空襲

 アマルがこの試合、勝てると言うからには勝てるのだろう。

 実際にクトゥガと身体ひとつ分の差を開いて先行している。このまま行けば勝てるだろう。


 竜と話せるのか?そんなわけない。そんな気がするだけだ。カイチの時もそうだったように、私は何となく彼らと意思疎通出来るのだ。


 そもそもあいつら、竜に乗れるのか?なんて私に言っていたが、そんなわけがない。乗せてもらうのだ。私はこのアマルの恩恵を受けるだけ。

 あいつらはこのアマルをじゃじゃ馬のように言っていたが、そうじゃない。あの竜の中で、アマルは一番高潔な竜なのだ。なので傲慢なあいつらを背に乗せるのは、そんなに好きじゃないのだと言う。


 アマルは言う。このまま勝負をすれば勝てる。しかし、それではアスガルドの街が襲われると言うのだ。


 私は猛スピードで滑空するアマルの背で、すこしチビってしまったパンツを気にしながら、アマルにどう言う事なのか訊ねた。


「帝国が来る?」

『違う。この気配は魔物。大きな個体が三体、こちらに向かって来ている』

「アスガルドって山の上にあんだよね? その魔物って空飛ぶの?」

『そうだな。おそらくだが、大型のワイバーンだろう。いつも我々が一個団体でこの空域を旋回して、牽制しているのだが、敗戦後それを怠っていたからな。我らの空域をここぞとばかりに侵害して来たのだろう』

「ほえ……アマルはそのワイバーン?に勝てる?」

『そうだな……一対三だとすると、少し厳しいかも知れん』

「そっか。じゃあ、戻って!」

『……レースは良いのか?』

「そんなのどうでも良いよ、それより早く!」

『わかった!!』


 アマルは首を大きく上に向けると、そのまま後方に一気に旋回して翻り、クトゥガの上を逆走した。


 回るなら回るって言ってくれないと、またチビッたじゃないっ!! 知んないかんね!?


「おう!? 何だ何だ、暴走か!? 嬢ちゃん、おっ先に〜!!」


 馬鹿が何か言ってるが知ったこっちゃない。


 私はまた少しチビってしまったパンツを気にしながら、さっきの滑走橋へと戻ってくれる、アマルの背中に必死に掴まっていた。


 飛び立って間もないのに、滑走橋はとても小さく見える。


「アマル、ワイバーンはどこから来る?」

『西の方だな』

「どっち?」

『ほら、右側だ。向こうの空に豆粒みたいな影が三つ見えないか?』

「すぐ来るね!」

『そうだな……』


 滑走橋でルカがこっちに向かって何か言ってる。


「ノート!! コースが違うぞ!?」

「アマル、ルカを拾ってくれる?」

『よしきた!』


 アマルがルカをサッと咥えて拾い上げた。


「おわわっ!? 何だ?」

「ルカ! あれが見える!?」

「ん? 三体のモンスター? それもデカいな? あれも竜か?」

「やっつけれる!?」

「ん。まかせとけ!!」


 私は知ってる。ルカは恐ろしく強い。


 ルカはアマルの頭上に立ち向かって、を構えた。


「剣気・覇皇!」ぶわっと湯気のような熱気が、ルカの身体から溢れて私を焦がす。


 うぬ。相変わらずルカは格好いい!


 さすがは私の惚れた男だ。


 ワイバーンごときに負ける気がしない。アマルもさっきまで気後れしていたけれど、今は違う。やる気満々だ!!


「ノート!」

「アンダコノヤロー!!」

「殘骸に気をつけろ?」

「ふぇ?」


 見ると、ワイバーンの一頭とチキンレースみたいに正面対決になっている。どっちが避けるか、避けないのか!?


 ワイバーンは思っていた以上に大きく、アマルよりひと回り大きいくらいだ。そして口も大きく獰猛な顔付きをしている。


 ワイバーンは口を大きく開けて、ルカを丸呑みにでもするかのように、ヨダレを飛ばしながら突っ込んで来る!!


──グルアアアアアア!!


「剣気・竜牙!!」


──ズ…ブラバババルバババ!


 ワイバーンの顔が放射状にズレたかと思うと、バラバラとそこからパズルがバラけるように肉片となって、螺旋状にえぐれるように大きな穴が空き、アマルはそこをゆうに突き抜けた。


 ビチビチと肉片が飛び散った汁が顔にかかる。うん、汚いし、臭い。


「トホカミヱヒタメ!」


 こ、これでパンツもピカピカだよ。ば、バレてないよね?


「そう言えばノート!」

「アンダコンナャロメ!」

「お前、さっきチビってなかったか?」

「ち、ちちち、チビってなんかないやい!! ほら見ろ!! コンナロー!」


 私はスカートを捲ってパンツを見せた!どうだ!?ピッカピカなんだからね!?


「剣気・嵐牙!」


──ブジュルララリルラララ!


 ビチビチ血飛沫が飛んで来る。せっかく綺麗にしたのに! もうっ!


 こうなったら、最後のワイバーンを倒してから浄化しよう。そうしよう。


「おい、ちゃんと前見てねぇと、危ねぇぞ?」

「フシャアアアア!!」

「ノート? あと一匹だ、しっかりと掴まってろ!?」


 どうせ、次のワイバーンも瞬殺でしょ? っと思ったが甘かった。


──ゴルアアアアアア!!


 甲高い嘶きとともに、ドラゴンブレスを撃って来た!!


「剣気・乱舞!」


 凄い! ルカの舞を踊るような斬撃が特大のドラゴンブレスを霧散させる!!


──グルア!!


