悪意
この回は残酷シーンや変態的なシーンも含まれます。苦手な人は飛ばしてもらっても大丈夫です。物語の進行には差し支えありません。
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帝国の王城は漆黒鉄と呼ばれる、魔黒石と魔鉱石から錬成された合金で出来ている。まさに漆黒の要塞だ。
その要塞の奥、天帝の間は光が遮られて薄暗く、蝋燭の灯りがちらほらと
玉座に天帝。
顔は見えない。天帝の前には中程まで
カチカチ、と玉座の肘掛けを長く黒い爪で鳴らす。時折爪を噛むような仕草を見せ、そこはかとなく機嫌の悪さが窺える。
御簾を挟んで玉座の前に平伏している男、大臣のペテロは額にいくつもの汗を作り、小刻みに震えている。呼び出された理由に心当たりがあるのだ。
「ペテロ」
「はっ!」
「これはどう言う事だ?」
「天帝様……いったい何がでございましょうか?」
「朕は何と言った?」
「『城を抜けた第二夫人ヘレン様を追って捕獲せよ、生死は問わぬ』と」
「では、何故その様に成っておらぬ?」
「ヘレン様が貧民窟へ逃げ込んだものですから、専門家を雇わないと見つけるのは困難と言う事になり、不本意ながらもギルドで冒険者を雇いました」
「そんな事はどうでもよい。なぜ捕獲出来ておらぬのか訊いておるのだ」
「はっ。それが冒険者の話によると、ヘレン様が死体の山に埋もれたものですから、城に疫病を持ち込むわけにもいかず、
「それで? 確認には向かわせたのであろう?」
「はっ、向かわせたには向かわせたのですが……遺体は魔物か何かに喰われたかして、既に無かったとの報告を受けております」
「では所持品くらいは残っておろう?
「それは……申し訳ございません!」
ペテロは頭を地面に打ち付ける。
「朕は捕獲せよと申したのだ。手ぶらで帰れとは申しておらぬ」
「申し訳ござ──」
ペテロは、それ以上の言葉を発する事は敵わなかった。
ゴトリ、ペテロは二つに分かれ、二度と元には戻らなかった。
「シャドウ」
ペテロの背後に立っていた影が、
「行け」
シャドウと呼ばれた影が、ひとつ頷き、音も無く消えた。
「チッ……どいつもこいつも、使えん奴め……」
天帝は舌打ちし、その黒い爪を噛み始めた。
「天帝様」
天帝の脇に控えていた側仕えの者が声をかけた。
天帝は爪を噛むのを止め、ん、と言葉の続きを促す。
「点滴のお時間にございます」
「……そうか」
「失礼します」
側仕えは天帝の腕を捲り上げる。袖の下から骨に皮が張り付いた様な腕が出てきた。そこに脈打つ血管が浮き彫りになって絡み付いている。
側仕えはその血管にそっと点滴の針を刺す。点滴の袋から赤い液体が天帝の腕へと流れてゆく。天帝の腕の血管はその赤い液体を吸い上げるように迎え入れ、その身体を潤してゆく。
みるみる天帝の腕は、肉付きが良くなり、肌の色が瑞々しく色付いてゆく。
「あっちの準備は進んでいるのか?」
「あと少しで準備が整います。しかし、例のものがないとなると、成功率は格段に下がります」
「そうか。今、全力で探させているが……ヘレンの奴め、勝手に持ち出しおって……」
シュボッ、と指先から炎が立ち昇り、天帝の葉巻に火が点る。浮かび上がった天帝の顔には、無数の皺が張り巡らされ、その生きて来た年数を刻み込んでいる。
しかし、現天帝の顔にはもう、皺を刻む余地がなくなっていた。天帝は皺を刻む余地を求めて、第一王子を次の器として用意していた。
第一王子が器として起用された今となっては、第二王子は不要なのだ。むしろ、不要でしかなかった。王位継承権はひとつで良いのである。予備などは不要であり、反乱分子の要因となる為、歴代の後継者は余程な事がない限り第一王子が継ぐ事となり、第二王子は始末される運命にあった。
