第6話 わたしの家のほの暗い食卓

 高校三年の秋、というより初冬のことだった。

 わたしは、家の一階、ほかにだれもいない家の食卓で、入試の過去問を解いていた。


 自分の部屋は二階にあるのだが、この季節には西日が直射してまぶしい。西から北のほうは隣の家があって西日が遮られるのだが、日が沈む方角が南のほうにずれるこの季節はまっすぐに日が当たるのだ。

 カーテンがなくて、かわりに障子が入っているのだけど、障子で西日の光が散乱されて、よけいに部屋中がまぶしくなる。

 それで、薄暗くなるのが早いのは承知で、食卓で勉強していた。


 二階の階段から入ってくる、間接的に反射した夕日の光と、窓の外の庭から入ってくる光と。

 庭はもうほとんど陰になってしまっていて、日の光は弱々しくしか入ってこない。

 わたしは、そんな食卓の上で、スタンドの明かりを頼りに問題を解いている。

 スタンドの白いLEDの明かりが照らす範囲のほかは、もう暗がりになっている。

 「あれ、こういうの、いつか、どこかで」

と思った瞬間だった。

 ことっ!

 まちがいない。

 その音は聞こえた。

 「頭のなかで鳴る」というよりは、体の中も外も、ぜんぶでいっせいに鳴った。

 何かが落ちたのなら、その方向でだけ聞こえるはずなのに。

 はっとして、わたしはスマホで調べてみた。

 時計を見る。

 気がついて調べるまで時間があったので、時間差はあったかも知れない。

 でも。

 その「ことっ」という音がした時間が、日没の時間だった。

 わたしのなかに恐ろしさが湧き上がってくる。

 恐怖から逃げ出すように、わたしは問題集とノートとスマホをてきとうにまとめると、階段を駆け上がって自分の部屋に逃げ込んだ。

 夕焼けの色が障子に映って、その障子の明かりが部屋をぼうっと赤く染めていた。

 それは、知らない場所、というより、知らない世界のようだった。

 わたしは、机の前に座ると、あの日、知恵理ちえりがやろうとしたように、耳を押さえて背を丸めて、机の上にひじをついていた。

 目を力いっぱいつぶって、その日暮れの音から逃げようとしていた。

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