後学

 は一宿一飯のお返しに、が晩御飯を作ることになった。ルカは普通の材料が使えると言って、意気揚々と調理を始めた。私も手伝うと進言したのだが、断られた。断られたのだから、何もすることは無い。

 かと言って何もしないわけにはいかない、と仕立ての仕事を手伝わせてもららえるように、マリアにも進言したが、断られた。断られたのだから、何もすることは無い。


 と言う事で、私のするべき事を全て終えたわけだ。


 私は今、案内されたソファで寛いで、お茶菓子をいただいている。皆、あんなに齷齪あくせく働いて、そんなに生き急ぐ事もなかろうに。


「ずず……」


 それにしても、あの教会を出てからこちら、色んな事があり過ぎた。もしかすると、教会の中と外では、時間の流れが違うのではなかろうか。仮にそうだとしても、あそこに留まるつもりもないが、時折息が詰まりそうになる。

 きっと生きると言う事はそう言うことなのだと、思うようにもなった。自分も、その周りも、全てが動き、関わり合っている。

 つまり、私の時間は教会ではとても流れが遅かったのだ。外に出て、ようやく私の時間は動き出した。そう、ルカと出逢ってからの加速と来たら、目まぐるしいくらいだ。

 まだたった十日しか一緒に居ないのに、もう何年も一緒過ごして来た、そんな気持ちだ。

 つまり時間とは、長さではなく、その内容、即ち濃度、或いは密度なのだ。私とルカは、それほどの濃度と密度で過ごして来た、そう言う事だろう。


 ふっ。


 男なんて存外チョロかった。マリアは以前、なかなか良い男なんて見つからないとか言っていたのだ。私は教会を出るなりルカと出逢って、三日で深い関係を築いた。

 もしかして、私って男を魅了する子悪魔なのではなかろうか。聖女としてはあるまじき特性だ。とは言え、ルカ以外の男には興味は無い。まるでない。居なくなったって構わない。きっと困るのは、アリアくらいのものだろう。

 これはあれだ。私がマリアに男と言う生き物について教えてあげなければいけないだろう。それが今までお世話になった、せめてもの恩返しと言うものだ。


「ノート!」

「……ふぁっ!?」

「……お前、今しようもない事考えてただろう?」

「そ、そ、そんなことあるわけないっしょ! ルカ、失礼だべ!?」

「そうか? なら良いが、出来た料理から運んでくれないか?」

「わかった!!」


 危ない危ない。一緒に居て、距離が近くなると言う事は、こう言う事もあるのだ。心が見透かされる。なんと、口に出さなくても、相手の気持ちがわかる、そう言う事なのだ。

 私とルカはいつも繋がっているから、こんな事はしょっちゅうだ。これもモテる女のさがと言うものだろう。気を付けねば、私のスケベ心まで見透かされてしまう。


「ノート?」

「ドキ!」

「……お前、また変な事を考えてたな?」

「考えてないよ〜?ひゅ〜ひゅ〜♪」

「……もうイイから、工房へ行ってマリアさんたちを呼んで来てくれないか?」

「ワカッタ〜♪」


 アブナイアブナイ! 本当に以心伝心て困るよね〜♡


──ガチャ!


「マリア〜! ルカがご飯出来たから呼んで来いって言ってるよ〜!?」

「はーい! みんな! ご飯にしよう!?」


 マリアの家は四人。マリアとその両親、そして少し年の離れた妹さんだ。家族全員で仕立ての工房を切盛りしている。


 ダイニングもあるが、四人がけのテーブルなので、今日は六人居るからリビングで食べることになった。


 食材はあるもの全部使ってもいいと、マリアのお母さんが言ってくれたので、今夜はご馳走だ。 まあ正直言うと、テーブルに並べられた料理が何て名前なのか、私には解らないわけだが。


「わあぁ!! すっごい!!」

「本当ねぇ〜!? 私、自身無くすわぁ」

「どこぞの貴族の料理みてぇだな? ……まあ貴族様のお料理なんざあ知らねえがな!? ガハハハハ!」

「お父さん、恥ずいから!」

「なんだテレジア。お前も一人前に恥ずかしがるような歳になったんだなぁ? ガハハハハ」

「お父さん!? もう……お客さん来てるからってはしゃがないの! マリアが怒るよ!?」

「お母さん!? そんな人を鬼みたいにわないでもらえるっ!?」


──ワハハハハハハハハ!


