第2話

 カナンさんはまだ俺を抱きしめている。そこでようやくカナンさんがふるえているのがわかった。

「ごめんなさい。あなたをこんな目に遭わせて……。私ではここにいる自動人形を止める権限しかないの」

「別に気にしてないっすよ。だから前坂爆竹しまえ」

「ちっ」

「舌打ちが聞こえたんですけど。自動人形は人形とほとんど同じ作りなんで火に弱いんですからほんとにやめてください」

「――なら、これはどういうことだ」

 朝比奈が竹刀を構える。その表情は静かに怒っているようだった。

「え」

 振り返ってみれば機能を停止したはずの自動人形が動き出した。カナンさんが俺と自動人形の間に立つ。

「三条の命令よ、止まりなさい」

『人形師による命令変更。■■の確保を最優先。それ以外の命令は無効となります。三条――フィーバリッジの命令は却下されました』

 カナンさんが自動人形に弾かれ、ロビンフッドが受けとめた。

「やめて――!!」

 自動人形が俺を捕まえようと手から何本ものケーブルを伸ばす。それはまるで生き物のように、俺を“捕まえる”ためだけに動いているようだった。

 カナンさんの声も、朝比奈の竹刀も、届かない。

 ふざけるな。

 頭の中でそんな言葉が浮かんだ。大体何で俺が狙われなくちゃならないんだ。俺は何も知らない。自分が誰かもわからなくなってしまった。

 そんな俺に、内側から声が聞こえてきた。

 こ わ せ 、と。

「……はは、ふざけんな」

 そんなことをつぶやいた俺と自動人形の間に割って入った人影。顔は布におおわれ見えない。鞘すらない刀で自動人形を切り裂いていく。

「――消えろ」

 無機質な声が響いた。

「誰だあんた」

「……ソーマ」

 カナンさんがつぶやいた名前に心当たりはない。その人物は白い民族衣装で華麗に舞い、自動人形を刀で次々に壊していく。

 顔は隠れていて全体はわからないけど、布の隙間から赤い瞳が見えた。

「あなたがいるということは、彼もここにいるの?」

「もういない。ただ命令でもなく、俺自身の意思でこうしている」

「――そう。あなたは心を得たのね」

 安心したように、カナンさんは胸をなでおろした。

「友也、安心して。このソーマは傀儡なの」

「どこに安心できる要素が」

 自動人形と変わりないように思えるのですが。

「傀儡は自動人形を壊すために、人形師が作ったもの。今の自動人形を作っているのはシオンではないの」

「シオンじゃない……?」

 じゃあ、今ここで前坂が爆竹をここぞとばかりにぶん投げて可哀想なことになっている自動人形は誰が作ったっていうんだ?

「シオンは眠っている。誰かがシオンから切り離されたドールシステムを使って、自動人形を作っている。人形師はそれを知り、自動人形と同じ作りでありながらシオンシステムに一切干渉されない自動人形――傀儡を作った。傀儡は傀儡師とリンクするようになっている」

「へー、何で友也じゃないとといけないの?」

 前坂てめえ何食ってんだ。

「友也が傀儡師だからよ」

 カナンさんが口を開く。

「ソーマが言った通り、傀儡は傀儡師にしか扱えないの。ただの人間に、自動人形は完全に壊すことはできない。仮に壊せたとしても、自動人形は自己修復する。傀儡がドールシステムとのリンクを切って、そしてようやく自己修復プログラム自体を無効にして完全に壊すことが出来る」

 でもここで疑問がわく。父さんは翻訳家で、母さんは主婦。どこにも傀儡が絡む要素はない。

「でもうちの両親フツーの人ですよ? 傀儡師なんて聞いたこと……」

「それは――」

「カナン様」

 言いかけたところで、これまで黙っていたロビンフッドがカナンさんに声をかける。懐中時計を軽く指でたたいた。

「もう時間です。そろそろあいつに気づかれますよ」

「……そうね。今日は会えてよかった」

 カナンさんは寂しそうに俺から離れ、ロビンフッドに抱えられる。

「私は逃げることが出来なかったけど、どうかあなたは彼のようにならないで」

 彼? 彼って誰だ?

 ロビンフッドたちの姿が見えなくなると、俺たち高校生組とソーマが残された。

「どうする? 友也」

「とにかく千葉に帰りたい。帰ろう。帰る」

「とんでもなくホームシックで草」

 今日は人生で一番最悪な日だと思った。

「ソーマはどうするの?」

 顔をおおっていた布をしゅるりと外す。色素の薄い金髪、切れ長の赤い瞳。落ち着いた印象の美形で整った顔立ちをしている。

「よければ友也についていきたい」

「えっ」

「傀儡ソーマ。お前と共に、自動人形と戦おう」

「……自動人形ってさ」

 ふと思ったことを口にする。

「自動人形を作った人は、人間が憎くて自動人形を作ったのかな」

「いや」

 ソーマが否定する。自動人形を作った人のことをソーマは知っているのかもしれない。もしかしてソーマは長生きしているのかも。

「奴は人間というものを知りたいんだ。自分には心があるのか。俺もそうだった。俺が壊れるたびに泣く理由がわからなかった。人間になればわかるのかと何度も思考した。しかし――」

 ソーマが俺を見る。その表情は人形のはずなのに、優しく微笑んでいるように見えた。その顔にどこか懐かしさを感じる。

「お前が俺に心をくれた。それが俺と奴の違いだ」

 正直、傀儡師だとか傀儡だとかはよくわからない。

 傀儡師としての力にも目覚めてないわけだし。

「信じるよ、ソーマのこと」

 それでも目の前のソーマを信じよう。傀儡師云々は置いておいて。

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