第8話 太陽の音を忘れない

 「流星の音」については、流星が空気に突入したときに発生する電波がどこかの家のラジオを鳴らしたとか、自然界にそういう電波を音に変えるメカニズムがあるのではないかとか、ただの偶然でまったく別の音がたまたま同時に鳴っただけとか、いくつかの説が紹介され、けっきょく、わからない、ということで終わっていたが。


 アナウンサーが

「じゃ、トラベルブロガーとしていろんなところを旅しておられて、いろんな話を聞いてらっしゃるんじゃないかと思いますが、川原かわはらちぇりぃさん、いかがですか?」

と聞く。

 川原ちぇりぃというのが、そのきゃんきゃんと頭に響くしゃべりかたをする若い女のゲストの名まえらしいのだが。

 「いやあ、わかりませんねぇ」

と、常識的な答えをした。

 続けて、早口で言う。

 「でも、聞こえた、っていう体験談をむげに否定してはいけないと思うんですよ。わたし、じつは、高校生の一時期、日が、太陽がですね、沈むときの音、っていうのが聞こえたことがあって。ちょうど日没の時間に音がするのが聞こえたんですよ。でも、太陽が沈むときに音がするなんて、あり得ないじゃないですか? 太陽は大気圏のはるか遠くなんですから。だからあり得ないんですけど、たしかに聞こえたし、その音って、いまも頭にこびりついてて、離れないんです」

 あーっ。

 ちぇりぃとかいうから、だれかと思ったら!

 バスタオルの片方を頭の上に載せ、もう片方を垂らして、動きを止めているわたしのことも知らないで。

 テレビなんかに出て!

 「親とかに言ってもぜんぜん信じてくれなくて、何か偶然じゃないの、とか、聞きまちがいじゃないの、っていう反応だったんですね。でも、高校の友だちの一人が、それを信じてくれて。いっしょにその音を聞こう、とかやってくれて。それで、そのうち、わたし、その日没の音っていうのが一日じゅう聞こえるようになって。そうなると、さすがに怖くなるじゃないですかぁ。でも、その友だちが、それは、ちぇりぃが将来行くところの日暮れの音だよ、だって、地球上で日が暮れる時間はまちまちでしょ? それがいま聞こえてるんだよ、って言ってくれて」

 ……だいたい、言ってることは、合ってるな。

 「そのあと、音がずっと聞こえるからどんどん不眠とかになっていって、おかしいっていうんで、学校休んでなんとか療法とかの治療っていうのを受けさせられたんですけど、まあ、それが回復して、それ以来、音も聞いてないんですけど。でも、じゃあ、あの友だちが言ったように、世界のいろんな行かなきゃな、って思って。それで、いま、いろんなところに行ってブログに上げる、ってやってるんですけど。あ、はい、つまり! 言いたいことはですね! どんなに科学的にあり得なくても、否定してはいけない、ってことです。やっぱり、そういう体験に、科学のほうが寄り添っていく、っていうことが必要なんじゃないかな、って、思いました!」

 「はい。一時はどんな話に行くのか、と、半分わくわく半分はらはらしながら聞いていましたが、巧くまとめてくださいました」

とアナウンサーが言っている。

 そのちぇりぃ、その実体は川之上かわりかみ知恵理ちえりがしゃべりすぎたせいで、時間が押してしまったらしい。


 「ことっ!」

 あの音は一度しか聞いていないけれど、わたしははっきりと思い出せる。

 自分のまわり、自分のなか、空間の全体が鳴り響いたような音。

 わたしは忘れない。忘れられない。

 まして、知恵理は忘れられないだろう。

 それでも、いまは、多少は早口で飛ばし気味ではあるけど、普通に明るい笑顔を見せてしゃべれるタレントに成長したんだ。

 それに、世界のあちこちに行って、地元のひとともそつなく会話しているのだろう。

 よかった、とわたしは思う。

 でも。

 わたしは、いまの「川原ちぇりぃ」に接する人たちが知らない川之上知恵理を知っている。

 だれともコミュニケーションをなかなか成立させられない知恵理が、太陽の音におびえている姿をわたしは知っている。

 そのことがわたしにはとても誇らしい。

 だから、いまだに科学では解明できないらしいあの太陽の音に、わたしは感謝する。

 感謝しつつ、わたしは自分の髪の毛を拭く動作に戻った。

 今日。

 太陽が沈むのは、もう少し経ってからのはずだ。


 (終)

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