第5話

 ピ――。

 午前六時。目覚まし時計が完全に鳴る前に止める。ロフトに布団を敷いて泥のように眠っていたけど、学生の性分からか起床時間に起きてしまった。

 あれから――、あの女から逃げるためにソーマに助けてもらい、新宿にある千景の住むマンションに移動した。時間は午前をまわっていて、千景が配線でごちゃごちゃした自室から布団を取り出してロフトに寝かせてもらった。

「……はぁ」

 体を起こすとだるく感じる。つきりと頭に痛みが走った。ダサい毛布を取っ払う。千景には悪いけど、どうしてアロハ柄にしたのか。色調の主張が激しくて目が痛い。

「何で寝起きで疲れてんだか」

 体をのばすとあちこちからパキパキと音が鳴る。

「あーあ、明後日から中間だもんなうざってー」

 シワにならないように脱いでいた制服を着て、ぼんやりした頭を動かす。

「……また、あの夢を見たのか」

 昔から繰り返し見る夢がある。暗がりの部屋に閉じ込められてずっと泣いている俺を“お兄ちゃん”が抱きしめて連れ出してくれた。もう大丈夫だよと笑う“お兄ちゃん”。

 確かなはずの現実が時々、あの顔でゆらぐ。

「――俺は、誰だっけ……?」

「起きろ、優! メシできてるから」

「……千景」

 下から千景の声が聞こえ現実に戻った俺は、一旦見た夢を忘れることにしてロフトから下りた。千景の声で安心したなんて言うつもりはないけど。

「ほれ。俺の得意料理ベーコンエッグ。あとトースト」

「このパンこげてるんだけど」

「本ッ当に低血圧だなー。てめーでやれや」

 千景がこげたパンを食べる。俺のパンもこげてるんだけど。

「ところでソーマは?」

「上にいるけど」

 ソーマはどこかで待機しているらしい。俺たち二人をマンションに届けた後、姿を眩ました。千景に「名前を呼べば来る」と告げて目立たないように行動しているという。

「学校はどうする?」

「今から行くよ。朝比奈や前坂もいるだろうし。この時間なら遅刻せずにすみそうだし」

「なら送ってやろうか? ケータイ、使えるかわからないしさ」

 そうだった。ベーコンエッグを食べつつ、そういえばカード型の定期を預けたままだと思ったら千景が既に取りに行ってくれたらしく、俺にカードを渡してくれた。

「試してみたけど、エラーだったぜ」

「嘘やろ」

 ヘルメットを投げてよこす千景。受け取るとヘルメットをかぶった。マンションの地下に駐車スペースがあって、そこに大型バイクが何台もとまっていた。そのうちの長船のデザインをそのままバイクにしたような大型バイクに乗る。慌てて俺も追いかけた。

 エンジンをふかす音がやけに体に響く。

「んじゃまあ、行くか」

 大型バイクがその声を合図に猛スピードで駐車スペースからとび出した。


 ◇◇◇


「英雄のご帰還だー」

「どの面下げて帰ってきた」

「お前ら反応が真逆である意味ウケるわ」

 教室に入ると、爆竹作り中の前坂と読書中の朝比奈が反応した。なお、千景は早々に帰った。

「ねーねー、あの後どうなったん?」

 前坂が丁寧に爆竹に何かを加えて改造している。

「何作ってるの、お前」

「熊おどし。まあ、クマ相手に使う道具。目の前ですごい音と爆発でクマを驚かすの。知ってる? 爆竹も花火の一種なんだぜ」

「フィリピン爆竹はやべー威力だって聞いたぞ」

 爆竹な時点で出してんの間違ってる気がするんだけど。しかし前坂はくるくると紐を巻き、慣れた手つきで6個も作った。

「実際は?」

「俺が考えた最強の爆竹」

「ぜってー近くで投げるなよ」

 それでも前坂はワクワクしてリュックにしまった。ああ、やっぱり教科書ロッカーか。

「昨日は結局どうなったんだ?」

「自動人形の後、マジ鬼ごっこが始まった」

「あの傀儡さんはー?」

「ソーマ、な」

 指で窓の外を指すと、10秒くらいソーマが姿を現した。

「ほえー」

「不審者か」

 まあ、そうにしか見えないだろうな。

 その後は適当に授業を受けて、放課後になるまで寝てた。思いのほか、ロフトの床がかたかったし、布団の薄さときたらもう。寝るという選択肢しかなかったけど、今更になって思う。千景のベッド奪っておけばよかった。

「……電話?」

 長船に着信があった。普段非通知に出ないはずなのに、思わず出てしまう。

「もしもし?」

『昨日ぶりね、雪村優』

「……確か」

『ル・フェイよ』

 そうだ。俺を雪村友也と呼ぶのはこの女しかいない。

「……それで、何の用だよ」

『話が早くて助かるわ。ヨウ――あなたが千景と呼ぶ男、私たちが確保しているの。もしも助けたいと思うのなら、新宿のサロメという集会所にきてちょうだい』

「俺がそっちに行くまでに千景が無事だっていう保証は?」

『腰が痛い』

「千景!? お前まさか、捕まった時に……」

『いや、ウイリー走行しながらバク転したらバイクから落ちた』

 馬鹿かな?

「いや、いいわ。行く、行けばいいんだろ」

『その答えを待っていたわ』

「よっしゃー! 自動人形の大量破壊だー!」

「よし任せろ。今日は59万円所持している」

『……あなた、もう少しお友達は選んだ方がいいわよ』

 敵に同情された。

 今回はある程度猶予があるから、帰宅して着替えてから朝比奈んちの高級車で向かう予定。

「あら、ゆーくん、どこへ行くの?」

「ちょっと友だちとモンハンしてくる」

「そう。車に気を付けるのよ」

 家を出るとちょうど朝比奈んちの高級車が停まっていた。窓が開き、朝比奈と前坂の顔が見える。

「行くぞ」

「みんな! 丸太は持ったか!」

「普通丸太は持てねえよ」

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傀儡師 冬島れん @shikimi00

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