邂逅
【十二日目】
マリアとその妹とすっかり打ち解けたノートに、
そのままマリア一家にお別れを告げて、足に纏わりつくノートをズルズルと引きずりながら歩く。
「ほら、いいかげん歩け?」
「おんぶ?」
「……」
「おんぶ?」
「……もう、ノートはしかたねぇな? んっ!」
俺はしゃがんで背中を差し出した。ノートは嬉々として飛び乗ってくる。
この先に教会があって、テネブルと天帝がいるなら聖典を取り戻すまでだ。しかし、居ないとなるとそこで詰みとなる。
だが……。
「間違いなく居るな……」
マグダラ大聖堂の方から、ただならぬ妖気が漂って来る。寒気がするほどだ。帝国ではこんな妖気は感じなかったが、間違いなく彼らのものだと言う事は解る。
大聖堂に近付くにつれて空気が重くなり、肺に入る空気もひんやりとした冷気を帯びている。
「カイチンやアマルは呼ばなくても良い?」
「……そうだな。あいつらが暴れると街ごと崩壊しかねんからな?」
「わかった! でも、ピンチになったら呼ぶからね!?」
「あぁ……」
視線。
素知らぬ振りをして大聖堂への足を進める。脇目も振らず真っ直ぐに、一路街の大通りをひた歩く。
「ルカくん?」くいっ。
その視線、そして声の主を見ると、そこにはアマンダさんが立っていた。冒険者ギルドの前で立ちん坊……誰か待っているのだろうか?
「アマンダさん……こんなところで、どうしたんですか?」
「うん……」くぃ……。
何か言いたいけど言えない、そんな顔をしている。
「ルカくぅん……」くいっ。
そう言ってアマンダさんはボロボロと泣き始めた。
「ちょちょちょ! アマンダさん!? いったいどうしたんですか!?」
「マチルダちゃんがねぇ? 帰って来ないのよぉ〜!!」くいっ。
「え?どう言うことですか?」
「先日ね? ギルドに入った教会からの依頼で、マチルダちゃん、マグダラ大聖堂へ行ったんだけど、帰って来ないのよぉ〜」くくぃっ!
「どんな依頼だったんですか?」
「何でも教会の神事の手伝いに、ヴァン神族の血族の人を探しているとかで、マチルダちゃんが呼ばれたのよぉ〜」くいっ。
「え? マチルダさんてヴァン神族なんですか!? 確かに目は青っぽかったですが……?」
「私も羽がないから知らなかったのよ。でも、あのエキセントリックな雰囲気はヴァン神族の特有のものなのかしら?」くいっ。
「え?ヴァン神族ってエキセントリックなの!? まあ、考えてみれば、ノートも羽がないし、エキセントリックと言えばそうだ……なるほど?」
「ナンカ……ヒドクナイ?!コンニャロガッ!」
「まあ、冗談だけどね?」
「ブッコロスゾ!!コノヤロー!!」
「ギルド長が単身で乗り込んじゃって、やっぱり帰って来ないんですよねぇ……」くぃっ。
「へぇ……」
「ギルド長が帰って来ないと言う事は、よっぽどの事があったんだと思うんですが、今この街にギルド長のS級冒険者を超える冒険者はいないんですよ……つまり、依頼出来るような人がいないと言うことで……しかし、ドラゴンを討伐されたルカさんならと……大聖堂の様子だけでも見て来れないでしょうか?」く……い?
「なるほど。どのみち大聖堂へ行きますので、見て来るくらいはしましょう。二人を見つけられるかどうかは分かりませんが……」
「それで構いません! お願いします!!」くいっくいっ!
「わかりました」
本当、眼鏡合ってないよなぁ。
「では、ルカさんへコレをお渡しします。剣士なら必携のマジックアイテム、マジックガードの指輪です。これは、私の私物なのですが差し上げますのでお使いください。魔法攻撃を軽減してくれるアイテムです」くいん!
「へえ?そんなアイテムがあるんだ?」
「ルカさんが剣以外何もお持ちじゃないのが不思議なくらいですよ!? どうしてそんなに軽装なんですか!?」ぐいっ!
