怪物
私はルカの身体を癒やす。
「アイフヘモヲスシ!」
みるみるルカの皮膚の爛れが癒えてゆく。相変わらず透き通るような綺麗な肌だ。憎たらしい。まあ、その後はルカの背中にくっつき虫なんだけどね。ルカを癒やしている筈なのに、私が癒えてゆくのはなぜだろう!?
はっ!!
きっとこれが愛なんだね!?
「ねぇ、ルカぁ」
「どした、ノート?」
「これが愛と言うやつだんべさ!?」
「な、何言ってんだお前っ?」
「ふふん。ルカにはまだ早いかな? お子様だかんね?」
「そんなことよりお前、オシッコ大丈夫なのか?」
「ルカ! そう言うところだっぺ!? デリカシーってもんが無いっしょや?!」
「けどお前、ずっとアマルに乗ってただろ?」
「わ、わ、忘れてたのにぃっ!!」なして!?
「ほら、行きてぇんじゃねえか……」
「むぅ〜」解せん!
「アマル、ミズガル湖の湖畔で降りれるか? マグダラの奴らに覚知されたくないんだ」
『造作もない』
アマルは静かに街から少し離れたミズガル湖の湖畔に降り立った。
ミズガル湖からはマグダラの街とマグダラ大聖堂を一望する事が出来る。
「ほら、着いたぞ? お前のトイレだ。俺は父ちゃんの墓の掃除をしてるから、ゆっくりしてこいよ」
ルカの言ってるトイレとは、この広大な大自然の事を言っているのだろう。この開放感しかない閑静な湖畔の森には、壁と言うプライバシーを守る人の文明は見当たらない。せいぜい茂みがあるくらいだろう。
時折カサカサと何かの生き物の気配がする。なんだろう?
「ルカはしないの?」
「何だ? 淋しいのか?」
「いや……だって……」
「それじゃあ、連れションだな」
「うん♡」
「バカノート!」ゴチン!
「なして!?」
「んなもん一人で行って来い!」
「むぅ〜」解せん!
ルカはミズガル湖の水を汲んでアルマンドさんのお墓の掃除を始めた。以前の湖より少し臭い気がするのは、きっと豚汁のせいだろう。
そんな事を考えながら、私は少し離れた茂みに隠れて用を足す。
「ふぅ〜」チビるかと思ったよ。……あれはノーカン。そうだよ、浄化したからノーカンだ。
ミズガル湖の対岸には忌々しいあの大聖堂がある。匂いの根源は豚小屋かも知れない。アマルに頼んで吹き飛ばしてもらおうかな?
『かまわんぞ?』
「ほんと!?」
『ああ』
「おいっ!?」
「ルカ、アマルがブッ壊してくれるらしいよ!?」
「お前、それで聖典はどうすんだ!?」
「それは……何とかなんべ?」
「バカノート」ゴチン!
「ぃてっ、頭ぶたんでよっ!? 頭悪くなったらどうすんだべ!?」
「ん? 良かったのか?」
ムカッ! てい、とルカを足蹴にする。
「あででっ! 何すんだ!?」
「私はルカに戦って欲しくは無いんべさ!」
「……」
何さ、文句ある!?
「……バカだなぁノートは。ちゅっ♡」おでこキター!!
──キュン♡♡♡
「もう!!」地団駄を踏む。だって、嬉し悔しい。
「あははははは。ノート、心配すんな。俺は死なねぇから安心しろ? 例えその相手がアズラエルだったとしてもな!?」
そうだ、ルカは強い。しかしアズラエルは人の死を司る神とも呼べる存在だ。ルカと言えど、勝てる筈もあろう訳が無いのだ。だけど、ルカならもしかして、とも思えてしまう。どのみちイチカバチカと言うことには変わりないのだ。
絶対的な死に抗えるのは、聖典だけ? そもそも聖典になんて書いてあるのか。穢れた聖典と堕ちた聖剣。その対となる聖剣は聖典の穢を祓うと云う。と言う事は? 即ちその逆も然りと考えるべきだろう。
つまり……どう言う事だ!?
「ノート!!」
「ん? きゃん♡」
ルカが私に抱きついてくる♡
──ザムッ!
いや。片手でひょい、と抱えられて急に走り出した!?
──ズガガガガガガガァァ……
元いた場所が巨大な何かに抉られた!? ……さ、魚!?
「あのタライロン、変な餌を食ったせいで、おかしくなっちまったみたいだな!?」
とてつもなく身体が肥大化した魚、マグタラ・タライロンは以前の鎧と思しき魚鱗が見る影もなく抜け落ちて、全身ヌルリとした粘液に覆われている。辛うじてタライロンだと判るのは、顔だけがそのままだったからだ。そのままと言っても目は浮き上がり、舌をダラリと垂らして涎も垂れ流し状態だ。
そして何よりも以前と違うのは、全身から漂う異臭だろう。とにかく臭い。
「くっさ〜い!!」
「ああ、豚汁だろう。湖の色も悪い。何か変な汁が出ていると言っても……」
──ジュウウウウウウウ……
「いっ!? 溶けてる!?」
見ると、魚から分泌されているであろう粘液に触れたものが、みるみる溶けて蒸発してゆく。豚汁、怖い!!
