第3話 彼の名⭐︎
【注意】後半に若干の性的描写があります。
♢から♢までの所です。苦手な方は飛ばしてください。また、背後にご注意を……。
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『
現れた金と銀の狐二匹が居住まいを正し、揃って頭を下げる。
「どう感じた?」
黒須が眼鏡を外し、二匹に視線を向けると、問われた狐達は顔を上げ、細い目を益々細めた。
『意外にも、朱陽様が現代の若者チックなお話のされ方が出来るのだなぁと、コガネは関心しておりました!』
金色の狐はそういうと、楽しげに黒須の周りを飛び跳ねる。
『思いの外、見目も現代の若者らしく、そう悪くはないと思いますよ』
姿勢正しくお座りをし、澄まし顔で銀狐が言う。
『今の世でいう、陰キャの朱陽様が陽キャ風にお話されるとかぁ』
『振る舞いも、なかなかの物でございました。さすが、我らの朱陽様にございます』
本気なのか揶揄っているだけなのか、金銀の狐達はコクコクと頷き合う。
「あのな、お前達……。私が問うているのは、私への感想ではない。そういう事では無いことくらい、分かっているだろ……」
顔を顰めて言えば、狐達は楽しげにひと笑いし『わかっておりますよ』と応えた。
「ただの世話役であるなら、私の瞳の色など分かるはずは無い」
『やはり、彼奴の仕業でしょうか』
「だとして、まだ名前は奪われてはいなかった。何より、あの世話役の手首を掴んで触れてみたが、彼奴の気配は感じ取れなかった」
黒須の言葉に、金銀の狐は暫し黙った。先に口を開いたのは、金色の狐コガネだった。
『彼の名……ダイスケ殿、でしたね』
『偶然か、はたまた必然か。もしくは、本当に彼があのお方であるならば、朱陽様の瞳の色が分かっても当然かと……。朱陽様ご自身は、どうお感じに? 彼は、あのお方でございましょうか?』
銀の狐シロガネの言葉に、黒須は哀しげに眉を顰め、首を横に振る。
「……分からぬ……。あの世話役は、神社で会った時に私を覚えてはいなかった……。だが、あの日、初めて会った時の懐かしい気配、そして気の甘さは、アイツのものと同じだった……」
小さく微笑む黒須を、二匹の狐はどこか心配気に見上げた。が、すぐにシロガネが問う。
『朱陽様は、先程、彼奴の気配は感じなかったと仰しゃいましたが、他に何か別の気配などは感じとりましたか? 例えば、低級の妖など』
「いや、低級妖くらいなら感じ取れるが……。だが、絶対とは言い切れん。まだ力が足りていないかも知れん……」
『ならば、彼奴の気配を感じ取れなかった可能性も……』
「……ああ。ないとは言い切れんな……」
黒須が伏せ目がちに言えば、狐達は『困りましたねぇ』と頷き合う。
『接吻だけでは、やはりダメでしたかぁ』
と、気の抜けた声でコガネが言えば。
『もしも、ダイスケ殿があのお方であれば、今度こそ! 早く契りを交わして、力を付けてください』
と、シロガネが真面目な表情で黒須を見上げる。その細い目を、カッと見開いて。
『おお! それはいい! そうすれば、我らの力も増えますぞ、朱陽様! シロガネ、今夜にでも、あのダイスケ殿を……』
「おい、こら、狐ども」
黒須のトーンを下げた声に、金銀の狐はキョトンとした顔で黒須を見上げる。
黒須はその悪気のない顔に、小さく息を吐いて狐達の頭を撫でた。
「……そういう事は、私が適宜を判断して行う」
『お膳立てして差し上げますのにぃ』
「いや、やめてくれ……」
『コガネ、仕方ない。朱陽様は恥ずかしがり屋だから……』
「そういう事じゃない……」
『奥手なんですよねぇ、朱陽様って』
「だから、違うと……」
黒須は好き勝手に話す狐達に頭痛がしだし、グッと奥歯を噛みしめると、片手を上げた。
「もういい。散れ」
『朱陽様、がんばっ!』
コガネがぴょんと跳ねて消えると。
『何かあれば、またお呼びください。我らも何か分かったことがあれば、ご報告に上がります』
「ああ、頼む」
最後は真面目にお辞儀をして、シロガネが消えた。
黒須は一つ息を深く吐き出すと、雲一つない良く晴れた空を見上げた。
『朱陽』
優しく心地よい声が、記憶の奥底から黒須を呼ぶ。
♢
「ダイスケ……」
そっと吐き出された吐息と共に名を呼べば、黒須の脳裏には愛おしい人の姿が色鮮やかに蘇る。目を閉じて、その姿を追い求めると、相手はにっこりと明るい笑顔を見せ、それと同時に黒須の口角がそっと持ち上がった。
『朱陽って、なんだか堅苦しい名だなぁ』
『そうか? 自分の名をどうこう思った事は無いからな。わからん』
若い男は、ふふっと笑って草むらに寝転び、白装束を着て胡座をかいている朱陽の膝の上に、こてんと頭を乗せた。
『今後、人間の姿で会うときは【陽介】と名乗れよ』
『ヨウスケ?』
『そ。俺の大介の介と同じ。朱陽の陽と介で陽介。その方が、朱陽と呼ぶより、呼びやすい。何より、人間っぽい名だろ?』
そう言って笑う大介と名乗る男の頭を柔らかく撫でれば、大介は猫のようにその頭を擦り寄せ、微笑んだ。
朱陽が『わかった』と頷くのを見て、更に花が開くように笑みを浮かべ、朱陽の頬に両手を当てて引き寄せる。
柔らかな唇が重なり、どちらからともなく深まってゆく。
『力は足りているか?』
口付けを交わしながら、そう訊ねる大介に朱陽は小さく笑う。
『まぁ……多くはないが。だが、まだ日も高いぞ? それにここは外だ。接吻だけでも足りる……』
『力の供給に昼夜は関係ないだろ? それに、こんな場所、誰も来やしない』
そう言いながら起き上がった大介は、再び唇を重ねつつ朱陽の下半身に柔らかく触れる。そのものをやわやわと弄れば、芯を持ちはじめた。
片手は朱陽のそれを弄ったまま『ここで本番が嫌なら、慰め合うのは?』と、大介は空いたもう片方の手で自分の着物の裾を捲り上げ、それを見た朱陽はフッと笑う。
『大介は助兵衛だな』と笑いながら言えば、大介も声を上げ笑う。
『陽介、良いこと教えてやるよ。俺の名前のダイスケの意味は【大の助兵衛】という意味だって』
『なら、私に付けた名も助兵衛となるのか?』
『だな? 【陽気な助兵衛】ってことになる』
自分で言って、クツクツと笑う。
『私は陽気ではないが……』と、納得いかない顔を見せると、大介は朱陽の額に、自分の額を押し当て、穏やかな瞳で紅い瞳を覗き込む。
『俺はお前と共にいると楽しい気分になる。だから、それで良いんだよ』
『相変わらず、お前はいい加減だな』
『もう、お喋りは終わり。こっちに集中しろ』
『……本当に、お前は【大の助兵衛】だな……』
『なんとでも』
♢
黒須は幸せな記憶を辿ってクスリと笑っていたが、授業の始まるチャイムの音に、意識を戻されため息を吐く。瞼をゆっくり持ち上げ、空を見上げる。
「ダイスケ……。今度こそ。必ず助ける」
その言葉をどこへ運ぶのか、黒須の横をサッと風が通り過ぎた。
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