8
次の瞬間、ギルの肩を踏み台にするようにして、ククの
空中で高速回転した後、クーペのボンネット上に三点着地する。
衝撃でボンネットが大きく陥没し、ヘッドライトが消失した。
「竜牙兵……まだ動けたのですか」
コウガがうめくようにつぶやいて、数歩後ずさった。
「ギル、この躯体を黙らせてください」
コウガに言われ、ギルはおもむろにフードをめくる。黒髪をかきあげて束ねると、その美麗な面差しが露になった。
「話が違うぞ、顧問! ククはまだ動いてるじゃねえか、だったら回収される筋合いもねえ!」
俺は上半身だけを起こして叫んだ。
「誤差のようなものでしょう。そもそも竜牙兵が三年以上も稼働すること自体が稀ですしね」
傘の陰からコウガが言う。
「それだけ竜玉にエネルギーが残っているということにもなる。このまま私達の方で回収しますよ、メイドアンドロイドとして浪費し続けるよりその方が有益というものです」
結局、目当ては竜玉か。この男、やはりロングマン家と関係のない動きをしている。
そこでギルが初めて口を利いた。
「かの
「幸いこの付近は人通りの無い倉庫街です。多少は目をつぶりましょう。ですが後で誤魔化せるくらいには控えめにお願いしますよ。何、活動限界直前の躯体です、あなたの敵ではないはず」
「……」
ギルはコートの下から両腕を出した。手元から伸びているのは強化外骨格のトリガーだ。
ギルを視界に捉えたまま、ククはゆるりと身構えた。
「三年ぶりか、うまく動けるかな」
そのククの背中に、俺は呼びかけた。
「クク待て、無茶をするんじゃねえ! そこにいるギルは、竜人だ!」
「分かるよ、ククは竜牙兵だもん。まさかこんな街中で竜骨を装着しているなんてね、物騒なのがいるもんだなあ」
「いいからとっととここから逃げろ! 連中の目的はお前だ!」
ククはわずかにこちらを振り返った。
「大丈夫だよ、ユーリ。応援してあげるって、言ったよね」
「……ッ?」
ギルが竜骨のトリガーを握り込むと、外骨格全体に幾筋もの赤い光が走った。
巨大な獣の咆哮に似た、凄まじい起動音が周囲の雨粒を震わせる。
竜骨が展開し、肉食恐竜の化石のような形状でギルの全身を包み込んだ。
竜骨の熱で、雨が赤い蒸気となって渦を巻く。
ククはゆるやかに両腕を胸の前で交差させた。その仕草は、メイドから竜牙兵に戻るための規定プロセスだ。
「対竜人戦闘行動シークエンス実行。発動――」
「やめろ、クク!」
「コード・
彼女の全身が、燃え上がるような青い光に包まれる。
眉間にあるククのセンサーがひときわ青い輝きを放っていた。
竜人の力を利用して生み出された対竜人兵器。
人類の守護者として侵略者を排除するはずだった竜牙兵の戦闘形態には、どこか神々しいものが感じられた。
先に動いたのはギルだった。
地を蹴った瞬間に道の舗装が剥がれ、同時にククの目の前に肉薄している。
竜骨の腕が赤い光を帯びた刃となり、ククへと
ククはそれを両掌で次々に受け流し、逆に踏み込んで青い光をまとう掌打をギルへ打ち込んでいく。
互いの攻撃は、至近距離で
逸れた攻撃は周囲の地面や倉庫の壁を抉っていく。
俺は全身が雨に濡れるのも忘れ、二人の動きに目を奪われていた。
これが竜牙兵と竜人の戦闘か。
竜牙兵が投入される戦線に、人の兵士が配置されることはなかった。巻き込まれたら危険だからだ。
鋭い直線的な攻撃を放つギルを、円を描くように滑らかな動きで制するクク。
眉間と両目を青く輝かせているククの口元から、蒸気が噴き上がる。
俺は、泣きそうになりながらその様子をただ見つめている。
もうやめろ。やめてくれ。
自分を使い潰そうとするな。
戦争は終わったはずじゃないのか。
お前はもう兵器ではなくてメイドなんだろう。
「クク……!」
その時、ギルの竜骨が伸びてコウガのクーペを掴んだ。
軽々と持ち上げると、力任せにククへと投げつけた。
ククは飛来する車の下に滑り込んでいる。
下から車軸を掴むと、投げ付けられた勢いを乗せて回転し、さらに遠心力をつけてギルへと投げ返した。
虚を突かれたのはギルの方だったらしい。
直撃を受け、車ごと道の反対側へと吹き飛び、闇夜の中爆炎に包まれた。
「……」
傘を差すコウガは苦々しい表情で、その炎を見ている。その表情の理由は、自分のクーペが全壊してしまったことか。あるいはククとギルの戦闘の規模が次第に大きくなっていっていることか。
ククは深呼吸をするように大きく両腕を回すと、緩やかに構えを解いた。
「……これで、しばらくは時間が稼げるね」
と、彼女は俺の方を向く。
「時間……何の時間だ?」
「もちろん、きみがもう一度立ち上がるための時間だよ」
俺は歩み寄るククを黙って見上げる。
「ユーリは〈ドラゴンゲート〉を闘うんでしょう? そのためにはまず、立ち上がらなきゃ――」
ククは俺の前にしゃがみ、濡れた前髪を指でどけた。
「その竜骨を使ってね」
「お前……」
ククは人差し指で自分の喉元に何かの図形を描いた。
彼女の喉に空間が広がり、そこに青く輝く球体が納まっているのが見える。
「ククの竜玉を、ユーリに
俺は一度口を引き結び、開いた。
「……気付いて、いやがったか」
ククは白い歯を見せて笑う。
「何年ユーリのメイドをやってたと思っているの。考えてることなんてすぐ分かるんだから」
俺は吊られるように笑みを浮かべた。
威張るほどか、たかだか三年だろうに。
「必ず、俺は〈ドラゴンゲート〉を勝ち抜く。そしてこの竜玉のエネルギーを復活させてお前に返す……必ずだ」
「ユーリは変わってるね。竜牙兵をここまで大事にする人なんて普通いないよ?」
ククは俺の手を取り、自分の喉元へ近付けた。
「変わっていようが、普通と違っていようが、それが俺だ」
「うん。そうだね、嬉しいよ。ユーリならやり遂げると信じてる」
「……待っててくれるか」
俺はククの竜玉を握り締めた。やけどしそうな熱を感じる。雨に濡れた指先から湯気があがった。
「へへ、余裕。こっちは意識を失うんだから、体感的にはすぐだよ。頑張って来てね」
「ああ」
「朝ごはん、しっかり食べてね」
「分かってる」
「髪もちゃんとブロウしてね。身だしなみを整えないと、せっかくの美人なんだから」
「分かってるよ」
「ええとね、うん。それじゃあ……へへ」
俺の手を握るククの手に力がこもる。
「またね!」
ククが竜玉を掴む俺の手を引くと同時に、青い閃光が視界を奪った。
彼女の躯体はその場に倒れ伏し、俺の手の中には青く光る竜玉が残っている。
「……」
俺は鼓動のように明滅する竜玉を見つめた。
雨音が耳を覆う。
頭上に稲光が
つづく
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