檸檬
クロノヒョウ
第1話
昔よく観ていた海外ドラマでのシーン。
恋人同士の二人がキッチンに立って仲良くお料理。
味見してもらおうと、スプーンを彼のお口にあーんする彼女。
おいしいと言って笑いながら、彼は彼女の腰を抱いてキス。
そしてテーブルで見つめあいながらの食事。
楽しそうにおしゃべりしながら、食事しながらまた何度もキス。
食べ物を口に入れているのにキスするの?
なんて思いながらも、仲良さそうな二人がどこかうらやましかった。
「おっ、レモン酒、できたんだ」
「うん、飲む?」
「もちろん!」
定期的に作っているレモン酒を氷の入ったグラスにそそぎ、炭酸で割った。
「今回のはどうかな?」
彼がレモン酒を飲む姿をじっと見つめる。
「うん! うまい!」
「あはっ、よかったぁ~。私も飲もうかな」
「おう、飲もう飲もう」
同じように炭酸で割ったレモン酒を片手に彼の隣に座った。
「お疲れ様」
「ん、お疲れ」
乾杯してから口に含んだレモン酒は、ほんのり甘くておいしかった。
「うん、よくできてる」
「だろ?」
そう言うと彼は私にキスをした。
お互いに冷たくなっている唇が当たってひんやりとした。
彼と付き合い始めたのは高校生の頃だった。
彼はバスケ部で、私はそのマネージャー。
試合の時に私が必ず作っていたレモン漬けを気に入ってくれた彼は、後輩の私に声をかけてくれた。
「関口さんのレモン漬け、マジでおいしいんだけど」
「あ、ありがとうございます」
「何が違うんだろう……」
そう言って、いつもレモンを見つめながら首を傾けている彼の姿がやけに可愛いかった。
「何でしょうね。普通にスライスしてお砂糖につけておくだけですけど」
「でも、今まで食べた中で一番うまい」
そんな彼のために、試合の時は彼専用のレモン漬けを作るようになった。
レモンを薄くスライスしてタッパーに敷き詰める。
お砂糖をまぶして、その上にまたレモンを敷きお砂糖をまぶす。
それを繰り返し、レモンとお砂糖をミルフィーユ状態にして一晩寝かせるのだ。
「これ、先輩の分です」
試合が終わった後、私はこっそり彼にそのタッパーを渡した。
「マジで!? ありがとう!」
彼はすごく喜んでくれて、嬉しそうにしながらレモン漬けを食べていた。
「あ、関口さんも食べる?」
彼は私の目の前に立ち、レモンを一切れ、私の口に差し出した。
驚きながらも、ついつられて口を開けてしまい、私は彼の手からそのままレモンを食べた。
「お、おいしいです」
そう言った瞬間、彼は私の唇にキスをしたのだ。
まだレモンが口の中に入っているのに。
呆然としている私を見て、彼は笑っていた。
「レモンの味だ。ハハ、当たり前か」
そしてまた、私の唇を食べるかのようにキスをした。
「あ、レモンの味」
「えっ」
「ハハ、当たり前か」
そう言ってまたキスをする彼。
あの頃と何も変わっていない。
私はそれがなんだか嬉しかった。
「……久しぶりに、レモン漬けも作ろうかな」
「お、いいね。すっげえ久しぶり」
「だよね」
あの時のキスのあと、彼に告白され、私たちは付き合うようになった。
彼は海外ドラマの中の恋人同士のように、食事中にキスをしてくることはないけれど、なぜかレモンを食べるとキスをしてくる。
それに気づいた私は、お酒を飲める年になってからはこうやって、レモン酒を作るようになった。
普段彼がキスをしてくれないわけではない。
あの海外ドラマのシーンのような食べながらのキスに、私はなぜか憧れているのだ。
「レモン買わなくちゃ」
「明日、俺が買ってくるよ」
「うん、ありがとう」
私はレモン酒を飲んでから、冷たくなった唇で、彼の唇にそっとキスをした。
「冷たっ」
「ふふ」
彼の唇が暖かく感じた。
彼は仕返しでもするかのように、レモン酒を飲んでから、また私にキスをした。
完
檸檬 クロノヒョウ @kurono-hyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます