第3話

「え? 帰れない?」

 そのまま池袋のアニメイトに直行した前坂、立食パーティーに参加するため高級車で帰った朝比奈。今俺に、金を貸してくれるものはいない。

 ソーマはどうしたって? 俺の近くにいるらしいけど、傀儡が持つ“認識阻害”という機能で見えなくなっているらしい。名前を呼べばすぐに出てきてくれる。傀儡師には傀儡のいる場所がわかるらしいけど、俺が未熟なのかよくわからない。たまにソーマが気を遣って、俺があげたキーホルダーの鈴を時折小さい音だけど鳴らしてくれる。

 俺の通信情報端末――通称ケータイは俺のお気に入り、長船シリーズの新型だ。黒いボディに金色のラインが入ったシンプルなデザインだけど、青い飾りがついている。定期券と同期させているから持つ必要はないけど、カバンの中には一応もしものための定期券(カード型)も持っている。

 改札を通ろうと読み取り機に長船をかざせばビーと鳴り、ドアが閉まって俺を拒絶した。これで15回目のエラー。何度も窓口でのやり取りをした意味とは。俺が何をした。

「何らかのバグかエラーで使えないのかと……。直るまでお預かりします」

 結局駅員さんにカード型の定期券を預け、俺は秋葉原の街をぶらつくことにした。俺は学校に財布を持っていくのに抵抗があって、学校にいる間は持ち歩かない。

 今日は秋葉原に行くとわかっていたから、前もってケータイに2000円分をチャージしておいた。学校から直接行ったので財布はない。

 仕方なく、俺は長船の連絡先から自宅に電話する。

『はい、桜井です』

「あ、母さん? 友也だけど」

 電話に出たのは母さんだった。

『あら、ともくん。どうしたの?』

 自動人形やソーマのことは省いて、駅のホームに入れない旨を手短にする。

『それで、帰れないの?』

「おん。明日にはどうにかしてくれると思うんだけど……」

『困ったわねえ。パパも残業で帰れないから、お迎えに行けないわ』

 編集者という仕事は忙しい。作家さんも大変だろうから、文句を言えるわけがない。

「テキトーにビジネスホテル探して泊まることにする」

『気を付けるのよ、ともくん』

 いつもの俺なら寝ずにコンビニで朝まで過ごす決断をしたと思う。けど、傀儡師の方が自動人形に狙われやすいらしいから、隠れるためホテルに泊まることを決めた。

 傀儡だけどソーマだって暑いとか寒いのを感じるはずだ。それにソーマともっと話がしたいし。

「今からホテル探すから切るな」

『ええ、ご飯はちゃんと食べるのよ』

 さすがにいろんなことがありすぎてお腹いっぱいですとは言えなかった。電話を切ると、駅から出る。

「はいはい、じゃあな」

 りん。

 少し強めに鈴が鳴り、ソーマが危険を知らせる。自動人形ではない、と思う。でも何だろう、この感覚……。

「……誰?」

 ケータイをしまって振り返ると、知らん男の人がいた。白茶けた髪の薄い水色の瞳。警戒されないように無理やり笑っているけど正直とても胡散臭い。

「君、友也くんだよネ?」

「そうですけど……」

 秋葉原でもこういう勧誘あるんだなあとか思っていると、相手は少し考えこんでから口を開く。

「お姉さんが探してるよ」

「うちに姉はいません」

「え」

 男の人が固まった。

「で、結局あんた誰っすか?」

「笠原千景です。友也くんのお姉さんを名乗る女性から、君を探すように頼まれてました……」

 目の前の男――千景さんはしゅんとした様子で答えた。

 悪い人じゃないんだろう。たぶん。

「いや、うん。ごめんな」

 ごめんな。泣きそうな顔で俺を見るその顔は――。

「ヨウ……?」

 ヨウに似ていた。似ていると言っても、俺はヨウが誰かを思い出せない。

「へ?」

「あ、いや……、何でもないデス」

「よく言われるよ、ヨウに似てるって。新宿で仕事してると、会う人からよく言われるからさ。毎回これ配ってんのよ」

 渡されたのは一枚の名刺。

【相談事務所・ジャンク屋 笠原千景】。

 名刺のすみっこに描かれた猫のマークが可愛い。

「気軽に千景って呼んでいいよ。俺も友也って呼ぶからさ」

「相談所?」

「ジャンク屋だけだと仕事になんないのよ。んで、何でも屋まがいのこともしてるってわけ」

 名刺入れをしまう千景。いつの間にか、勝手に呼び捨てにしてしまった。すまん。

「あー……それで俺を探していた、と」

「うん。そーなるね。前金で40万もらっちゃったから……」

 もう引くに引けないんだよねと弱々しく笑った。事務所の修繕費にあててしまい、返すことができないらしい。

「後ろに自動人形さえいなければ、前金突き返せたんだけど」

「自動人形連れている時点で怪しくないですか?」

 遠い目をする千景。この目はわかる。父さんも仕事明けの日にそんな目をしていた。

「俺もそう思うよ。2徹目じゃなきゃ断ってた」

 そういえば、と何かに気づく千景。

「ところでこんな時間にどうしたの。俺がいなかったら補導されてたよ。ひょっとして帰るお金がないとか?」

 千景が心配している。そうだよな、もう午後7時じゃん。完全に学生としてアウトだ。ビジネスホテルじゃなくて警察に行き先が変わるところだった。

「そうしたいけど、改札が俺を許さなかった」

「改札?」

 改札のせいである。

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