檸檬

篠崎 時博

檸檬

 甘い?

 甘いかどうかと言われたら、甘くないかな?甘さが全く無いとは言えないけど……。

 どちらかといえば、酸っぱいって感じ?

 あー、でも酸っぱすぎないっていうか……。そうだな、少しキリッとした酸っぱさ?爽やかって感じが近いかな?


 クール?いやいや、そんなもんじゃないけど。

 キツい感じでもないし。

 でも、そう。さっき言ったように、そんなに甘くない。それでもって、ちょっと苦味もある。ほんのちょっとね。


 ……だからね、結構人気だったかなぁ。

 そうそう、わりと皆んなから好かれてる感じ。


 僕?僕も……、実は、その、うん、好きだった。

 こうして口に出すと、なんか、ちょっと恥ずかしい……。

 

 え?いやいや、全くだよ。

 人気者で、誰でも分け隔ててなかったけど、遠い存在だったし。

 向こうは高嶺の花みたいなの。僕は遠くから見てただけ。


 親しくすれば良かったって?

 ははは。無理無理。当時の僕は、もっと引っ込み思案だったし、奥手でさ、話すのだってものすごい緊張したんだから。

 ……まぁ、今もそんなに変わらないけど。


 だけど、なぜか眺めてるだけで、幸せになってしまうような。

 ふと目が合うだけで、鼓動が早くなるような。

 でも、そんな自分も嫌いじゃないような。

 思い出すと懐かしい。

 分かるかな?この感じ?


 その後、どうなったかって?

 あー……、どうだろうな。僕はそもそもそんな親しくないから、よく分からないな。SNSもやってないみたいだし。

 まぁでもきっと、今もたくさんの人に囲まれてるんだろうな。そうだといいな。


 え?会いたいか?

 うーん、会いたいような、会わなくてもいいような……。

 もちろん嫌いってことじゃないけどね。

 だけど、そうだね、今のままが僕にとってはいいのかも。

 ……ずるいか。ずるいね。


 もし、会えたら?

 それってもし、偶然会ったらってこと?

 それは考えたこと無かったな。

 ね……。うーん……。

 とりあえず「元気にしてましたか?」って言うかな。


 ありきたり?

 いやいや、だってもう、何年も会ってないんだよ?流石に向こうだって僕のこと覚えてるか分からないし。そもそも僕のこと認知されてたか、あやしいくらいだよ。

 でももし、覚えてくれたら……、それはすごく嬉しいんだけどね。

 


『え?自分の名前?……うん、結構気に入ってる』


 そう言って微笑んだ彼女の顔が今でも忘れられない。


 檸檬れもん


 川内かわうち 檸檬れもん


 それが彼女の名前。


 甘すぎず、クールすぎず、でも凛としていて目が離せない。


 僕の初恋の人。


 永遠の恋の人。

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