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「……」
俺の言葉を予期してか、イゴールは無言でその禿げ頭を指でかいている。
「イゴール、械骨の開発に関わっていたお前なら竜骨の構造にも詳しいはずだ。こいつを動くようにメンテナンスしてくれればいい」
ややあって、イゴールはため息交じりに首を振った。
「……なら強化外骨格の専門家として言わせてもらうがな。これは、ただの車椅子だ」
「俺の車椅子は、
気負いこむ俺の口調とは反対に、イゴールは冷めた言葉を返す。
「そうだな。竜骨のフレームは素材が桁外れに丈夫だから、手を加えたくてもできない。使い勝手が悪いだけに安く手に入るんだが、まあそれだけだ」
と、彼は車椅子の背もたれに手を置いた。
「これは頑丈で重くて座り心地の悪い、ちょっと安価なリサイクル品さ。強化外骨格として使える訳じゃない。それにあんただって分かってるんだろ――そもそも肝心の“竜玉”が抜かれてる。いくらメンテナンスしたところで、動く訳がないんだよ」
竜玉とは、竜骨のいわばエネルギーコアだ。
竜人にしか扱えない竜骨そのものと違って、竜玉は良質な動力源として人類にも活用することが可能だった。
鹵獲した竜骨からは竜玉だけが抜き出され、残ったフレームがジャンク素材として処分されるのが常だ。俺の使っている車椅子はそうして流れてきた竜骨が利用されているということだ。
「仮に竜玉が残っていたとしてもだ――」
イゴールは俺の顔を指差して続けた。
「人間の力で、竜骨を動かすことなんかできっこない。分かり切ったことだ」
「だから、こうして身体を鍛えてる」
「無理なんだよ。あんたがいくら鍛えたからって、所詮、人間は竜人の身体能力には及ばない。人間に竜骨は使えないんだ。まして――あえて言うが――あんたは両脚もまともに動かせないんだぞ」
「……」
「なあ、突飛なことを考えず、ちゃんとしたリハビリをやったらどうなんだ。いずれは械骨も実用化されて――」
「いずれ、じゃダメだ」
思わず苛立った声でイゴールの言葉を遮る。
「俺には時間が残されてねえんだよ」
俺の視線は、自然とジムの休憩スペースに向いた。
ククがひとり、そこで眠りこけている。
どうせ寝るなら車の中でも一緒だろうと思うが、ジムのほどよい喧騒が寝つきにいいのだと本人はもっともらしく語っていた。
俺の視線を追ったイゴールが、ぽつりともらす。
「……終戦から、もう三年か」
「最近は起きてる時間より寝てる時間の方が長い」
ククの姿を眺めながら、俺もつぶやくように返した。
「……長持ちしてる方だよ。竜牙兵に保証されている活動時間は本来なら三ヶ月だからな」
人型兵器・竜牙兵は、竜骨から分離された竜玉を人工
ただし竜玉を利用することはできても生み出す技術をもたない人類にとって、竜牙兵はあくまで兵器であり、消耗品だった。
竜玉のエネルギーが尽きれば竜牙兵の機能も停止する。
それは竜牙兵が設計された時から決まっていたことだ。
「戦闘行為でなくメイドとして活動していたから多少はエネルギーを温存できただろうが、それでも多くは一年かそこらで動かなくなった。大切に扱ってきたんだな、ユーリ」
「ふん。大切も何も、ああしてろくに動かねえんだよ。メイドが聞いて呆れる」
俺はタオルで顔面の汗を拭う。
「だがもう慣れちまった。俺みたいな傷痍軍人にとって、一度慣れたもんを手放すのはかなり面倒な話だ」
「……すべての竜牙兵は、いずれ動かなくなる。そうやって戦争が過去になっていくんだ」
「そんなことは分かってる」
ククに搭載されている竜玉のエネルギー供給は、もうじき止まる。
竜玉の寿命が尽きる前に何とかしなくては、俺はそのままククを喪うことになるのだ。
「分かってるんだよ」
人類は、竜人との戦争に敗北した。
その事実を頭で理解できていても、俺はいまだに実感として受け止めることができないでいるらしい。
怪我で意識を失っている間に終戦を迎えたからだろうか。
俺の戦争は終わり切れていないのかも知れない。
心のどこかで、まだ竜人と戦っている。
竜人は、俺から家族を奪った。街を奪った。国を奪った。
両脚を奪った。
これ以上、何も奪われたくはない。
「竜牙兵が動かなくなるのは、そもそも竜玉が竜人の技術だからだ。竜人なら、劣化した竜玉を回復させる術を知っているに違いねえ」
「それはそうだが……竜人がそんな技術提供を認めるはずがないだろう。竜玉は簡単に兵器へと転用できる代物だ。竜牙兵の民間払い下げ自体、禁止されなかったのが不思議なくらいだぞ」
「……いいや、認めさせてやるさ」
俺は、そう言ってジムの壁に貼ってある一枚のポスターを真っ直ぐに指差した。
今朝、アクシアを送り届けた場所にそびえていた塔――竜門の完成を予告するものだ。
竜門のグランドオープンを記念して開催されるイベントがそこに大きく告知されている。
その名は〈ドラゴンゲート〉。
開催地の塔と同じ意味をもつ。
戦後復興を後押しするため、竜人が主宰する一大イベントだ。
参加者以外を傷つけないこと・会場を破壊しないこと以外に禁止行為が存在しないという究極の闘技大会だった。
ただひたすらに自分以外の参加者を打ちのめし、最後のひとりとして塔の最上階に立っていればいいという、乱暴かつ単純なルールのバトルロイヤル。
「まさか……あんたが、アレに出るっていうのか」
「参加者に制限はねえからな。〈ドラゴンゲート〉を勝ち抜いた者は賞金のほかに何でもひとつ、望みのものを手にすることができる――ふん、報酬にすら竜人らしい
俺は小さく笑った。
だがきっと、竜人の高い技術力がその傲慢を裏打ちする。連中ならば、人間のどんな願いも叶えてしまうのだ。
そうでなくては、困る。
「連中にとってはククの竜玉の回復させるくらい、
「……」
イゴールは絶句していたが、やがて息継ぎをするように口を開いた。
「そのための……強化外骨格だって言うのか」
「〈ドラゴンゲート〉の開催は三ヶ月後だ。それまでに何とかしたい」
「バカなこと考えるな。死ぬ気か」
「どうってことはねえ。竜人に吹き飛ばされた基地で、俺は一度死んだようなもんだ」
「そういうことじゃない。ユーリ。気持ちは分かるが、
イゴールは眠ったままのククを指差した。
「いいか、元人型兵器――
「……」
イゴールの言うことは、別に間違っていない。
人型兵器に執着する俺は、少しおかしいのかも知れないと、自分でも思う。
カウンセリングを受けたことは無いが、両脚の自由が利かない無力感が呼び起こす過剰な依存――とでも分析されれば納得もする。
それでも、俺の本心が告げているのだ。
ククを喪いたくはない、と。
「文句あるか――」
汗が冷えてきた。
俺は車椅子に腰を移動させて、イゴールに背を向ける。
そして別のマシンに向けてゆっくりとリムを押した。
「もちろん、そのつもりだ」
つづく
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