急襲

 夕陽がユグドラシルの世界を赤く染め上げ、空を闇が侵食してゆき、マーニソール太陽を追いやる。


 次第に陽は落ちて、マーニの優しい光と、人が住む街の灯が夜の闇の世界を彩る。


 そんなマーニの光を遮る大きな影が、帝国の大地を駆ける。


 ルカとノートを乗せたアルマだ。


「もう真っ暗だねぇ?」

「そうだな。帝都もマグダラもダメだとなると……ノート、野宿でも良いか?」


 ノートは少し考える。ん?……考えて、いるのか? いないのか?


「ルカぁ」

「ん?」

「もうさぁ、このまま行くとかどう?」

「おまっ……いや、ノート、それ良いな?」

「でしょお? まさかこんな時間に来るとは思っとらんべさ?」

「だなあ?」


 最近、ノートの勘と言うか、思考が冴えまくってねえか? 本当にノートだろうな? まさか……?


いらいいたいあにうんのあなにすんのさ?」

「いやな? お前が本物かどうか確かめようと思って?」


 俺は引っ張ってるノートの頬の手を緩めた。


いあいた!? あいうんあおおおなにすんだのーと!?」

「ん? 本物かどうか、味見しようと思って?」


 っ!? ……ま、いっか。この先、こんな事してる場合じゃねえかもだし……。


 俺はノートに覆い被され、唇を奪われ……舐められている。

 

『こほん……』


 ……舐められている。


『あー、こほん!』


 ……ノートの手が俺の股間にちかづく。


『ゲフンゲフン!』

「うるさいっしょや!?」

『ここで捨てる降ろすぞ?』

「せっかく良いとこだったんべ?」


 グラッと大きく揺れる。


「はうあ!」ガン!!


 揺れた反動でノートがバランスを崩して、頭をアマルの身体にぶつけた。


『ほら、危ないから言ったのだ』

「ひ、ひきょう者!! あべっ!」俺がチョップする。

「ルカ、寝返ったな!?」

「バカ言え。今のはお前が悪いぞ?」

「きっそー!」プンスコ怒っているが、何が不本意なんだ?


 実はノートの身体に触れていると、ノートを媒体にしてアマルの声が聴こえる、と言うか解るみたいだ。何だこの自動翻訳機能付き人間は?


「それで? どうしたアマル?」

『え?……ああルカか。街を破壊するのか? ならば手伝うが?』

「? どうして街を破壊する必要があるんだ?」

『いやしかし……そうだな、お前たちの目的は?』


 俺は指を指し示す。


 遠くにギラギラと下品に光る街が見える。帝都だ。その中でもひときわ大きく、禍々しく黒光りした帝都城塞だ。


 おそらくは、あそこに。


『なるほど。始めから本丸を叩くのだな? 街からの増援が来ると取り囲まれるが大丈夫なのか?』

「アマル……お前、本当に戦争慣れしてんな?」

『伊達に長くは生きておらんな?』

「まあ、本丸に乗り込むつもりだが、既に王室周辺は崩れている。天帝たちは地下に逃げたと聴いたが、けっきょく見つからなかった。なので、今回はあの城塞をぶっ潰しに来た!」

『うはははは! 単騎で破城を試みるとかお前ら、狂ってやがるな!?』

「ふふん、ビビったか?!」

『面白い!! 我も付き合おう!!』

「助かるぜ!!」


 アマルの身体から剣気にも似た……気が充満する。


『竜気・覇竜皇ヨルムンガンド!』

「何かよくわからんが、戦闘モードだな!!」

『おう、まあ見ておれ』

「わかった!」

「ヒトノコイジヲジャマシテオイテ、フタリノセカイニハイッチャッテ……もう!」

『竜気・竜光ドラゴニックレイ!』


 アマルの身体が薄く光り、首の付け根の胸辺りが、軽く膨れ上がったかと思うと、大きく口を開けた。


 一瞬音が消えた様に静まり返り、カッと光に包まれたかと思うと、前方遠くでドン、と大きな音が轟いた。


 音がした方を見ると、帝国の城塞の中央が、ポッカリと大きな穴が空いてえぐれていた。


 穴が空いた箇所をアマルで通り抜ける事が出来た。城塞は壁が赤く焼け爛れており、ブスブスと黒煙を上げて燻っている。辺りは熱が立ち込めて、空気が歪むくらいだ。


 ワラワラと城の人間が慌てふためいているが、これで騎士団長と天帝たちを仕留めたとは、到底思えない。


「アマル、凄いねぇ?」

『何度も撃てるわけではないし、見ての通り危険なのでアスガルドでは使えなかったが、帝国なら構わんだろう』

「……これ、仮に天帝やテネブルに当たっていたら聖典焼けてんじゃねえか?」

『……聖典とは?』

「いや、いい……」


──っ!?


 城から空恐ろしいほどの剣気が、今まで感じたこともない濃密な剣気が、あの父ちゃんすら凌駕するほどの鋭さを以て、こちらに向けられている。


 見ると、一人の大男が大剣を片手に仁王立ちしている。


「奴か……」


 奴が剣聖・ギルバート。見れば解る。ただ者ではない。


 確かに父ちゃんとは異質な強さだ。俺に……勝てるか? いや、勝たなければ何も成せない。


──ズドン!!


