懇願

 俺は知っている。


 父ちゃんは病気で、それを隠している。俺が父ちゃんの服を洗濯しているのに、袖に着いた血痕に気付かないわけがないじゃないか。それに、最近血の付いている頻度が高い。


 父ちゃんは自分が居なくなった時の話ばかりをするようになった。俺はそんな話は聞きたくないのに。

 もし、父ちゃんの病気を治せるのならば、俺の修行なんてしている場合じゃないし、お金だって稼がなきゃいけない。


 父ちゃんが居なくなったらなんて、考えたくもない!


 俺は父ちゃんの病気が何なのか知らないし、治る病気なのかどうかもわからない。

 ひとつだけ、父ちゃんが言っていた、人を活かす剣、『聖剣』があれば、父ちゃんが死なずに済むんじゃないかと考えた。

 聖剣は代々帝国の天帝様が持っているらしい。帝国が最強であり続けられるのは、聖剣があるからだと、人は言う。


 俺は聖剣が欲しいわけじゃない、だけだ。


 そんな理由わけで俺は帝国へ足を運んでいた。


 しかし、足を運んだは良いが……。


 バカでかい城壁に囲まれた帝国への入口は少なく、どこの入口にも門番がいる。中に入るには当然、検問を受けなければならない。


「身分証を出せ」

「ない!」

「では、身元保証人とかおらんのか?」

「いない!」

「話にならん。出直して来い!」

「やだ!」

「……坊主、そもそもこの帝国に何の用があって来たのだ?」

「天帝様に会いに来た!」

「……紹介状はあるのか?」

「ない!」

「……おまえ、もう、帰れ?」

「やだ!」


 見るからに屈強な門番は、俺を睨みつけて仁王立ちしている。そんな門番に入国を阻まれて、俺は帝国内にすら入れずにいた。

 俺は遠い記憶を辿り、朧気おぼろげに覚えていた、お姉様方の面々を思い出した。


「不夜城にいるお姉様なら俺のことを知っているはずだ!」

「ほほう? 不夜城のどのお姉様だ?」

「『ブラック・ダリア』のヴェロニカ姉さんに聞いてくれれば知っているはずだ」

「わはははははは! よりによって『ブラック・ダリア』のヴェロニカとは大きく出たな、坊主!? 超高級娼館の超高級娼婦クルティザンヌだぞ? しかも天帝様の愛妾だ。お目通り叶うのも難しいくれぇだ。お前なんかを知ってるわけがなかろう?」

「聞いてもないのによく言うよ? 別にローラさんでもキャサリンさんでも良いんだ」

「おいおい……本当、なのか?」

「さっきから嘘なんて言ってない」

「ちょっと待ってろ」

「わかった」


 門番の衛兵は一人残して奥の部屋に行った。奥で素っ頓狂な声が聞こえるが、きっと確認してくれているのだろう。

 もう一人の衛兵も奥のやり取りが気になるらしく、ちらちらと目線を奥の部屋へと向けている。

 そして、部屋から出て来た衛兵は変な顔をしている。ニヤけてる、のか? 気持ち悪い。


「坊主……」

「どうだ?」

「疑って悪かった!」

「じゃあ、入れてくれるのか!?」

「それはちょっと待て」

「どうして!?」

「お前を迎えに、使いを寄越してくれるらしい」

「わかった!」


 俺は衛兵のむさ苦しい部屋に通されて、不夜城からの使いを待った。誰が来てくれるのか、久しぶりに会える喜びに胸が高鳴る。衛兵たちは、にわかにざわつき、そわそわとし始めた。


 小一時間も待つと、迎えの女性が現れた。衛兵どもはデレデレと鼻の下を伸ばしまくって、地面につきそうだ。


「ローラ姉ちゃん!」

「おお、ルカ! 元気そうだな!?」


 俺はローラさんの胸に飛び込むと、ローラさんは俺を優しく抱きしめてくれた。

 衛兵をちらりと見ると、口をあんぐり開けて棒立ちしている。ザマアねえな。


「ルカひとり? アルさんはどうしたの?」

「父ちゃん、病気なんだ! 俺、父ちゃんの病気を治したくって、天帝様に会いに来た!」

「て、天帝様!? そりゃまたどうして?」

「聖剣を借りたいんだ! 父ちゃんの病気を治すんだよ!」

「へっ!? 聖剣で?」

「そうさ。聖剣があれば父ちゃんの病気は治るんだ!」

「へえ? とりあえずブラック・ダリアに来なよ。話を聞くわ?」

「わかった!」


 俺はローラ姉さんに連れられて、不夜城の高級娼館ブラック・ダリアへと向かった。衛兵たちはずっと手を振っている……仕事しろよな?



 不夜城は昼でも薄暗く、街中まちなかには遊女おんなが立って客引きをしている。お香の香りに魅了の効果でも付いているのか、少し脳がふわふわとしてくる。

 ブラック・ダリアに着くなり、俺は遊女たちの休憩処へ連れて行かれ、お姉さんたちに揉みくちゃにされて、身体中をベタベタ触り尽くされた。何故か女装させられて、化粧まで終わったところで、ようやく話を聞いてくれる事になった。


