第3話


 午後の授業を完全にサボってしまった僕は、帰りの連絡事項がないかだけを確認するために、教室へと戻った。

 屋上で気分を落ち着かせたおかげか、帰りのHRの時間である午後三時過ぎには少し余裕が出来ていた。

 こんな風に、授業をサボってしまって大丈夫かなと思うが、いまの担任の先生は僕の状態に理解のある先生で、特に僕を強く叱責するようなことはない。

 もちろん、担任として僕の成績のことなどは気にかけてくれているし、僕の状態が良好なときは他の生徒と同じように叱ってくれる。

 今の担任は僕にとって相性のいい先生だ。


 下校前の連絡事項も終わり、後は帰るだけという状態になった。

 だというのに、僕は窓の外をぼーっと眺めている。

 みんながそれぞれ動き出すこの時間は、僕がもっとも苦手とするひと時だ。

 というのも、下校するためや放課後の活動のために、それぞれが談笑したり、ときには走ったりしながら下駄箱へと向かうのだ。

 そんなところに、精神的に脆い自分が、自ら向かうなどとてもじゃないが出来ない。

 そういう理由で、僕はある程度人がいなくなったタイミングを見計らって、帰宅している。




「ただいま~」


 今日も午後四時過ぎに帰宅する。

 何も予定がなければ、母がいるはずだ。

 ついでに姉も。

 

「おかえり」


 母がいつもの調子で応えてくれる。

 姉はというと。


「おかえり、大丈夫だった?」


 朝、母がしたように心配の言葉を投げかけてくれる。

 なんだかんだ言って、姉が僕のことを心配してくれるのが嬉しく感じる。

 同時に、いつまでも心配させて悪いなとも思う。

 

「大丈夫だったよ、姉さん」


 僕の一言で、姉は安堵したような表情になる。

 実際には午後の授業を丸々サボってしまったわけだけど、それぐらいなら姉と母も怒りはしない。

 今よりも状態が悪かったころは、とてもじゃないけど学校には行けなかったのだから、ただ学校に行って帰ってくるということだけでも、姉たちは安堵してくれるだろう。

 自分自身は午後の授業が全く受けられていない今の状況を情けなく思うが、焦らないように少しずつ出来ることを増やしていこうと思っている。


 家族とのちょっとした会話で心が温まったような気がする僕は自室へと戻る。

 でも、僕の部屋はどこか無機質で、僕の趣味が分かるようなものはない。

 部屋にはタンスやベッドなどの必要最低限の物しか置いていない。

 僕にもあるはずの個性が全く反映されておらず、空っぽに感じる。

 そんな部屋だ。


「……」


 無言でベッドの前で立ち尽くす。

 鞄を手放した今の僕の表情には何も映っていないだろう。

 そんな僕の顔には今日一日の苦しみを思い出していくかのように、だんだんと歪んでいく。

 

「疲れた」


 ぽつりと独り言を呟く。

 

「疲れたんだ……」


 またもぽつりと呟く。

 そして、ゆっくりと自分の目からぽたりと涙が零れ落ちた。

 一度涙が零れると、そこからは止まらない。

 つーっと涙が流れ続ける。

 服の袖で涙を拭いながら、ベッドへと倒れ込む。


 枕に顔を押し付け、止まれ止まれと心の中で言い聞かせながら、涙が収まるのをじっと待つ。

 自分の感情はぐちゃぐちゃになっていた。


 ただ登下校しただけなのに涙が出るのを情けないと感じる。

 授業の内容を理解できない頭の出来の悪さに嫌悪する。

 まともに睡眠すらとれない状況に苛立つ。

 家族にいつまでも心配されている状況に申し訳なさを覚える。

 

 今日という一日の出来事から生じる感情が、不規則にあふれ出す。

 そして、最後に行き着くのは。


「僕って、なんで生きてるんだろ?」


 生きている事への疑問が残る。 

 今日一日を思い出して、思うのだ。

 僕は周りの環境に甘えて、頑張れていないだけじゃないかと。

 そして、何の目標もなくただ生きているだけの自分に憤りを覚える。

 

 自分の感情が整理できないまま、僕の意識は薄くなっていく。

 眠りに就こうとしているのか、それともぼーっとするだけなのかは分からない。

 ただ、意識が薄れていく。

 



「晩御飯できたわよー」


 母の声で、僕の意識が戻ってくる。

 現在の時刻は七時半を少し過ぎたころ。

 時間にして約三時間だろうか。

 僕はただぼーっとしていただけなのか、眠っていたのか分からなくなる。

 言えることは、この三時間の記憶は曖昧で、深く眠っていたわけでもないということ。

 

「いまいくー」


 母に返事をして、僕はリビングへと向かった。

 晩御飯のこの時間からはいつもの習慣通りに行動する。

 家族で今日一日のことを話しながら、ゆっくりと晩御飯を食べる。

 晩御飯が終わったあとも、家族で少し話をしたら歯磨きをする。 

 家族の中で決まっている僕の順番になったら風呂に入り、ぼーっとテレビを見るなりして時間を潰す。

 テレビはその時々によって内容が違うから、ここだけは習慣と言えないかもしれない。

 今日はバラエティ番組だった。

 テレビを見ている間の家族の笑い声が、僕の心を少し癒してくれた。

 

 そうして、二十三時頃になると、明日への準備をして、ベッドへと潜りこむ。

 明日のことを考えると、不安になる。

 それでも、明日はやってくる。

 不安定な感情が落ち着くように、そして今日は素直に眠れますように、そう願いながら、僕は目を閉じる。

 結局は、朝の目覚ましの音を聞くころには意識がぼんやりとしていて、自分が寝たのかも分からないという状況にストレスを感じながら、学校へと向かう。


 これがほんのり鬱な僕の日常。

 これまでもこれからも繰り返される僕の日常。


____________________

あとがき

 

 ここまで読んで下さりありがとうございました。

 もしこの作品を読んで、何か感じ取ったものがありましたら、コメントや応援などで反応していただければ嬉しいです。

 また、この作品が良くなるようなアドバイスもあれば、参考にさせていただきたいです。


 ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。

 

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ほんのり鬱な僕の日常 ソラゴリ @sho20170319

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