高揚
【十日目】
夜半過ぎ。
帝都から人の気配が薄れる頃、帝国城塞は城中の人が右往左往していた。
騎士団中心に衛兵たちは中庭に集まり、その他の者は避難を始めている。しかし、瓦礫の下敷きになった者や、ギルバートの剣戟の余波にまきこまれた者も少なくはないだろう。
ギルバートはデカい。先日のエルダーオーガほどではないにしろ、二メートルはくだらない。そしてその強靭な体躯から繰り出される剣戟は、あのエルダーオーガに匹敵するか、それ以上だと言えよう。
そもそも格が違うのだ。剣気の量、質、そして扱い方。どれをとっても父ちゃんのソレか、もはやソレすら越えようとしているくらいだ。
だが。
「負けるわけにはいかない!」
既に一時間近く奴の攻撃を受け続け、
──ガギギギギ!!ジャギン!
とんでもないパワーアタックだ。軽く触れるだけで腕なんかすっ飛んでしまいそうになる。しかしさすが聖剣。こんな出鱈目な斬撃でも刃こぼれ一つない。
しかし城門塔から続く防壁が総崩れとなっている。少し攻撃範囲がおかしくないか?
「小賢しい奴め、さすがアルマンドの息子と言うべきか。この俺が、一太刀も浴びせる事が出来ぬとは。あの時の雪辱が沸々と蘇りやがる」
「そんなものは知らん」
「ふふ。知らずとも良い。今日、お前を倒して、俺はアルマンドを超え、世界の頂点へと登り立つのだ!」
「言ってろ……お前に父ちゃんの何が解る……」
「……言うではないか。では聴こう、お前にアルマンドの何が解ると言うのだ!?」
「心だ」
「……心、だと?」
「ああ、お前の剣には心が無い。俺がお前の剣に、何一つ魅力を感じないのは、心が無いからだ!」
「さすがはアルマンドの息子、奴と同じ事をぬかしよる……では見せてもらおうか!? その『心』とやらを!!」
はああぁぁ……奴の深い呼吸が聴こえる。何か大技が来るのだろうか。俺もふぅ、と軽く息を吐き、剣を構えた。
目を閉じ、耳の集中を切らし、心を解放する。
余計な情報は要らない。
必要な情報は奴の剣気の情報だけだ。
……。
……。
視える。
奴の剣気が大暴れしているらしい。
……。
……俺の心は凪いでいる。
奴の攻撃は一つも当たらない。当たるはずがあろうはずもない。
奴の剣気は濃密で強大だが、それを避けるだけだ。特に問題はない。奴が体力お化けだったとしても、いずれは限界も来るだろう。
しかし。
俺は奴の限界を待っている暇はない。
「これだ!」
──ズドン!
「アルマンドが帰ってきた!」
──ドガン!
「うはははは!」
──ズドドドドド……
「良いぞ! 良いいいぞおおお!!」
──ボゴオオ!!
攻撃は当たらない。その隙をついて俺も攻撃を挿し込んでいるが、それも当たらない。
「そんなことでは!」
──ガガガッ!
「俺は倒せんぞ!」
──ブウウゥゥン……ジジッ……
……解ってる。
そんなことは解ってる。
……!
ピタリ、と攻撃が止む。
っ!? 奴の剣気が収束してゆく。
そして……。
消えた……。
「さあ、これからが本番だ」
バチッ……俺は目を開ける。城塞の瓦礫がぐるりを囲んでいる。
「言っただろう? 俺はアルマンドを超える。今のは貴様がアルマンドに至っているか確かめただけだ!」
ふっ、奴が息を吐く。
「見ろ。……いや、視えるかな?」
──バチッ!!
何だ!? 何かが、俺を掠めた。
「ほう、避けるか。さすがだな? しかし!」
──バチチッ!
くっ……。避けてはいるが、身体を何かが掠めてゆく。電気が触れた様に皮膚の表面が焼ける。
「ふっ。困惑しているようだな?」
──バチッ!
これはヤバい!
