傀儡師
冬島れん
第1話
今日は一体何なんだ?
俺は自動人形に追いかけられている。
「だーっ! しつこい! いつまで追いかけてくるんだよ!」
「途中で二手にわかれるか」
「じゃあ俺、東アジアね!」
最悪なことに自動人形は、ボンボンの朝比奈、ただのアホ前坂と帰っているところを狙ってきた。しかも見知らぬ秋葉原という土地で、不利な鬼ごっこだ。あー、わざわざ声優に会える映画のチケットで来たっていうのに! こんなことになるんなら、坂本あたりに売っておけばよかった!
朝比奈は剣道部の主戦力、竹刀袋から竹刀を取り出そうとしている。前坂は爆竹に火をつけようとマッチ箱をポケットから出していた。なんであるんだよ爆竹。
『■■の捕獲』
捕獲な時点で嫌な予感しかしない。
俺たちが自動人形と呼ぶものは、人形のようなものだ。それが思考して命令通りに動くんだから始末が悪い。無機質な声が発せられるたび、寒気で動きが鈍くなる。
今から60年前、とある研究所で歩く少年型戦略兵器、通称シオンがつくられた。日本の防衛システムを担うはずだったシオンは暴走。三雲島周辺を消滅させる。その後、本人の意思で兵器システムと切り離され、水底で朽ちるまで半永久的に眠ることを選んだ。
その兵器システムの中に防御機構と自動人形部隊がある。自動人形部隊はシオンが眠りについたはずなのに、今でも止まることなく動き続けている。未だにどこかで作られているっていうウワサもあるくらいだ。
「誰が捕まるかバーカ!」
道路に落ちていた小石を自動人形に向けて投げるも、小石は自動人形に当たらなかった。
「お前、それでもバスケ部か?」
「入って2か月で辞めたわ!」
「初ゴールがオウンゴールだったもんなあ」
バスケ部だった時のことは正直忘れたい。その記憶を誰もが忘れていればいいのに。後にも先にも俺がバスケで得点を決めたのはそのゴールだけだった。
前坂が爆竹に火をつけて自動人形めがけてぶん投げた。
「自動人形って何でできてるの?」
「人形なこと以外わからん」
「どうでもいい。が――」
無情にも燃える自動人形。爆竹ってそんなに燃える道具だっけ?
それでも自動人形は数を減らすことなく俺たちを追い続ける。その自動人形の群れを朝比奈が不快げに睨んだ。
「――あまり僕を怒らせるなよ」
朝比奈のまわりにはスクラップになった自動人形が4体倒れていた。流石、剣道部の主戦力。前坂はうきうきした様子で爆竹を投げている。なお、前坂は美術部である。
自動人形の大群をかき分けて緑の外套の男がこちらにやってきた。人間の標準体型より細いその体。確かにしっかりと眼で見ればこの男も自動人形だということに気が付いた。
「優クン、ですよね? 悪いけど、俺についてきてくれませんかね? 大丈夫です、すぐ終わるんで……」
「ほいっと」
俺の返事も待たず、前坂が爆竹を投げる。
「いや、ちょっと話……嘘っ!?」
前坂の恐ろしさは爆竹じゃない。その行動力だ。後先考えずに繰り出す攻撃とそれを可能にする身体能力。そして――、何も考えていない! それが前坂健太という生き物だ。
「前坂健太! 趣味はパンケーキ!」
「いや、聞いてないんだけど!?」
テレパシーの使える同級生曰く、あいつの思考は「カツ丼に隠れた」と言っていた。つまりはまあ、俺たち凡人には理解できない世界で生きているんだろう。それなのに、期末テストの順位が20位なのには納得がいかない。
「自動人形って同じワードしか言わないと思ってた」
「自動人形って量産型だと思ってた」
「うん、まあそーなんすけど、自己紹介させてもらえません?」
「すればいいのにー。人見知りかよ」
「前坂、いつまで爆竹を投げている?」
しれっと爆竹を投げながら言う前坂と竹刀をしまう朝比奈。今も会話をしながらひたすらに爆竹を投げている。お前のリュックの中には爆竹しか入ってないのか。
「ちょっと待って。投げながら在庫確認するから」
「在庫」
リュックの中は爆竹でぎっちりつまっていた。100円ライターも入っていた。こいつ……、さすがクラスで“最強のアホ”と呼ばれる男。頭の中が異次元だ。
「教科書は?」
「家!」
持ってきてすらいなかった。
「ロビンフッドと申します。……あの、爆発させんのそろそろやめてもらえませんかね?」
そう言われても、俺や朝比奈じゃ本気を出さないと止められないし、前坂を止めるのも面倒なんだよなあ。朝比奈がカバンから何かを取り出した。
「前坂、高級メロンパンだぞ」
「朝比奈大好き!」
「くたばれ」
すごい勢いでメロンパンに食いつく。緑の外套の自動人形――ロビンフッドはほっとした様子で服を整えた。
「いよっしゃあ!」
「何故嬉々として爆竹を出すのか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
ロビンフッドが慌てて武器をおろした。よく見れば、まわりの自動人形は機能を停止している。ロビンフッドが特別製なのか、あるいは対象に含まれていないのか、ロビンフッドは普通にしている。
ロビンフッドが後ろに目を配り、そしてため息をついた。
「カナン様、何してんですか。せっかくあいつと会わないですむように気を遣ったっていうのに。あんたをここまで怪我一つ負わせずに、ここまで連れてきたの俺ですよ」
「ロビンフッド! あなたもう少しデリカシーっていうものがないのかしら!」
ロビンフッドの言葉に、黒髪の美しい女性が物陰から出てきた。ドレスは青いのに、顔は真っ赤になっている。
「わ、私だって、挨拶くらいできるわよ! それなのに、まるで私にコミュニケーション能力がないような言い方をして! 私は……」
「あーはいはい。文句なら後でいくらでもお聞きしますよ」
そのやり取りを見て、前坂が爆竹を持ってわくわくしている。そのわくわくと爆竹は置いていけ。
漫才かと思うテンポのいい会話が続き、それから女性がようやく落ち着こうと呼吸を正す。
「優……」
ロビンフッドを押しのけて、女性――カナンさんが今にも泣きそうな声で俺の名前を呼んだ。でも、どこかで聞いたことのあるような声だ。
どこで聞いたことがあったんだっけ。
「私が考えた名前、つけてくれたのね。こんなに大きく育って……」
カナンさんは俺の前に立ち、ついに泣き出してしまった。優しく抱きしめられ、困惑する俺。すごい早口の方言で何言ってるかわからないけど怒鳴りロビンフッドに抑えられている朝比奈。涼しい顔して朝比奈を抑えるロビンフッド。爆竹と100円ライター片手に何かを待っている前坂。前坂だけいつも通りじゃねーか。
「私はカナン。あなたに会えて本当によかった……」
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