タライロンはその大きな巨体をくねらせて、ズルズルと滑るように近付いてくる。魚がと追った跡は、モクモクと煙を上げながら蒸発している。
「剣気・覇皇!」
おお、ルカが臨戦態勢だ。こんなのと戦う必要ないのに、と思ったが、後ろにアルマンドさんのお墓があった。これはいけない。
「剣気・竜牙!」聖剣から放たれる飛ぶ斬撃。
当たった箇所が少し発光したが、ルカの攻撃は魚の粘液を散らすくらいにしか効いていないようだ。
ズルズルと身体を這いずらせて、近付いてくるカイブツ。近付くにつれて、悪臭が鼻を突く。
「くちゃい!」鼻を抓んだ。
「ぬぅ、何食ったらこんなに……あぁそうか、豚を食ったからか……餌にするんじゃなかったな」ふぅ、とルカの吐息。
「剣気・羅刹!」ルカの髪が逆立つ。身体も熱い。
「ノート、しっかりと掴まっておけ」
「ん!」私はぎゅっ、とルカに身体を密着させた。
「今度こそ斬り刻んでやる!!」
──グルアアアアアア!!
襲いかかってくるカイブツにズドン、と横っ面に剣撃を放ち、進行方向を逸らす。
ルカはカイブツの背後に回り込み。
「剣気・嵐!」
ルカが旋風、いや竜巻を起こすと、カイブツを覆うベットリとした粘液がみるみる吹き飛んでゆく。
「剣気、乱舞!」
竜巻で粘液が吹き飛んで露わになった、だらしなく伸び切ったブヨブヨの身体が、千々に斬り刻まれてゆく。骨も肉も臓物も関係なく飛散して、カイブツの体長は削られて短くなってゆく。
飛び散った断片がそこら中に散らばって、周囲の草木をジュウ、と溶かして蒸気をあげる。
しかし身体半分になっても身体を翻して、こちらに向かって来ようとする。
ルカはひゅっ、と呼吸すると剣を突き出して構えた。
──ヒュコオオオオオ……
カイブツは身体半分が無い為に、息が抜けて唸り声もあげる事は叶わない。その半身で一体なにが出来るのか。例え私たちを食べたとて、入るべき胃袋は……無いのだが?
カイブツはそれでも大きな口を開けて、こちらへ向かって来る。
「剣気・一閃!」ルカは聖剣を横に薙いだ!
カイブツの上顎と下顎の
そのまま胸ビレの付け根の筋肉も切断され、完全に動きを封じられたカイブツは、目だけをこちらに向けて、威嚇し続けている。
「ようやく決着をつける事ができたな、ミズガル湖のヌシ……。変わり果てた姿には同情するが、変なモノを拾い食いするからそんな事になるんだ」
「欲深くも腐った豚なんか食べるからそんなに太ったんだよ……それからあんた、臭いよ? ほんと、臭い! ゲー吐きそう!」うぇ~、とえずく。
──ズン……
ルカがカイブツにとどめを刺す。眼から光が消えても、こちらを睨み続けるカイブツには、私たちによほどの恨みがあるのだろう。
ぺたん、私達はそこへ座り込んだ。
無駄に時間と体力を使ってしまった。アスガルドからこちら一睡もしていないルカが心配だ。いくら身体を癒やしているとは言え、心労までは癒えていないと思う。
「ルカぁ」
「ん? ああ、汚れたけど、もう湖では洗えなくなってしまったな……」
「そうじゃなくって……」
「何だ? 疲れたのか?」
そうだ。ルカに休んだらどうだ?って聴いたところで、大丈夫だと言うに決まってる。ルカは体力オバケだから、疲れると言う概念が欠落しているに違いない。しかし、見えない疲れと言うものは怖い。何としても休ませなければ!!
「うん……私、疲れちゃった……」
これならルカだって休む口実が出来るじゃないか。私って天才!? そして、なんてルカ想いの良い娘なの?
「じゃあ、お前、アマルとここに居ろ? 俺、ちゃちゃっと行ってヤッつけてくるから!」
「あんたバカっしょ!? 私が珍しく気を遣ってルカを休ませようとしてるんだべ!?」
「……へ? ぶべっ!」チョップ!
「万全の体制で行くからね!?」
「それは良いけど、どこで休むんだよ? 時間だって無いんだぞ!?」
「一箇所だけ、宛がある!!」
「自信満々だなあ?」
「ふふん。もっとホメても良いからね!? コノヤロー」
ルカは怪訝な顔で私を見るけど、私をだってルカばっかりに頼って生きてるわけじゃない!!
……。
……。
「それで? ここに来たわけ?」
「ハイ、ソウデス。ナンカスミマセン、ダケドホカニイクトコナインデス。トメテクダサイ、コノヤロー!」
「ちょっと、ここだと目立つから中に入んな! って、そっちは男!? ちょっとあんた、こんな美形どこで見つけたのさ!?」
「うへへへへ……いでっ!」デコピン!?
「あたしだってまだ男のいないんだかんね!? 人の家に男連れ込むヤツがどこにいんの!?」
「あの、なんか俺、悪いんで──」
「──いや! 良いから居てください! 目の保養に!! 仕立て屋なんて、女ばかりの職場で男っ気ないのよおおおお!」
「フッ!!ココロノコエガモレテルゼ、マリアサンヨォ!?あでっ!」デコピン!
「てなわけで、あがってあがって!!」
「じ、じゃあ、失礼して……」
「マリア、お腹すいたー!」
「あんたっ、好き嫌い多いくせに遠慮がないわね!?」
マリアは本当に良い人だ。早く良い人が見つかれば良いけど。ルカは絶対にアゲナイ!!
絶対にだ!!
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