 !? 飛んで来た凶悪な剣気を俺の剣気で往なす。


 往なした奴の剣気が宙へと突き抜けた。……なんて奴だ。突き抜けた先の空にかかっていた雲が、霧散してポッカリと穴が空いた。アマルの竜光にも匹敵する、いや、それ以上だと言えるだろう。


「アマル、ノートを頼む!」

『わかった!』

「ルカ、私も行く!」

「バカノート! 今の見ただろう? 今回は流石に危険だ。俺もお前を庇い切れないだろう。ヤツを倒すまではアマルと一緒にいてくれ!」

「むぅ〜……勝ってよ? ルカが危ないと思ったら行くからね?」

「……わかった。勝つから来んな?」

「うん、勝って!」

「ったりまえだ!! 俺は父ちゃんを超える!!」


 そう言って気合を入れると、俺はアマルから飛び降りた。


 城の中庭だろうか、少しひらけた場所だ。一瞬で衛兵に取り囲まれる俺。夜中なのにそれなりの人数が揃っている。その人ごみの向こうに奴がいる。


──剣気・覇皇!


 俺は聖剣を構えた。


──剣気・朧!


「かかれ!」


 号令とともに、衛兵が一気に押し寄せて来る。隙間がないくらいの剣の壁が全周から迫る。


──ぐわああああああ!!


 悲鳴、その剣のどれもが俺をすり抜けて、その先の衛兵に突き刺さる。血飛沫をお互いに浴びて、苦痛に顔を歪める。


 しかし、負傷した衛兵を押し退けて、波状攻撃が押し寄せる。しかし、そのどれもが俺に当たることはない。


 バランスを崩して倒れる者。それに躓くもの。それを踏みつけて前に出るもの。更にその者を踏み台に頭上へ跳躍する者。


 とても統制の取れた者の動きとは思えない。


 次から次へとお互いに剣を突き刺しては倒れ、それを踏みつけてはまた剣を振るう。端から見ればお互いに斬り合っているように見えるだろう。しかし、そのどれもが俺を狙った切っ先なのだ。


 当たることはない。奴らの剣は俺の間合いのずっと外なのだ。そして。


 俺の剣の間合いに近づく影がひとつ。


「剣気・覇!」


──ドサッドドドドドサァ……


 ……やはりとんでもねえな。


 俺の使っている剣気は覇皇と呼ばれる覇の上位互換だ。覇とは剣気をその身に纏う技だが、奴のソレは身体から溢れて、周囲の味方が呑み込まれ、その剣気に当てられて倒れたのだ。


「剣聖・ギルバート……」

「左様。邪魔者を排除した。貴様の剣気……なるほど。貴様がアルマンドの息子・ルカとか言う奴か。確かにアルマンドとうり二つだな、面白い」

「バカを言え。俺は父ちゃんを超える!」

「ふん、今のお前はせいぜいアルマンドと同じ、か、それ以下だ。いきがるな、小僧!!」


 ──キン!


 くっ! 剣戟……奴の立ち位置はまだ二十メートルは離れている。しかし、俺は既に奴の間合いに入っていたと言うのか。


「すげえ!」俺の中の何かが滾る!


──剣気・覇眼!


「ふふふ、どうやら少しは楽しめそう、か?」


 ギルバートの眼にも光が宿る。


「俺はお前を倒す!」

「ああ、やってみるがいい!」

「倒したら教えてくれ、天帝の居場所を!」

「……よかろう。しかし、この俺を倒せたら、な!!」


 ごう、と瞬時に奴が目前に迫る。


──ザン! 俺の後ろに特大の亀裂が入る。


 奴は手首を返し。


──ビキッ! 俺の居た場所に剣を突き立てた。


 奴の剣気の圧力に耐えられず、地面が大きく陥没してひび割れる。


 奴の持つ剣はバスタードソードだ。刃こぼれ一つしていないのを見ると、あの剛剣に耐えることの出来る業物、と言うことなのだろう。


「ふ……、ふふふふふふ……はははははははは!!」

「……」

「良い。良いぞルカ!! それでこそアルマンドの息子!! 俺はこの時を待っていた!!」

「……」

「さあ、始めようか。ここからは……本気だ」


 奴の眼光が空気に滲む。溢れる剣気は城ごと呑み込んでしまいそうだ。


 俺は剣を下ろし、構えるのを辞めた。


「……そうだ、それだ! 壊れるなよ、ルガあ゙あ゙ッ゙!!」


 奴の筋肉がミチミチと犇めき合っている。そこから血が蒸発するかのような、赤い湯気が立ち昇る。


 反対に、奴から溢れ出ていた剣気がみるみる奴に収束してゆく。そして最後の剣気が奴に呑まれると、バクン、奴の身体が少し跳ねたように見え、身体を一気に赤黒く染め上げた。


 空気がヒリヒリと肌を斬りつけるように痛い。


 しかし、ソレがこんなに心地良く思えるのは……。


 紛れも無い。


 ギルバートも父ちゃんを超える者だからだ!


 自然と口角がつり上がっていくのがわかる。


 気は恐ろしく凪いでいるが、こんな高揚感は初めてだ。



 それが、俺とノートの九日目の事だった。

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