「で、聖剣? 何で?」

「父ちゃんが、聖剣は人を生かす剣だって言ったんだ」

「それは活かす剣だろう? 病気を治すって言ったのかい?」

「いや、だけど、剣は人を活かす、父ちゃんはそう言ったんだ!」

「相変わらずルー君は真っ直ぐだな? そういうとこ、好きだぞ? お姉さんは。

 しかしルー君? 相手は天帝様だよ? きっと会ってさえくれやしないないよ?」

「借りるだけでも、駄目かな?」

「駄目だと思うな〜!?」

「むぅ……」


 俺は口を尖らせて、脚を組み、その脚に肘を置いて、手のひらに顎を乗せた。

 それにしても、スカートって脚がスースーするよな。非常に不本意だ。


「エロい……」

「キャシー姉さん!?」

「ルー君の身体ってめちゃくちゃエロくない!?」

「俺は男だぞ!?」

「そんなこと言っても脚に毛も生えてないし、肌も透き通るように白くて綺麗。髪もサラサラで凄く良い艶してるじゃない?」

「うん、私なら買う」

「私も……買う」

「こらこら!! ルー君をあまりからかっちゃ駄目よ!? まああ? 私も買いたいけど、じぃっ……」

「ニカ姉さん!? 俺の味方じゃねえの!?」


 ニカ姉さんは、にやり、と悪戯いたずらわらうと、手のひらを、ぽん、とたたいた。


「よし、ルー君、私に任せてもらえるかしら?」

「え!? 聖剣貸してもらえそう!?」

「それは判んないわ? けど、天帝様には会わせてあげる」

「本当に!?」

「ええ、その代わり、そのままの格好でいることが条件なのと、会わせてあげるけど、その後は自分で責任とりなさいね?」

「わかった! 恩に着るよ、ニカ姉さん!!」

「まあ、その恩は身体で返してもらうからね?」

「ひぃっ!?」

「あはは、冗談よ? でも、本当に危険だから、言動には気をつけるのよ?」

「ああ、わかった!」


 かくして、俺はヴェロニカ姉さんに連れ立って、王城へと行くことになった。言動に気をつけろと言われたけれど、正直、何を気をつけたら良いのか分からない。

 とにかく俺は、天帝様に会って、聖剣を借りなければならない。父ちゃんの病を治すために!



 不夜城から王城への道はわりと近い。きっと王室御用達の遊女をすぐに招集出来るようになっているのだ。逆に言えば、王城で何か会った時には、不夜城へと逃げ込むのだろう。


 なんと王室の裏口に繋がっているではないか。ヴェロニカはクルティザンヌの中でも、天帝様の愛妾ないしは寵妃に当たる。俺はその侍女となる禿かむろとして側仕えを任された。


「ヴェロニカよ、今日も麗しいのぉ。今宵もアレを楽しませてくれるのであろう?」

「うふふ。天帝様はアレが大好きになっちゃったのねぇ♡ 最近、私めの寵愛が増えて、とても嬉しゅうございます♡ お妃様が寂しがってはおられませぬか心配ですわ?」

「それもこれもお主が悪いのではないか。儂にかような快楽をおしえたのはお主であろう?」

「うふふ。そうですわね♡ 今宵はもっと喜ばせてさしあげますわ?」

「おほほう。そうかそうか。それは楽しみじゃのぉ……はて、いつもの禿かむろではないな?」

「はい、いつもの子は風邪で休ませております。この子は新人のルカと申します。天帝様にお願いしたい事があるそうだけど……天帝様? 聞き届けて頂いても宜しゅうございましょうか?」

「ふむ、なんじゃ、申してみよ!?」

「ほら、ルカちゃん、天帝様が聞いてくださるそうよ?」


 ヴェロニカ姉さん凄い。本当に天帝様とお話出来る機会をつくってくれた!! このチャンスが一度きりのチャンスだ。


 俺はうやうやしく頭を下げて、天帝様へとお願いをした。


「天帝様にお願いがございます」

「ふむ」

「どうか、の父を助けるために、聖剣をお借りできないでしょうか!?」

「……聖剣、だと!?」

「はい」

「……、殺されたいのか?」

「いえ、ただ、父の病気を治したいだけで、決して聖剣が欲しいわけではありません!」


──っ!?

 喉元に剣が突き付けられ、一条の血が喉元を伝い、鎖骨へと流れる。


「天帝様! 申し訳ありません! この禿かむろ、本心ではございませぬゆえ、なにとぞご容赦願いたく、なにとぞ!?」

「俺の生命に換えたって良い! どうか父を!」

「貴様!?」

「ルカ!? もうこれ以上は駄目よ!!」

「姉さん!?」

「衛兵!!」


 バンッ、と大きな音を立てて、衛兵が王室へとなだれ込む。すぐに俺と姉さんは引き剥がされて、俺は地べたに押さえつけられた。


「ルカ!!」

「ん──っ!! ん──っ!?」

「引っ立てい!」


──はっ!

 衛兵は俺を引きずって王室の外へと連れ出した。

 扉が閉まる直前に見えた姉さんは、目に涙を浮かべて、悲壮な顔をしていた。ごめんね、ニカ姉さん。せっかくチャンスを、くれたのに……ごめん。

 

 俺はずるずると引きずられて、王城の地下へ、地下深くへと運ばれた。


 ああ……駄目だった。俺、このまま死ぬのかな?


 王城の牢獄はひんやりとしていて、どこか血生臭く、えた匂いがする。


 何故か、懐かしい匂いだった。



──天帝の間


 カチカチ、玉座の肘掛けの端を黒く長い爪で鳴らしているのは天帝である。


「どうした?」

「はっ! 王室、ピサロの所に定期的に呼んでいる愛妾が怪しい禿を連れてまいりまして……」

「怪しい、とは?」

「はい、聖剣を借りたい、などと申す者でございますれば、如何なさいましょう?」

「ふむ。地下牢へ入れて様子をみろ。怪しい動きがあれば報告いたせ」

「はっ!」


 使いの者が部屋を去ると、天帝は爪の端をかじり、チキチキと鳴らす。


 チキチキ、チキチキ、と。

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