第3話

 数週間後、いよいよ校内予選の日を迎える。

 右腕はサーブの時にボールを上げられるくらいには回復したが、ラケットを握れるまでには至らず、左腕でのプレーを余儀なくされた。

 校内予選はリーグ戦で争われ、俺・サトウ先輩ペアVSリキヤ先輩ペアの試合が始まる。

 実力的にも実質、この試合で8ペア目が決まると思われていただろう。

 俺にハンディがある分リキヤ先輩ペアに分があると誰もが思っていたに違いない。

 しかしいざ試合が始まってみれば――


「どうしてだ、なぜこうもポイントが取れない?」


 リキヤ先輩ペアは俺たちからほとんどポイントを奪うことなく、試合が進んでいく。


「おい、ゴトウ。早くポイント決めてくれないと困るんだよ!」


「いやいや。お前がタカシを崩せないから、俺も決めに行けないんだろうが!」


 上手くいかないストレスからだろうか。彼らは試合中にケンカまでしだした。


「見てよあの子たち」


「親も見に来ているのにねえ」


 3年生にとっては最後の試合への出場権を決める校内戦ということもあり、我が子の試合を見ようと顔を出している保護者もちらほらいた。


「まったく、リキヤの奴は何をやっているんだ?」


 その中にはリキヤ先輩のお父さん、ヒトシさんの姿もある。


「あー、もう。親父が見に来てるってのに――」


「レッツプレイ」


 なかなか次のプレーに移行しないリキヤ先輩ペアに、審判を務める部員から試合を進めるよう促すコールが飛ぶ。


「ちっ」


 リキヤ先輩は審判を一瞥し、しぶしぶポジションに戻った。


 しかしその後も俺たちの優勢は変わらなかった。

 俺は練習通りにボールを打つだけ。

 ひたすら走り、追いつき、打球する。

 ただし練習の時と違うことがある。それは――


「はっ!? なんだよ今のボール!?」


 相手の前衛の横を抜くスピードボールを打ち始めたこと。


「タカシ、調子が出てきたな」


「ええ。まあ、もともと打てるんですけどね」


 俺はサトウ先輩に笑いかける。その会話が聞こえたのか、リキヤ先輩は血相を変え声を荒げた。


「お前、なんでそんなボールが打てるんだ!!」


「え? 打てないと思ったんですか? どうして??」


「だって、お前の利き腕は右腕で、左腕では力のないボールしか打てないはずだろ!?」


 驚いた表情のままで言い放った先輩の表情に、俺は愉悦を覚える。


「先輩って、本当に何も知らないんですね」


「……なに?」


「そんなんだから何年もテニスをしているのに、大して強くもならないんでしょうね。他校どころか、同じ学校のチームメイトのことすらよく知ろうともしない」


「そ、そんなの知るわけねえだろ!」


「俺が中学時代に対戦相手から恐れられていた理由は……どこにボールが飛んできても、利き腕で打てるからですよ」


「そんなやついるわけ……」


「たしかに先輩の言うとおり、非利き腕側に跳んできたボールを回り込んで打つのは限界があります。でも、俺には回り込む必要なんてないんですよ」


「はっ……まさか」


「やっとわかってもらえたようですね。俺、実は両利きなんです」


 俺はにんまりと笑いながら、先輩に左の手のひらを見せつけた。

 あの日……右腕を使えなくされた日、俺が立てた計画はこうだ。


『練習の時には慣れない左腕で打っているかのように見せかけ、本番では実力を見せつける』


 そうすることでリキヤ先輩を完膚なきまでに叩きのめしてやろう、と。

 そういう算段を立てたのだ。


「おまえ、実力を隠していただなんて……卑怯だぞ!!」


「ぷっ、どの口が……」


 先輩の言葉に思わず笑いが漏れてしまいそうだった。


「先輩。このままだとつまらないと思うので、もっと面白いことをしましょう」


「なにい?」


「俺、今からスピードボールは打たないので」


「はああ!? 舐めやがって!!」


 俺の発言に怒り狂った先輩は、ずかずかとポジションに戻っていく。


「両ペアとも、そろそろいいですか? はやくプレーを再開してくださいね」


 しびれを切らした審判があきれた様子で俺たちに言った。

 試合は再開され、なおもラリー中心の展開が続く。

 俺は言葉通り、弾道の高いボールしか打たない。

 それでも主導権を譲ることは無かった。


「リキヤ! 先にミスってんじゃねえよ!」


「ああ!? ゴトウが早く決めねえからだろうが!」


 先輩たちのペアは焦りや苛立ちからミスが目立ち始め、互いをフォローし合うこともなくどんどん自滅していった。

 そして最後は――


「アウト! ゲームセット」


 リキヤ先輩のボールがネットに引っ掛かり、俺たちの勝利で幕を閉じた。


「ああああああああ!! 嘘だ、嘘だ……!!」


 当初予想になかった敗北に、リキヤ先輩は狂ったように泣き喚いた。


「タカシに勝てなかったら、俺は他のペアには勝てない……つまり、最後の試合には出れない……」


 最後の試合に出場できないとなれば、その反応にも同情はする。

 しかし、それは努力や工夫を怠らずに継続してきた人物に限るというもの。


「残念でしたね、リキヤ先輩」


「……んだよお前」


 リキヤ先輩は涙目で俺をにらみつけてきた。


「両利きだってなぜ言わなかったんだ! 練習の時は全力じゃなかったって言うのかよ!? 騙すような真似をしやがって……卑怯者!!」


「自分のことは棚に上げて、とことん自分勝手な人ですねえ先輩。仮に俺が両利きだって最初から言ってたら、どうなってたんですか?」


「そ、それはだな……」


 リキヤ先輩が口ごもるのも当然だ。両利きだと知っていたら右腕だけではなく左腕も使い物にならないようにしていた、とはこの場では言えないだろう。


「俺はリキヤ先輩がどういう人間か、事前にリサーチしていましたよ? いろんな卑怯な手段で大会への出場権を獲得したりとか、大して練習に打ち込むわけでもないのに強くなった気でいるだとか」


 そういった事前調査があったからこそ、いろんな対策をしていたのだ。


「テニスって人が出るんですよ。それなりの人間ならそれなりのテニスしかできません」


「くそが、説教垂れんなよ!!」


 先輩は悔しそうにしながら、本性を露わにして怒鳴りつけてきた。

 そんな試合後のごたごたを見つめていた顧問の先生が、


「そろそろいいか。次の試合を入れるぞ」


 そう注意されて俺たちはコートから出た。


「畜生、なんなんだよ……」


 リキヤ先輩は頭を抱えながら次の試合のためにコート上に残った。



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