 いやっ!? あれはフェイクだった!! ブレスを盾にワイバーンがルカに掴みかかる!!


「危ない!!」


 うん、心配は要らなかった。襲いかかって来たワイバーンの方脚は、胴体とお別れを告げていたのだ。


──ガシッ!! 大きな振動!


 アマルが揺れた、のではなく、ワイバーンのもう片方の脚がアマルを捉えていた!?


 右翼がワイバーンの鉤爪で切り裂かれて、アマルが唸りをあげ、錐揉みする様に墜ちてゆく。


 ルカがアマルを走って私を掴み上げると、アマルが大聖堂の中庭に突っ込む直前に飛び降りた。


──ドゴオオオオオオン……


 アマルは凄い勢いで中庭を破壊しながら地面を抉って……止まった。


「ルカあ! 早くアマルのところへ!!」

「おう!」


 ルカが超スピードで私をアマルのところへ運んでくれる。


 が、しかし!


──ガルルルルルフッ!!


 ワイバーンが残った片脚を突き立てて下降して来た!!


 ルカは私をアマルに放り投げると、ワイバーンに向かって剣を構えた!!


──ドサッ!「うっ!」痛い。


「剣気・竜牙!」


 ルカの放った一撃が、ワイバーンを突き出した脚から胴体を貫通して風穴を開けた!


─グシャラリドシャボショ……ドサッ……


 ワイバーンは残した身体を中庭にバラ撒いて、最後、ルカをひと咬みしようとしていた頭も、ザンッ! 力なく地面に項垂れた。


「アイフヘモヲスシ!」


 私は賢者の宝珠を握りしめて、特大の回復をアマルに施した。


 アマルが光の粒に包まれて、あらぬ方向に折れ曲がり、ワイバーンの爪で斬り刻まれた翼がみるみる元通りの形を取り戻してゆく。


「アマル!? 大丈夫!?」


 回復が行われていると言うことは、生命には別状無いということだけど、凄い勢いで墜ちたものだから、とても心配だ。

 ビクリ、アマルが一瞬動き、グルル、と唸りをあげる。

 少し首を持ち上げてこちらを見た。


 ほっ。


『大丈夫だ……ありがとう、助かった』

「ううん! こっちこそ!! ワイバーンが私を狙って来たのをアマルが庇ってくれたんだよね!?」

『ふふ。背に乗せた友を傷付けさせる訳にはいかんからな?』


 私はアマルに抱きついて、呟いた。


「シンダラドウスルンダ……バカヤロー!!」


 アマルが私を包み込むように、翼を被せてくれる。アマルは優しいのだ。


──グルア。バサァ……


 声のする方を見ると、大きな影が上空を過ぎり、グランツを乗せたクトゥガが近くに着地した。


「お前ら……」


 グランツが目を見開いて現状を確認しているようだ。クリストファー殿下とマルセルも架橋を渡ってこっちに向かっている。


 グランツがクトゥガを降りて、こちらに向かってズカズカと歩いて来る。


 そして、ノートとルカの前に立った。そして。


─ザッ! 平伏の姿勢をとった。


「もうしわけ──」


 すううううううぅぅ……。


「ございませんでしたああああああああああああああああああ!!」 


 平伏から更に身体を低くした。


「先程までの非礼の数々、お許しください!

 そして、ワイバーンの討伐、お見事でございます。私一人であれば、対処するにも思い倦ねいていたと思われます」

「ワカッタライインダ、コノヤロー!!」

「そんな事はいいよ。それより、レースを途中で棄権したが、アマルは貸してもらえるのか?」

「勿論でございます。本来翼を負傷したドラゴンは二度と飛翔する事は叶いません。ですが、このアマル、ワイバーンの爪痕ひとつ見当たらない程に完治しているようで、再び空の王者へと返り咲きましょう。

 先程のレースとて、あのまま続けていたならば、ノートどのが勝っていた事でしょう。

 アマルは気性が荒いと思っていたのは、きっと我々の至らなさ、と言うことなのでしょう。竜騎士としてお恥ずかしい限りでございます。

 このアマル、どうぞご自由にお使い下さい」

「そうですか。助かります!」

「アタリマエダ、コノヤロー!!」


──グオオオォ。アマルが軽く吠える。


「クリストファー殿下、グランツ騎士長、アマルをお借りします」

「ルカ……俺も、口が悪かったな、許して欲しい。ヘレンの息子と言えば、俺の甥っ子だ。天帝は憎いが、確かにお前が親を選んで生まれて来たわけではない。そして、我々に害する者でもない事も、よくわかった」


 クリストファー殿下が深々と頭を下げて、続けてグランツさんも頭を下げた。


「もういいですよ。別に何とも思ってませんから、頭を上げて下さい」


 二人はゆっくりと顔を上げる。


「それで、ルカは、いつアスガルドを立つつもりだ? 今日は泊まってゆくのか?」

「我々には時間がありませんので、すぐにでも立とうと思っておりますが……」

「しかし、帝国に着く頃には夜になっていると思うが……?」

「はい。夜のうちに帝国から離れた所に降り立つつもりです。そこから歩いて向かいます」

「そうか……。ならば気を付けて征くがいい」

「ノート……」

「ん?」

「お前──」

「ぜったいやだ! 行くからね?」

「──そうか。どうなっても知らねえからな?」

「ルカの隣に居られるなら、どうなってもいい!」

「……バカノート……」


 ルカの隣しか、私の居場所はない。こんなところに置いて行かれたら、私はすぐにでも死ぬ。死んでやる! アスガルドから飛び降りてやる!


 ルカの居ない人生なんて、死んだほうがマシだっっ!!

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