魔力

「おやぁ、バレていたのねぇん。この身体のもつ意識にひっぱられて、喋り口調がおかしなことになっているのだけれどぉ……まあ、それを代償にしても余りある恩恵! 素晴らしいわねぃ!」

「マチルダちゃん! 目を覚ますんだど!! 俺が迎えに来たんだどん!!」


 ギルド長は身体を起こし、マチルダもとい、テネブルの方へと歩み出た。それを見たテネブルは蛇蝎のごとく忌み嫌った形相で睨みつけた。


「やかましいわねぃ、このちっちゃいオッサンはぁ!! 第七階梯魔法・棘荊!」


──ドゴゴッ!


 ギルド長の足元から、彼を目掛けて無数の棘が突出する。サッと軽やかなステップでジャンプして躱す。


──チュン!


 「うっ!?」


 テネブルの杖から一本の糸が伸びて、ギルド長を貫通した。スッとテネブルが杖を払うとギルド長の半身が真っ二つに切れた。


「アイフヘモヲスシ!」


 直ぐにノートによる回復。ノートのサポート能力が凄まじい。どうしてあの状態の身体がくっつくんだ?

 それにしても危険だな。ほぼ詠唱なしに撃ち込んでくる魔法。しかも全然疲れる様子もない。これがヴァン神族の魔力なのか? だとするならば、合点がゆく。テネブルがマチルダさんの身体を欲しがるワケだ。


「小娘! 小賢しいわねい!」

「コムスメジャナイ!! ノートダコノヤロー!!」

「あなたから消そうかしらん?」


──ザッ。


 ノートは。


「俺が守る!!」


──ザム!


 「すまぬ……」


 俺の前にギルド長が躍り出た。


「回復までしてもらって格好つかねぇがも知れねぇだが、俺に行がせて欲しいだど……」

「いやしかし!?」

「マチルダちゃんに他の男が触れて欲しくねぇんだど!!」

「……わかりました」


 ギルド長の気圧が凄い。


「マチルダちゃん……」


 テネブルは訝し気な顔をして、言葉の続きを待っている。


 さっきまで殺気のひとつも無かったギルド長からピシッ、と空気が張り詰める様な闘気が生まれた。


「悪りぃが、俺と死んでくれ!」


 テネブルが顔に一層深い溝を作り出し、不快な顔を貼り付けた。


「わかったわん……やっぱりあんたから先に死んでもらうわねいっ!!」


 第十階梯魔法・糸矢。それがテネブルの使っている魔法だ。杖の先から糸のように細い光線が矢のように身体を射抜き、それを動かす事で切断すると言う妙技。

 先程のように、捕捉されれば致命傷になりかねない。


 しかし、ギルド長のロベルトさんは難なく躱した。先ほどまでは本当に手を抜いていたのだろう。動きがまるで別人だ。


「チッ、忌々しいわねぃ……」


 テネブルが杖を身体の前に立てて持ち、杖の先を地面に突きつけた。


「第十二階梯魔法・氷華!」


──ビキキキキキ!


 テネブルの杖の尖端からロベルトさんの足元まで、瞬時に氷の花道が伸びて、一気に部屋ごと呑み込みそうな巨大な氷華が開花した。


 氷華に呑まれたロベルトさんは、華の中で氷漬けになっている。


「他愛もないわねぇい……」


 まだだ。


 彼の闘気は少しも衰えてはいない。寧ろますます膨れ上がり……。


──パリン! 氷華が割れた!


 シュウ、と彼に付着した氷が気化して、白い蒸気となって立ち昇る。


 しかしロベルトさんはまだ動かない。

 それを見たテネブルが一瞬目を丸くして、細めたかと思うと吐き捨てるかの様に言い放つ。


「はん、しぶといわねぇい!!」


 テネブルが何かしらの詠唱を始めて、黒い魔力が彼の身体を包み込む。魔力は黒さを増し続け、光沢さえ見え始めた。

 黒い霧が晴れたかと思えば、テラテラと黒光りした、露出度高めのボンデージスーツを身に纏ったテネブルが現れた。


 気持ち悪い。


「フォーホッホッホ! 思考、いえ?嗜好が何かに引っ張られているわねい!! まあ良いわ! この身体をグイグイ締め付ける感覚! たまらないわぁっ!!」

「そのスーツはマチルダちゃんのお気に入りだど。 つまり、お前はまだマチルダちゃんを呑み込めていない。そう言うことだど!!」

「つまらないわねい! ご託は良いからかかってきなさい!? 来ないと言うならこちらから責めるわよっ!!」


──ビシイイイイイイィ!!


