第4話

「ところでさあ、俺の姉を自称した女の人って誰? 思い当たる節がないし、心当たりが一切ない」

「白い髪の女。美女、ではあったけど」

 記憶を手繰り寄せるように指を頬にあてて思い出そうとする千景。

「眼の色は綺麗なブルーだった気がする」

「俺の眼の色見てどう思う?」

 俺の瞳の色は緑だ。青い瞳の身内はいなかったと思う。

「突然変異だと思った」

「2徹してるだけあるな」

 まともに考えてなさそうな回答だった。

「あ、でも聞かせてほしいことが」

「何?」

「苗字」

「桜井」

「桜井……?」

 千景が立ち止まる。そして不思議そうに俺を見た。

「? どうかした?」

「雪村じゃなくて?」

 雪村? 突然出たその名前に今度は俺が立ち止まる。知り合いに雪村なんて苗字の人間はいない。

「だってお前、……お前は、……」

 何かを言いかけた千景だったけどぴたりと動かなくなり、その眼はただ無機質に俺を映している。

「僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です。僕は笠原千景です」

 機械的に繰り返される言葉。

「ち、千景……?」

 不安になって声をかけると、千景の瞳に光が宿った。

「――。? 急にどうしたよ、優」

 俺の心配など知らずに、千景がびっくりしたように言う。

 今の言葉の羅列は何だったんだ? 雪村のことといい、今の千景の様子といい、よくわからないことばかりだ。

「なんかあったの?」

「ちょっとだけな」

 りん!

 鈴の音が強く響いた。

「ずいぶんと待たせてくれたわね。ヨウ」

 白い髪に青い瞳の美女――。こいつが千景の言っていた“姉”か! 後ろに数体の自動人形を連れている。カナンさんとは違い、俺を道具か何かのように見ている。カナンさんは俺を大切なもののように見ていた。

 おそらく、カナンさんが信じられる自動人形はあの中だとロビンフッドくらいだと思う。カナンさんは自動人形側の人間じゃないけど、何かのために踏みとどまっている気がする。

「ヨウじゃねえって何度言わすんですかね、そちらのお嬢様は」

「ご機嫌麗しゅう、雪村優」

 不機嫌な千景を無視して俺に挨拶する女の人。ん? 今、雪村って言った? すいません、人違いです。

「人違いです」

「いいえ、間違いないわ。あなたに聞きたいことがあるのよ。雪村優くん、一緒に来てもらいたいの。お手間はとらせないわ。後で残りの80万を使いの者が届けるから、ヨウはとっとと帰って下さって結構よ」

 銃ががちゃりとこちらに向けられた。自動人形は銃より素手の方が強いと思うんですけど、あえて武装をすることで強いと思わせているのか?

「……何かいきなり非日常な展開だな」

「ちょっと優、どーする……?」

「……安心しろ。俺はこう見えて中学時代テニス部だった」

「どこまで本気で言ってんの、お前……」

 半分本気だったりする。

 カバンを自動人形の顔めがけてぶつける。無事にカバンを拾ってまた肩掛けカバンにして、武器代わりにした。

「……!?」

 近づいてきた二体目の腹を肘で打ち付ける。がしゃんと腹部から嫌な音がした。壊れてしまったようで動かなくなってしまった。

 あれ? 自動人形ってこんなにヤワだったか? 対自動人形用の銃弾でようやく動きを止めることができる程度だったとニュースで見たけど。

「千景! 逃げるぞ、どっかいい道知ってるか!?」

「アキバも仕事の範囲内だ。任せとけ!」

「……!」

 銃口をこちらに向ける自動人形をすかさず膝蹴りで仕留める。ひょっとして傀儡師だと自覚したから威力が上がった、とか?

「っ……」

「本当に父親そっくりね……! こんなにも手間取らせるなんて……!」

「俺は桜井優だ! 雪村じゃない!」

 忌々しげに言われ、吐き捨てるように言う。そうだよ。俺は桜井優。父親は魁斗、母親はゆき子。どこにも雪村の要素はない。だから、ヨウなんて知らない。本当の父親なんて知らない。

「優、後ろ!!」

 俺に向けられる銃口。無意識に反応する。――壊せ、と。

 それは周囲のものを巻き込んでコンクリートの壁もアスファルトの道路も、玩具のブロックが崩れていくかのように壊れていった。自動人形が地面にぶつかって激しい音を立てて壊れていく。

「え……」

 それが消えて呆然とする。今のは、なんだ? 俺が、やったのか?

「ル・フェイ。ご無事で」

 全身を大きめの上着で隠した自動人形が女を庇っていた。

「ええ。よくやったわ、ワーズワース。……やっぱりあなただったのね、あの日あれをやったのは」

「何……?」

 憎悪に満ちた目で女が睨む。怖くて足がすくむけど、千景がふるえる俺の手を掴んでくれたおかげでその怖さが嘘のように消えていった。

 ワーズワースと呼ばれた自動人形は銃をこちらに向ける。千景が俺の前に立った。

 知らないはずの記憶がよみがえる。俺を抱きしめてくれた人。そして、俺のせいでいなくなった人。あの人のように千景を失いたくないから、俺は声を張り上げる。

「っソーマ!!」

 ソーマが姿を現し、俺と千景を回収してビルからビルへ飛び移った。

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