 こんな……。


 こんな賑やかな空気初めてだ!? これが家族とか言うやつだんべか!?


「今日は俺たちを泊めてくれるマリアさんのご家族に、せめて俺が出来る精一杯のお返しをと、料理を作らせてもらいましたが、お口に合わなければすみません!」

「残ったらノートが全部ぶべっ!」ごちん!

「腕に縒りをかけて作ったので、どうぞ心ばかりの料理をお召し上がりください!」


──いただきまーす♪


「うはっ!? 何だこれは!? 唐揚げじゃねえのか!? とんでもなくうめーな!?」

「ああ、今日の料理を説明しますね? 今お父さんが召し上がっておられるのはフライドチキンと言って、香辛料の入ったフラワーを使って二度揚げしたものです」

「こちらのポテトサラダ?も美味しいわぁ~!?」

「そちらは蒸し鶏のポテトサラダの卵かけグレービーソース添え。そのままでも美味しく召し上がれますが、添えてあるソースをかけていただくと、また違った味が楽しめます」

「お……美味しい……です」

「そちらは色々きのこのポタージュスープ。ふんだんにきのこのを使っているので、香りがとても良いと思います。中に卵で作ったフランと言う滑らかなムース状のモノが入っているので、それを掬うように食べてください」

「うっまっ!? ノート、あんた毎日こんな美味しいもん食べてんの!?」

「んなわけなかんべさ? いつもゴミんべばっ!」ごちん!

「そちらはそこのグレービーソースを作った肉汁の元、ローストビーフです。そう、そのタレとよこにあるホースラディッシュを乗せて食べてください。ポテサラを巻いてグレービーソースで食べても美味しいですよ?」

「さっきから私の扱いひどくないっ!? モキュモキュ……」

「ああ、ノートが食べてるパンはガーリックトーストだ。ガーリックの風味を効かせたバターをたっぷり塗ってある。食べ過ぎたら臭くなるから気をつけろ?」

「え!? 臭くなるの!? けどこれ止まらないよ!? どーしてくれんのさ!?」

「ポタージュと一緒に食べれば美味しいし、臭みも和らぐさ」

「そう言う事は早く言ってくんない!?」


──ワハハハハハハハハ!


「それにしてもホント、どれも美味しいわぁ? 後でレシビ教えてくれないかしら?」

「ええ、良いですよ」

「明日から毎日ご馳走だな!? ガハハハハ」

「さすがに毎日はいい……」

「そうね、さすがに家族経営とは言え商品に匂いが付きそう?」


 ルカは凄い。さすがは私の見込んだ男と言うだけのことはある。こんなに簡単に人の心を捉え、笑顔にさせてくれる。私の目にくるいはなかった。

 ルカと一緒に居れば、必ず幸せになれる。少なくとも食いっぱぐれる事はないだろう。


「お二人とも、後でうちのお風呂に入ってゆきなさい? 新しい服も用意するから」

「良いよマリア、なんか悪い」

「何言ってんのノート!? あんたら薄汚れてるから言ってんのよ?」

「さっき浄化したから大丈夫だんべ?」

「あんた、相変わらずバッカだねぇ? 着てる服がボロボロじゃない。うちは仕立て屋だからさ、大量に服はあるんだよ。ご馳走のお礼に好きなの持って行けって言ってんの。あ、好きなのっつっても遠慮はしなさいよ!?」

「んん。マリア好き♡」

「ふふ。知ってるよノート♡」

「……お姉ちゃんキモい」

「テレジア? 自分に友達居ないからって妬いてるの?」

「別に妬いてなんか……」

「テレジアちゃん可愛い♡ チューしてあげようか?」

「ひゃうあ!? ななな、何を言って……アウアウ……ち、ちちゅう?」

「ノート、テレジアは免疫がないから手加減してあげて?」

「ノート、相変わらずパーソナルスペースおかしいよな?」

「ルカもたっぷりしてあげるからね?はぶっ!」ごちん!

「何するんさぁ!?」

「バカノート!!」


──ワハハハハハハハハ!


 そんなこんなで楽しい夜は過ぎてゆく。


 しかし。


「お楽しみはこれからっしょ!」

「……ノート? こ、こんな事して大丈夫?」

「わ、私、やっぱり……遠慮しときます!」

「大丈夫だよ。ルカは例えバレたとしても、こんな事で怒ったりしないからねっ! それとも見たくない?」

「いや、見たいよ? でも、そうなの?」

「いえ、私は……見たくない……わけじゃないですけど、ルカさんに申し訳がないと言いますか……何と言いますか……」

「へえ? テレジアもやっぱり見たいんだねぇ?」

「あっ! いえっ! その……ん、うん……だってその……ルカさんて綺麗だから……」

「ん! 怒られる時は私が引き受ける!! ドンと任せなさいっっ!!」


 やっぱりね、先に大人の階段を登ってしまったからには、その貫禄を見せてやらないとっ!


 さて、ここからは慎重に……。


 マリアの家の作りは単純だ。お風呂は換気の良い裏庭に面した所に設計されていて、《覗く》にはうってつけだ。


 お風呂場はカビが生えやすい為に、窓枠は大きく、換気する為に開放されている。これは覗いてくれと言っているようなものだ。


 そして今、お風呂に入っているのはルカだ。正直なとこ、他の女性にルカの身体を見せるのは嫌ではあるが、マリアにはとても返せないほどの恩がある。

 そしてこれは、彼女たちの後学の為にも必要な事だろう。

 そして……。


 何より私が見たい!


 私たちは息を潜めて、生け垣に囲まれた浴室の窓まで辿り着いた。三人で覗くにしても十分な大きさだ。窓の隙間は大きく開放されていて、中からお湯の流れる音と共に、大量の湯気が立ち昇っている。


──ゴクリ。誰のモノともつかぬ喉の音が鳴る。


 その音にヒヤッとして、それぞれ口に手を当て顔を見合わせる。


 湯煙の向こうに、人影が薄っすら見える。マリアもテレジアもひとつも瞬きをしていない。


 ざあ、と湯船からお湯を汲んで身体を流し、身体を洗い始める。


 もう少し。


 あと少し。


 三人の鼓動は次第に早く、大きく高鳴ってゆく。


 そしてついにその時が来た。


 ルカが立ち上がり、湯船に入ろうとして、こちらを振り向く。三人は更に目を見開き、口を大きく開けて手で覆い隠した。


 なんて……ファビュラス!


 “嗚呼、神よ。今だけはこの世に生を受けた事を感謝しよう”


 それにしても、お、もっ「いっ!?」


──ガタタン! ずででーん!


「──っ!? お前らっ!?」

「ルカぁ、来ちゃった〜えへへ〜♡」

「おじゃましま〜す♡」

「あのっ! そのっ! こ、これは……」

「ノート! 来ちゃったって、お前の仕業だるうわあっ!?」すってんごっちん!

「ルカあ!?」

「えっ、ルカさん!?」

「あわあわあわ……」


 ルカが足を滑らせて、後ろに転んで頭を……ごっちんした!?


──っっっ!?


「こ、こりは……♡」

「はああっ♡」

「え!? ええ──っ!? っ♡ っ♡ っ♡」


 そこから私ががルカを回復させるまでは、保健の授業を行ったのは言うまでもない。


 ちなみにルカが目覚めたのはベッドの上で、ルカが皆に経緯を聴くと、ルカがお風呂から出てくるのが遅いから、マリアのお父さんが見に行ったら倒れていたと言う。そう、皆で口裏を合わせた。

 私はマリアたちの事を思ってしたのだから、何も後ろめたいことはない。これは神の名のもとに善行だと言う事は、明白なのだ。


 このあと、密かに女子会が行われる予定だが、ルカの知るところではないだろう。そうだ、保健の授業はまだまだつづくのだ。



 それが私とルカの十一日目だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る