【オウムのケン吉】掌編小説 

統失2級

1話完結

金里将太はとある年の6月初旬の夜に不思議な夢を見た。それは昔、飼っていて死に別れたオウムのケン吉が出て来る夢だった。3年振りの再会に感激する金里ではあったが、ケン吉の方には特にそんな素振りは見られず、ケン吉は金里の部屋のテレビ台に立ちながら、「これは夢だ、スペイン、スペイン。これは夢だ、スペイン、スペイン」と坦々とそして延々に繰り返すのだった。起床した金里は(奇妙な夢だったな)と思いつつ、夢ではありながらもケン吉と再会出来た事に喜びを感じ、朝食のパンを食べながら1人で笑みを浮かべるのだった。


ケン吉の夢から約1ヶ月後にサッカーのワールドカップ南アフリカ大会でスペインが優勝するという事があった。金里は(只の偶然だろうけど、もし、あれが予知夢であったなら今度は高騰する株の銘柄を教えて欲しいよ)等と呑気に考えていた。


翌年の2月、金里の夢に再びケン吉が出て来る事になった。ケン吉は前回の夢の時と同様に金里の部屋のテレビ台に立ちながら、こう言うのだった。「これは夢だ、地震怖い、地震怖い。これは夢だ、地震怖い、地震怖い」と。起床後の金里はこれも単なる夢だろうと、大して気にも止めていなかったのだが、その夢から約1ヶ月後に東日本大震災が発生した時には流石に、(あれは予知夢だった可能性が高い)と考える様になっていた。


その年の真夏に金里は三度、ケン吉の夢を見る事になる。その夢でのケン吉は過去2回の夢とは異なり、ちゃんと文章になった言葉を話していた。「これは夢ではあるけど、僕がこれから喋る事は全部事実だよ。君は寿命まで生きると100億年の地獄を体験する事になる。その運命から逃がれるには今直ぐ自殺する事だよ。そうすれば君の霊魂は消滅して、君は苦しむ事は無くなる」


金里は(あれは只の夢だ)と自分に言い聞かせながらも、(ケン吉はスペイン優勝の件と東日本大震災の件で2度も予言を的中させていた。あの夢は只の夢だと無視しても本当に構わないものなのか?)と不安にも見舞われていた。そして、日々の暮らしを送る内にその不安は次第に膨張し強烈な恐怖へと変貌して、金里に襲い掛かるのだった。


強烈な恐怖に捕われ、まともに寝られなくなった金里は睡眠不足で判断力も衰えてしまい、突発的に自宅マンションの3階から飛び下りてしまう。病院に運ばれる事となった金里ではあったが、体へのダメージは比較的軽く、3ヶ月後には自らの足で歩いて退院する運びとなった。入院中から処方され出した精神薬の効果で金里の精神は完全に安定し不安や恐怖も綺麗に消滅して、(あれは単なる夢だ、あんな夢に洗脳されて自殺未遂を起こした俺は本当に馬鹿だった。だけれども、下の通行人と衝突する事も無く、俺も死ぬ事も寝たきりになる事も無く、本当に幸運だった)と安堵するのだった。そして、金里は自殺未遂から2年後の36歳の秋に職場の女性と結婚して幸せな人生を歩んでいく事となった。


しかし、揺るぎない事実としては夢の中のケン吉はワールドカップでのスペイン優勝の約1ヶ月前に「スペイン、スペイン」と連呼していましたし、東日本大震災の約1ヶ月前には「地震怖い、地震怖い」と連呼していたのです。「寿命まで生きれば100億年の地獄を体験する事になるけど、今直ぐ自殺すれば霊魂は消滅して苦しむ事はない」というケン吉の発言を無視する事が金里に取って本当に良い事だったのかどうかは、実際のところ誰にも分からない話なのです。


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