 彼の手にあった杖は、いつの間にか長い鞭となり、ロベルトさんを打った。


 しかしロベルトさんは動じない。寧ろ興奮気味だとさえ思える。何故か顔も少し赤らんでいるように見えるが……?


──ビシィッ! バシィッ!


 強烈な鞭の殴打が彼の身体を打ち付ける。


 しかし、彼は全く動かず、鼻息が荒くなって来ている。


「ま……」


 それは、ロベルトさんの口から零れた言葉だ。


 テネブルは構わず鞭を振るい続け、次第に興に乗って来たのか、顔を紅潮させて白い歯を見せて、いや、何ならテカテカした真っ赤な歯グキまでみせて笑っている。


 気持ち悪い。


「ま゙!」


 ロベルトさんの目がバッキバキに血走っていて怖い!


「ま゙ぢる゙だぢゅ゙あ゙〜ん゙!!」


 跳んだ。見事なダイブだ。


 ダイブしたは良いが、口を突き出して顔からテネブルへと突っ込んでゆくロベルトさん。

 直ぐ様テネブルは指先を正面にかざし。


「第十階梯魔法・糸矢千本!!」


 テネブルは魔力量にものをいわせて、指の先から放射状に糸矢を無数に放つ。かなりの糸矢がロベルトさんに刺さった。


 かに見えた。


──ぶちゅうううう!!れろれろ!


 ロベルトさんの身体はそこには無く、既にテネブルの口を貪っていた。


 気持ち悪い。


「ん゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


 テネブルがロベルトさんを引き剥がして捨てる。


「なんなのよう!!もうっ!!」


──ザム! その場にきっちり着地。


「ま゙ぢる゙だぢゅ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙!」

「ひっ!?」


 ロベルトさんが消え、テネブルが周囲を警戒する。しかし、そのどの視界にもロベルトさんは居なかった。何故なら。


「む゙ほほおおおおお!!」


 ロベルトさんはテネブルさんのお尻に顔をうずめていたからだ。


「ぎぃ゙や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


 テネブルの顔から血の気が引いてきた。青っちろくなって、言葉にならない言葉をブツブツ口から吐き出している。


「キサマァ! キサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマアアアア!!」


──ムギュッ!


「グア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」


 テネブルが前傾姿勢になりながら、目を見開き、口を大きく開けて叫んでいる。顔色は白黒しながらも口元は何故か少し広角が上がっている。


 気持ち悪い。


 ロベルトさんがテネブルの股の間から前に手を伸ばして、黒光りしたボンデージスーツの盛り上がった部分をガッシリと掴み、言葉には出来ない動きをしている。


 気持ち悪い。


「ねえ、ルカぁ」

「ん?」

「私……」


 ノートの身体が熱い。こいつ……。


「これが終わるまで我慢出来るか?」

「ん!背中が痒いけど、我慢する!」


 ロベルトさんがボンデージスーツの隙間から手を入れようとしたが。


──バリリ!!


 テネブルから紫電が発せられて、咄嗟にロベルトさんはテネブルから跳び退いた。


 テネブルの息が荒い。表情は疲れているのか、はにかんでいるのか、何とも言えない表情をしている。


「……」


 しばらくして、テネブルの顔から表情が消えて、影が差す。


「マチルダちゃん……だめか……」悲壮な声色だ。


 ロベルトさんはマチルダさんの事を諦めていなかった様だ。何かしらの刺激を与える事で、彼女?の記憶を呼び戻そうとしたのだろう。しかし、彼女?には届かなかった様だ。


「……茶番はこれまでだ」


 テネブルの口調がマチルダさんのそれではなくなった。マチルダさんの魂は、完全に引き剥がされてしまったのだろうか。


「……そうか」


 ロベルトさんも表情を消して、構えをとった。はああぁ、深く息を吐く。そしてピタリ、動きを止めた。


「第十三階梯魔法・魔装!」


 テネブルが着ているボンデージスーツがシュルシュルと黒い煙を上げて、ギザギザとした禍々しい形に変形してゆく。


「この私を愚弄した事を、この上なく後悔させてやろう」


 テネブルの持っている鞭が昇華されて、ドス黒い闇が彼を包み込む。


「第十五階梯魔法・闇王!」


 次はテネブル自体が黒色化してゆき、全身の漆黒を纏ったように闇が深い。


 しかし、それを見たロベルトさんは、先程までの顔とは打って変わって獰猛な笑みを浮かべていた。

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