転生人生
水野文華
転生人生
見た目だけは特別良かったから、女には不自由したことが無かった。貢いでくれる子もたくさんいて、ろくに働かなくてもやっていけた。根性なしとかクズとか罵られた経験も数えきれないけど、だからってショックを受けるわけもない。代わりはいくらでもいた。
悩んでいる子に優しい言葉をかけて、涙を流してすり寄ってきたらこっちのもんだ。思うがままに金と時間を搾り取った。
だけど、ある日俺はあっさり死んだ。女に刺されて。まあ、俺にふさわしい最期だったと思う。逆に見た目がダメになって誰も俺に寄り付かなくなる前に死ねて良かったかな、なんて。
「起きてください」
おっと誰かな、俺の回想を邪魔するのは、と思って目を開けると、そこにいたのは美人の天使だった。金髪碧眼。スタイル抜群。背中には真っ白な羽根。純白の、ローマ人なんかが着てそうな服をまとっている。美女に気を取られてて忘れてたけど、ここどこ。白い空間が見渡す限り続いている。少なくとも地獄じゃなさそうなのが唯一の救いだ。
「人生、お疲れさまでした」
美女はぺこりと頭を下げた。声や所作まで美しいときたら、男どもが放っておかないだろう。天使の間でも恋愛なんてものがあるのかは別としても。
「急ですが、これから貴方には、転生のための準備に入っていただきます」
「転生?」
転生なんて、思ってたのと違う。死んだら待ってるのは天国と地獄の二択じゃなかったのか?天使じゃなくて閻魔大王の前に引き出されるんじゃなかったか?
「貴方の死生観とは違ったのかもしれませんが、人間は転生を繰り返すことになっています。輪廻転生や因果応報という言葉を聞いたことはありませんか」
俺の心が読めるらしい。天使なんだからそれぐらいできて当然かもしれない。
「……まあ、なんとなくは?」
「……とにかく、人間の魂は転生します。そして、積み重ねた行いの報いを受けるのです。自分で次の人生を選択することになっているので、貴方にはこれから人生を少しずつ体験し、気に入った人生に転生して頂きます。やみくもに体験していてもきりがないので、あなたの希望を言ってください」
俺の無知さにあきれたらしい。何を言っているかあまりわからなかったが、人生の選択権をくれるとは慈悲深い。さすが天使。
次の人生って言われてもなあ。俺の人生はなかなか楽しかったし、楽だった。空虚だって言われりゃそれまでだけど、それは各々の好みだ。少なくとも俺は次回もこんな感じの楽な人生がいい。さすがに畳の上で死にたいけどさ。だとすると、あんまり人に寄生して生きるのは良くない。またこうやって恨まれることになるし。だったら、金持ちの家に生まれるのがいい。
「俺、金持ちの家に生まれたい!」
「畏まりました。条件に合うものの中から、適当にこちらで選びます」
そう言うなり、天使は虚空を見つめた。多分、俺には見えない何かを見ているのだろう。意外とハイテクらしい。
「選べました」
思っていたよりはるかに早く、俺の人生の選定は終わった。光を宿した瞳が、こちらを見つめる。
「目を閉じてください。魂をあちらの肉体に送りますから」
「え、閉じるの」
「はい。心配することはありません。眠りに落ちるのと似たような感覚です。目が覚めた時には、あなたは次なる人生を体験することになるでしょう」
「……りょーかいです」
少しだけ怖いけど、黙って目を閉じる。とろりとした眠気が体中に広がっていった。
目を開けると、正面にあったのは暖炉だった。赤い炎がぱちぱちと音を立てて燃えている。背中に柔らかい感触。どうやらこの体の持ち主は、ソファにもたれて眠っていたらしい。このソファ、革張りだ。でかい暖炉に革張りのソファ。どうやら典型的な金持ちの子に生まれてきたらしい。
立ち上がって家を探検することにした。この体はまだ幼いらしく、目線が以前より低いから、その分色々なものが大きく見える。でもそれを差し引いても、この部屋は大きかった。窓のカーテンをめくると一面の銀世界で、夜空には凍てついたような綺麗な満月が昇っていた。もしかすると家でなくて別荘なのかもしれない。
暖炉のあるでかい部屋の重厚な木製のドアを開ける。右には長い廊下。左からは人が大股で歩いてくる。察するに、父親ってところか。背の高い生真面目そうな中年の男だった。髪を後ろに撫でつけ、眼鏡をかけている。
正直威圧感がすごい。この男、絶対厳しいな。
「何を呆けた顔をしている。今日の課題は済んだのか?」
だしぬけに、男は不機嫌丸出しで言った。俺はあっけにとられて何も言えなかった。
「なぜ何も言わない!? 勉強は?ピアノは?この間見たオペラについての感想は書いたのか?」
男は怒りだしている。聞いているだけでもやることの多さに辟易する。勉強は嫌いだ。ピアノなんて興味は無いしオペラなんて見たこともない。ただ金を持っているだけじゃダメなんだな。そう俺が思った時、世界はぼやけ始めていた。