「どうだ? 顔が苦悶に……」
にたり、と俺の頬が吊り上がり、つい顔がニヤけてしまう……だって。
楽しくって仕方がない!!
「ふふふふ……。わはははははははは!! 良い!! 良いぞ貴様!! 俺も興が乗って来たあああ!!」
──バリバリバリバリ!
何かを身体を掠め、その余波が俺の身体を焼いてゆく。
ジリジリと。
しかし、それが楽しくって仕方がない。
こんなにも。
こんなにも剣で追い詰められたのは!
父ちゃん以来だ!!
気が付けば、俺は剣の構えを解いていた。
「俺も父ちゃんを超える!」
「ふっ、ほざけ!」
──バリバリバリバリ!
今度は避けた。皮膚表面がチリチリする。これは剣気ではなく、魔力による身体強化だ。そして奴のバスタードソードにもその魔力を帯びていて、攻撃の際に作用する。つまりあのバスタードソードは、いわゆる魔剣と化しているようだ。
舐めていたわけではないが、推し量れないものだな。
「ギルバート!」
「あん?」
「お前はそんなだから父ちゃんに勝てなかったんだ!」
「そんな事は、この俺に勝ってから言うセリフだろう、がっ!!」
剣気・風柳!
──ババババババリリッ!!
当たらない。
──バリバリビビビビッ!!
もう、奴の攻撃は俺には通じない。奴の攻撃は俺を掠める事もなくすり抜けてゆく。
「貴様! 見切ったと言うのか!?」
「あ゙? 言っただろう? お前、だから父ちゃんに勝てねえんだって!」
「どう言う事だ?」
「それこそ、お前に教える義理はねえ!」
奴は剣気から魔力に変えた。つまり、奴のアストラル体が動く。俺には、ソレを見る
あとはそれを受け流すだけだ。
そして……。ふぅ。
「貴様、何を……?」
高みへ……。
「この剣気……まさか!?」
何度も試みたが、届かなかった。
「けん……き……」
その高みが。
「いや、そんなものあるはずがない!!」
今、眼の前に!!
「剣気・剣鬼!!」
剣気を丹田で幾度も練り上げて。
「剣鬼などお伽噺だ!!」
練り上げ続けると、身体と融合して。
「ぬぉ!?」
身体を赤く染め上げる。
「ふふ……」
赤く染まった身体は。
「ふははははははは!! 見事!!」
剣鬼と化す!
「来い!!」
俺は一歩づつ。
「ふ、震えてやがる、この俺が!!」ひゅっ。
ギルバートへと近づく。
──ザッ……。
「どうした!? 来い!!」
──ドサッ!奴の片腕が落ちる。
「──っ!?」
ギルバートは慌ててバックステップを踏み、俺と距離をとる。
「視えなかった……」ぽたり、汗が落ちる。
俺はまた一歩、また一歩とギルバートへ近づく。
しかし、ギルバートはジリジリと後退る。
もう片方の腕が落ちたら仕舞だからな。
一歩。
前に詰めては、後退るを繰り返す。
サクサクと、周辺の建物が、俺の剣気に当てられて、斬りつけられてゆく。
「剣気・羅刹!」
剣気・羅刹は剣鬼の劣化版だ。剣鬼とはもはや格が違うのだ。
奴は剣気を棄て、魔力に変えた地点で詰んでいた。
今更ながら、奴の剣気が暴れ狂う。
「ぬ゙おおおおおおおおお!!」
──ギャリ゙リ゙リ゙リ゙リ゙リ゙リ゙リ゙!!
振り回されるバスタードソードから、無数の斬撃が放たれ、真空波すら発生しているが、そのどれもが俺の間合いからは程遠い。
ガラガラと城門が崩れ落ち、物見台も、連絡橋も削られ、抉られ、斬り刻まれて、瓦礫の山が積み上がる。
その瓦礫が粉微塵に砕かれ、霧散して、土煙に変わり、風圧に圧されて、旋風を巻き上げようとも、一切合切が俺の間合いでは意味をなさない。
俺は構えも取らず、奴の暴れ狂う剣気を、全て煙のように霧散させる。
建物だけが破壊の対象となっている。
「くそう! くそうっ!」
──ガン!ギン!ガキ!ズガ!
奴の剣気は、周辺の建物を破壊し尽くし、もはや城塞も見る影も無い。衝撃波が瓦礫を粉微塵に粉砕して土煙をあげる。
「遠い……なんて遠い!?」
そうだ、遠いのだ。
俺とギルバートの間には、剣気による距離の違いが生じている。
俺は奴の後退を許さず、一気に奴の懐まで踏み込んだ!
「いっ!?」と奴は声を漏らすが、俺は剣を奴の喉元に突き立てたまま。
「ギルバート」
奴は一瞬ビクリとして、構えをそのままに応えた。
「何だ?」
短剣で奴の喉を軽く突く。
「お前は何のために戦う?」
「……」答えない。
「帝国、天帝の為か!?」
「……」答えない。
「言い方を変えようか。騎士団とは何のために存在するんだ!?」
奴はふっと息を吐き、構えを解いた。
「俺は先代天帝、即ちスタンフォード様に拾われた。そして、スタンフォード様が亡くなられる時に申された、国民を頼む、と。俺はそれに従い、国民の為にこの剣を振るって来た。それだけだ、天帝なぞ知ったことではないわ!」
「そうか……」
ふぅ、とひとつ息を吐き、俺は剣鬼を解いた。そして、聖剣を下ろして、一歩下がる。
「なっ!? 貴様、この戦いに泥を塗る気か!?」
「聴け、ギルバート。俺の敵は天帝とその側近の部下、テネブルだ。帝国国民にまで手を出すつもりはない」
「……」
「ゆえに、お前と戦う理由が
「……甘い、な。アルマンドはそんなだったから自分の妻を人質にされたのだ」
確かにそうだ。今、ノートを人質に取られたら、俺は成すすべがない。
「しかし……俺には貴様を倒せないだろう。そして、貴様の連れを人質にとる輩も、今ここには居ない……良かろう」
奴は剣気を収束させ、残った右腕でガラン、と剣を捨て、ゆびを指した。
「天帝とテネブルはマグダラに居る。そして、テネブルは大聖堂にて今頃転生を終えている頃だろう」
「……ありがとう、ギルバート」
「……勘違いするな、ルカ。興が冷めたので、今日の勝負はお預けだ。お前は今日、アルマンドを超えた。俺の目指す頂はお前だ、ルカ」
「……やるのか?」
「……それは今日ではない。俺は今日、スタンフォード様の命に背き、己の欲望の為に戦った。騎士団長失格だ。
俺は帝国騎士団を辞め、旅に出る。そして己を磨き、今一度ルカ、貴様に勝負を挑む! そう、己の為にだ!」
「……わかった。その時はその勝負、受けてやる。しかし、俺はその時、もっと強くなっているからな!?」
「ふふっ……わはははははははは!! ルカよ、俺はお前が気に入った。しかし忘れるな? 俺の名前はギルバート! 貴様を倒すのはこの俺だと言うことを!!」
俺はひとつ笑い、「わかった」とだけ言うと、奴もニッと笑った。
ギルバートは俺の顔をジッと見ると、そのまま俺に背を向けて、土煙の向こうへと姿を消した。
ギルバートが姿を消した方角の空が白んでいる。どうやら夜が開けるみたいだな。
俺はアマルとノートを呼んで、ノートが俺に飛び込んでくるのを受け止めた。
「ルカああああ!!」
「ノーんっ!?……んん」
すぐコレだ。可愛い奴。
「ぷはっ! れろんれろん!」
「お前は犬かっ!!」
「はっはっはっはっ……」
ベロを出して犬の真似をしているらしい。
「マグダラへ行くぞ?」
「わん!」
「……バカノート♡」
俺とノートは再びアマルの背に乗り、帝国の空へと飛び立った。
空から見ると、帝国城塞は完全に崩壊して、廃城と化している。人も殆ど残っておらず、ちらほらと騎士団員が見えるくらいだ。
目指すはマグダラ大聖堂。
あと二日と少しだ!
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