それを懸念した第二夫人であるヘレンは、自身の懐妊の知らせを受けてすぐに城を飛び出した。その後、四〇週もの間、
しかし、目撃者からの情報漏洩により、その若き命にピリオドを打った。
ふうっ、と煙をため息混じりに吐き出す。
「テネブル、おぬしは、朕の側仕えとなって何年になるのだ?」
「二九七五年になります」
「そうか、お前にもそろそろ次の器が必要であるな。希望の器はあるのか?」
「願わくば……、穢れ無き無垢なる少女、忌子の身体が欲しゅうごさいます。その無尽蔵なる聖なる魔力に興味がありますれば……」
「我々の器としては相応しくないのでは無いのか?」
「長年の転生により、この血も薄れつつありますれば、あるいはその可能性も無きにしも非ずかと愚考いたします。忌々しき聖なる力、御することが出来ればさぞかし楽しいのではないかと……」
「……ふむ。ならば次の忌子をお前にやろう。どうせ教皇のもとに置いておいても、貪るだけであろう」
「はっ、有難き幸せにございます」
二人は笑みを浮かべつつ、再び闇に身を隠した。
時を同じくして、舞台はサン・マグダラ大聖堂へと移る。
大聖堂の中庭に一台の馬車が訪れていた。馬車は漆黒鉄の帝国製の馬車で、
どう、と倒れ込んだ馬はひどく疲れて息が荒い。
「うわっ、馬が潰れちまったか? これじゃあ、割に合わねえな。やはりヴァナアイランドからぶっ通しで走らせちゃなんねぇな……」
「お待ちしておりました」
修道服に身を包んだ女性が深々と頭を下げて、馬車を出迎える。
女性は虚ろな目をしており、心此処に非ず、と言った感じだ。スカプラリオを羽織っているだけで、他は何も持っていない。
馭者は荒々しくその女性を突き出した。
「おらよ、間違いなくヴァン神族の女性だ、確かに届けたからな? 早く寄越すもん寄越しやがれ!」
「心付けも入れてあります。お確かめ下さい」
「ひいふうみい……ああ、確かに受け取った」
「お疲れ様でした」
「けっ! じゃあな!」
修道服の女性は、馭者が厩舎に向かうのを見届けると、馬車から降りた女性の手を引いて大聖堂へと歩き出した。
大聖堂に入ると、
「教皇様、お連れしました」
内陣の
しかし、そこに立っている教皇と呼ばれる男性は、目に前にいる女性の何倍もの体躯をしており、呼吸もし辛そうにグプグプと呼気を漏らしている。
「グププ、ご苦労であった。下がれ」
「かしこまりました」
修道服の女性はひとつお辞儀をすると、祭壇を後にした。
一人残されたスカプラリオの女性は立ったまま、ぼう、と焦点も定まらない様子だ。
教皇は女性に近付くと、頬に手を遣り、顔を近付けて。
顎から口元、鼻、目を、ねろり、と舐め上げた。
女性は嫌な顔の一つもせずに前を向いて動かない。
教皇は、にやりと満足気に笑い、女性の口に自分の舌を突っ込んだ。
女性は少し息苦しそうにするが、目はどこか遠くを見ている。
女性の口の中を堪能した教皇は、唾液にまみれた女性を連れて祭壇を後にした。
向かったのは女人禁制である筈の教皇の塔、その教皇の間である。
教皇の間に入ると、女性に聖典をその手に持たせ、スカプラリオの裾をめくりあげた。そして、女性に持たせた聖典を読み上げながら、背後から覆い被さった。
こうして、いつしか女性の
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挿絵:天帝の腕&教皇
https://kakuyomu.jp/users/dark-unknown/news/16818093080767478980
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