気づくと、白く果てしない空間。目の前には美女天使。
「俺、戻ってきたのか」
「はい。どうでしたか」
「もうちょっと楽な人生がいいな。あの父親は、俺には厳しすぎる」
絵にかいたような金持ちの家は恋しいけど、生まれ変わるなら自由で金も持ってる人生が良い。
「……そうだ、王子の人生は無いかな?長男だと教育が厳しそうだから、三男とか。俺、次はそんな人生がいいな」
「了解しました」
あれ、断られることを覚悟してたんだけどな。あっさり受け容れられた。
「目を閉じて。いってらっしゃい」
目が覚めると、俺は広い中庭に立っていた。よく手入れされた芝生に、太陽の光が降り注いでいる。向かいには、西洋の甲冑みたいな格好をしている、顎髭の生えた男。男の持つ剣の刀身が光を浴びてきらりと輝いている。
「剣を取りなさい」
男は言った。俺の方を向いている。周囲を見回すけど、誰もいない。美しい木々が立っているのみだ。このおっさんが木に話しかけているとは考えにくい......てことは、俺に向かって言ってる。
おそるおそる足元を見ると、残念ながら確かに剣が横たわっていた。重たい。鞘から抜くのも一苦労。で、抜いてみるとやっぱりホンモノの剣。絶対ひと殺せるやつ。
「構えなさい」
とか言いながら、おっさんはすでに剣を構えていた。堂に入った構え方は美しい。多分めちゃくちゃ鍛えてるんだろうな。それにならって、俺もどうにか剣を構える。
「参る」
言うなり、おっさんが向かってくる。ちょ、俺こういうのマジで無理。しかも真剣じゃん怪我するじゃん。この人生もやだな。俺は目をぎゅっとつむった。
目を開けたら、そこには懐かしの美女。俺は安心で思わず深いため息をついた。
「殺されるとこだった……」
「次の人生はどうしますか」
「やっぱ、俺は剣の修行とか無理。王女に転生したい」
別に男で居続ける必要はない。今度は女になってみよう。
「わかりました。目を閉じてください」
「……ください、起きてください!」
顔をあげると、そこにはバッハみたいな髪型の男がいた。これが実はカツラだってことを俺は知ってる。
「あなたは私の授業でいつも寝てばかりです。ですが、これもいずれあなたに必要となる事ですよ」
教師は、ずいっと俺の方に迫ってくる。どうやらこの王女様は、俺と似たような人間性らしい。一気に愛着が湧いた。
それから数日過ごして、俺はすっかりこの人生を生きる気になっていた。この子、美人とは言えないけど愛らしい顔をしている。身のこなしがしなやかで美しいのは俺自身にもわかる。何人もいるきょうだい達との仲も良好で、すぐ上の姉とは特に気が合う。
俺はこの人生を生きたい、そう思った。
ある夜、眠ったらあの空間にいた。美女が問いかけてくる。
「この人生にしますか?」
「勿論。良いのか?」
こんなに楽しくて充実した人生を選ぶことに、少し気がひける。
「良いに決まっています。選択肢を提示したのは私です」
「それもそうか」
「では、いってらっしゃい」
美女がにっこりと微笑む。初めて見る彼女の笑顔は清々しい、気持ちの良いものだった。
「いろいろありがとう」
「とんでもありません。また会う日まで、さようなら」
「……きて、起きて!!」
なんだい、またあのバッハみたいな人か?と思ったら、俺を起こしたのはすぐ上の姉だった。俺、この子大好きなんだよな。一緒にいると、二人ともずっと笑顔でいられる。けど今は、その顔は泣きだしそうに歪んでいた。
「お姉さまが、お姉さまが、天然痘で……」
亡くなったの、というなり姉は俺に抱き着いて泣き崩れた。
それから、人生の歯車は急に回り出した。亡くなった姉が嫁ぐべきだった王家にすぐ上の姉が嫁ぐことになり、俺はすぐ上の姉が嫁ぐはずだった王家に嫁ぐことに決まった。
女に転生してすぐに男と結婚かよ、なんて拒否できるはずもなく。さりとて結婚のための様々な勉強にも身が入らなくて遊んでいたから、ついに業を煮やした母親に呼び出された。
「お母様、参りました」
「そこに座りなさい」
王女になってはや数ヶ月、行儀作法も堂に入ってきた。俺の母親はちょっと太り気味だが綺麗なひとだ。多分若い頃は美女天使と張り合えるくらいだっただろうな、なんてボーっとしてたら、叱責が飛んできた。
「マリア・アントニア!聞いているの?」
マリア・アントニアってのが俺の名前ね。長いだろ?
「フランスに嫁いでマリー・アントワネットと呼ばれるようになる頃には周囲に甘えることも出来なくなるというのに、あなたったら……」
転生人生 水野文華 @fly_high
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます