第4話

 それからしばらくして校内戦の全日程が終了。

 顧問の先生から、インターハイ予選へ出場するペアの発表がなされる。


「5ペア目、ヤマダタカシ・サトウヒカルペア」


 俺とサトウ先輩は無事に選出されることができた。リキヤ先輩以外の相手にも善戦したため、思っていたよりも良い順位で校内予選を突破できた。

 対して、リキヤ先輩の名前が呼ばれることは無かった。


「以上、8ペアがインターハイ予選へ参加することになる。質問があるやつはいないか?」


 顧問の先生の言葉にリキヤ先輩が手を挙げた。


「先生、僕は異論があります」


「異論?」


「タカシは今まで実力を隠していました。それは、練習中に本気でやっていないということです。そんなやつが試合に出るだなんて、俺は許せません」


 リキヤ先輩は驚くほど堂々と、そんな異論を述べた。


「正々堂々、実力を出してプレーできるやつが試合に出るべきです」


「……」


 彼の言葉に先生を含む、一同が黙り込んだ。

 反論ができないというよりも呆れて何も言えないといった雰囲気である。


「タカシ、お前はどう思う?」


 顧問の先生は俺に話を振ってきた。

 この場の一同が言えないみたいなので、俺は彼らの期待に応えるべく口を開く。


「リキヤ先輩、今正々堂々とおっしゃいましたが……それを言うならこれはどう説明するんですか?」


 俺は用意していたスマホをポケットから取り出し、画面上の再生ボタンをタップした。すると、


『リキヤ先輩、すみません。俺、バカにしたつもりはなくって』


 あの日、右腕を壊された日の俺の声が流れ始めた。


『うるせえ! どうせ中学の時に全国大会に行ったからって図に乗っているんだろう?』


 続いて聞こえてきたのはリキヤ先輩の荒々しい声。

 その声を聞いたリキヤ先輩の表情がみるみるうちに青ざめていく。 


『いいか、高校ではテニスが上手いだけじゃ勝てないんだぜ? たとえばこういうことだってあるんだ――』


 その後、バキッ、ドゴッ、と何かを打ち付けるような音が聞こえてくる。

 先輩たちがバットで俺を殴りつけている時の音だ。


『ああっ、やめてください! A先輩、B先輩——……』


 俺があの時に名前を出した先輩たちの表情も、苦しげなものになっていく。

 ちなみにこれは、その場にいた人物を明らかにするべく、わざと名前を口にするという俺の企てだった。

 こうすることで状況証拠として参考にしやすいものとなる。


「お前、どうして……?」


「驚いてもらえてうれしいです。呼び出される前から先輩の黒い噂は耳にしていたので、何かあるかもと思ってボイスレコーダーの録音機能をオンにしていたんですよ。ところで――これも正々堂々のうちに入るってことで良いですか?」


 俺はリキヤ先輩に詰め寄った。


「みんなから聞きましたけど……ずいぶんとこういうこと慣れているみたいですね」


 リキヤ先輩への他の部員の反応から、俺は彼に何かしらの問題があると見当をつけた。

 聞いてみると、俺に対して暴行を振るう前から何度も同じようなことをしていたらしい。


「下級生をおどして退部させたりとか、自分より実力のある他校のペアを怪我させて試合に出れないようにしたりだとか……大した心がけですね、先輩?」


 俺は笑顔の裏に渾身の皮肉を込めてリキヤ先輩に言った。


「みんな、今タカシが言ったことは本当なのか?」


 俺の話を聞いた顧問の先生が、みんなに視線を送る。

 それに対して部員たちは控えめながらも頷きを返した。


「そうか。これは一度、しっかりとした事実確認をさせてもらう必要があるな」


 先生はそう言ってリキヤ先輩をにらみつけた。


「ち、違うんです、これは全部、タカシの作り話で――」


 リキヤ先輩が慌てふためいた様子で言い訳をしようとすると、


「リキヤ、いい加減にしろ!!」


 少し離れた場所から見ていたリキヤ先輩のお父さんが大声を上げた。


「何か妙な雰囲気だと思っていたが、まさかお前がそんなことをしていたとは……」


「と、父さん! 違うんだ、これは」


「皆さん、ウチの愚息が申し訳ありません」


 息子の話に耳を貸すことなく、リキヤ先輩のお父さんはその場で俺たちや同席している保護者に向かって土下座した。


「と、父さん! なんてことを」


「突っ立ってないでおまえも謝罪しろ! ちゃんと地面に頭を擦りつけるようにして」


「くっ……そお」


 父親からぎろりと厳しい目を向けられたリキヤ先輩は、大粒の涙をこぼしながら俺たちに土下座した。


 校内予選が終わり、俺たち大会出場組は懸命に練習に励んだ。

 俺たちは互いに好影響を与えながらインターハイ予選までの日々を過ごし、非常にいいコンディションで過ごすことが出来た。

 ただ、右腕は本調子には戻らず、俺はインターハイ予選でも左腕でラケットを振ることになった。


 部活としては団体戦で優勝し、全国大会出場の切符を得ることができた。

 個人戦では優勝、準優勝、そして俺とサトウ先輩のペアが5位と、ベスト8にウチから3ペアが入賞する結果となった。

 目標としていた個人戦優勝には届かなかったが、全国大会出場圏内の6位までに入賞したため、個人ダブルスで全国大会への切符を手にすることができた。


 リキヤ先輩はというと、学校側による調査の結果、これまでのあらゆる悪事が明らかにされたとともに、退学することが決定した。

 会うことのなくなった今となってはうわさでしか彼の様子を知ることはできないが、何でも厳しい父親の監視のもと、性根を鍛え直されている途中らしい。


 どうか彼が改心して、今後は汚くないやり方で何事かを成していくような大人に成長することを陰ながら祈っている。



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実は両利きだった俺が、卑怯な先輩を粛清する話。 こばなし @anima369

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