俺はそんなに軽装……なのか? しかしこれ以上なんの装備が要ると言うのか……。
「動きにくいのは嫌だからな? それだけだ」
「……どんだけ攻撃を受けない自信があるんですか……あなたって人は、本当に図り知れませんね!? 戻って来たら私と結婚してください!!」ぐぐいっ!
「嫌です!!」
「ナニヲイイダスンダコノアマハ!?ルカハヤンネーカラナコノヤロー!?」がく……。
アマンダさんが地べたにガックシへたり込んで、オロオロと泣いているが、俺のせいじゃない。
「それじゃあ俺、行きますね! 指輪ありがとうございます!」
「ドウセワタシナンカ……ブツブツ……」くぃ……。
「フ。ルカハワタシノモノ。ドロボウネコミタイナコトスルカラダベ、コノヤロー!」べぇ〜。
俺は構わず大聖堂へと歩を進めた。そうだ。俺には残された時間は
空が、手を伸ばせば届きそうなくらいに低い。今にも雨が零れ落ちそうな重たい雲は、マグダラの街をその影で包み込む。
ビカッと稲光が光り、ゴロゴロと空気を震わせる。どこか乾いたような街並みだったが、雨に濡れて様変わりしてゆく。
にわかに降り出した雨は、その勢いを増し、道に小さな川をいくつも作り出す。俺は少し歩みを速めながら、大聖堂から垂れ流される妖気に集中した。
大聖堂の門前に着いたが、誰もいない。皆、雨が降ったから中に入ったのだろうか、まあ、教会なので門戸は広いのだろう。
俺は大聖堂のエントランスへと足を進める。
大聖堂の奥で何かしらの音が聴こえてくる。
──ドンッドンッドン……
──ドッゴオオオオオオン……
──ドサリ……
「カッハッ!」
壁をぶち破って小さな鎧男が俺の眼の前に転がった。血反吐を吐いているが、意識はありそうだ。鎧男はフラつきながらも、のそり、立ち上がろうとする。
見れば全身血まみれで、ぼとり、皮一枚で繋がっていた、小盾を装備した左腕が落ちた。
しかし、鎧男の闘気は衰える様子はなく、ぎりり、歯を食いしばり肩を怒らせ猛っているようだ。
「ノート!」
「ん!」
俺の背中でノートはブツブツと呟いて。
「アイフヘモヲスシ!」
ノートの指先から光の粒が飛んでゆき、男の腕が千切れた箇所に纏わりつき、ニュッと新しい腕が生えた。……なんか、凄いんだけど、キモい。
「ノートお前、何か最近凄くないか?」
「ルカ、ようやく気がついたんべ!? もっと褒めてもいいんだよ? キスしたって良いんだからねっ!?」う〜。
「ん」ちゅう。
ノートが何故かめちゃくちゃはにかんでいて、もじもじくねくねしている、可愛い。
「おい……」
鎧男が声をかけてきた。
「あれ、ギルド長の……」
「ロベルトだど……」
「ロベルトさん。大丈夫ですか?」
「おかげさまでな? だども、ここに用がねんなら逃げだ方が良いんだど」
「ロベルトさんは?」
「俺は……ここでアイヅと死ぬ」
そう言ってロベルトさんの視線を追うと、ロベルトが突き破った壁の向こう側から、一人の女性が現れた。
「あら坊やまた会えたわね〜い♡」
女性の方からただならぬ……どぎつい香水の匂いが漂って来る。この匂いの主には一人、記憶にある。
「マチルダさん!?」
──ズガン!!
とっさに避けたが、俺が居た場所に、隕石でも落ちたかの様な深い穴と、その周囲にクレーターが出来ている。
「その名前で呼ばないでちょ〜だい? そこの小男の女の名前だと思うと気分が悪いわ!?」
「マチルダちゃんの身体を返せ!!」
「五月蠅いわねぇ〜い。この身体はもうアタシのモノよぉ〜? 諦めておねんねしなさぁ〜い?」
剣気・覇眼!覇皇!
この妖気の主は……。
「テネブル!!」
マチルダさんの皮を被ったテネブルは、こちらをジロリと見て、広角をグリンと吊り上げた。
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