いていたさ。なぁ、巳白、この旨そうな世話役、このまま
先程から巳黒と呼ばれている黒須の姿をした何者かが、悪そうに顔を歪め笑うと、巳白と呼ばれている、これまた黒須の姿をした何者かも「それは良い」と、厭らしく笑った。
それを見た大佑の警戒心は最上級へと一気に上がり、ゆっくり後退りをする。が、先程から後退り続けていた背中は、いつの間にやら壁に当たっており、それ以上、退がることは出来なかった。
屋上の出入り口より少しずれており、大佑は横目で距離をみて、素早く身体を動かした。
大佑は、【天狗様の加護】もあり、運動神経は良いと自負していた。
だが……。
「おっと。何処へ行くのかな?」
自分の動きよりも速い黒須モドキが、扉の前に立ちはだかった。
大佑が驚いて見上げる、ほんの数秒のうち。突然、背後から、もう一人の黒須モドキに羽交締めにされた。
「えっ!? ちょっ! 離せ!!」
もがけばもがく程、その腕はしまっていく。それはまるで、蛇に締め上げられる様だと、大佑は頭の隅で思った。
「巳白、そのまま離すなよ」
「わかってる。さっさとヤレ」
「まぁ、そう急かすなよ……」
大佑の目の前には、ニヤニヤと厭らしく笑う黒須が、ゆっくり顔を近寄らせる。鼻先三寸の距離。大佑が僅かでも動けば唇が当たる。拘束している黒須を巳白と呼んでいたことで、目の前の黒須は巳黒なのだろう。大佑は、その巳黒の瞳を睨み返す。
すると、巳黒は鼻を鳴らし大佑の口元の匂いを嗅いだ。
「甘い……何とも甘美な香りだ……」
吐息の様な独り言が、大佑の顔を当たる。
グッと顎を引き、唇を噛み締めていると、巳黒の瞳が変わった。
瞳の色は金色に。そして、瞳孔が縦長に変わっているのだ。
大佑がヒュッと息を飲み込んだ瞬間、巳黒は噛み付く様に大佑の唇を喰んだ。
必死に抵抗しようとしたが、巳黒は足を絡めその抵抗を押さえ付ける。巳白もまた、腕の力を強め、大佑は動く事が出来なくなった。
くちゅりと音を鳴らし、口の中に唾液が流される。大佑はどうにか吐き出そうと試みるが、両頬を押さえつけられ、舌を入れられ、呑み込ませようと顎を上げられた。
「ん゛んっ!!!」
抗議の声すら、巳黒の口の中に飲み込まれ、大佑の目尻からは涙が溢れ出した。
苦しさのあまり、口内に流された巳黒の唾を飲み込めば、ようやくその唇は離された。飲み込んだ事に満足気に微笑んだ巳黒は「すぐに気持ち良くなる」と呟くと、再び唇を重ねる。
その言葉の意味に、大佑はすぐに気が付いた。
巳黒の唾を飲み込んだと同時に、喉から下へ流れ落ちる感覚が、まるで麻酔のようで。
喉から食道を伝い、腹の底へ。体内が熱くなり、心臓が異様に早く動きはじめる。
呼吸が浅くなり、小刻みに空気を吸い始めると、巳黒の手が大佑の身体を嬲るように這い始めた。
「巳白、こいつは凄いぞ……接吻だけで、俺の気が高まっている。何より、こんなにも甘い人間は初めてだ……」
巳黒が大佑から唇を離し、巳白を見遣る。
その目は、異常なまでに見開かれ、唇が大きく横へ裂けていく。
「そろそろ押さえ付けなくても、麻痺しているから大丈夫だろう」
その言葉を合図に巳白の拘束が緩み、大佑は顎を掴まれ後ろを振り向かされる。思考がぼんやりとし、視界も霞はじめ、抵抗する気力も無くなった大佑は、今度は巳白に唇を喰われはじめた。
ねっとりとした舌が、徐々に細く感じはじめ、それが妙に心地よくすら思え始めた大佑は、そっと瞳を閉じた。
(身体が熱い。なんだ、これ。自分の身体じゃ無いみたいだ……)
下半身に違和感を感じ、ゆっくり瞳を開けば、目の前の巳白もまた、瞳を開けていた。そして、大佑はハッと目が覚めた様に、その瞳を見開く。
今、自分の唇を貪っているのは、黒須の姿ではない。見た事もない、やけに色白の男だった。その顔は、顔中白い鱗だらけで、瞳は巳黒と同じ様に金色で縦長の瞳孔であった。
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