第5話 懸命の救助活動、遺族の悲しみとその後
紫雲丸の事故を知った海上保安庁や海上自衛隊は現場に急行、救助作業や遺体収容作業を始めた。
死者168名のうち100名が年端も行かぬ修学旅行の子供たちだったこともあって現場の惨状は凄惨なものであったという。
救助作業に当たった人の中にはその光景が目に焼き付いて離れず、後年になってもそれについて語るのを拒んだ人がいたくらいだ。
助かった子供たちは高松市の小学校の校庭に集められていたが、毛布にくるまる子供たちは大半が男の子で、女の子の姿が極端に少なかった。
これは死んだ子供100名のうち81名が女子生徒だったためである。
その日の夕方、宇高連絡船を運航する国鉄の労働会館に設置された遺体安置所でラジオにより事故を知って飛んできた親と変わり果てた我が子との悲しみの対面が行われ、会館中が慟哭の声で満ちた。
広島県木江町立南小学校六年生の沖原節美の母とみよ(40歳)は戦争で主人が戦死したため女手一つで日雇い労働をしていた。
余裕がない中で費用を工面して行かせた修学旅行で命を落とした娘の遺体を見るなりお棺にしがみつき「かわいそうにかわいそうに」とつぶやき、冷たくなった頭を撫ぜながら「節美、節美」と繰り返していた。
山本ノブ子(18歳)は同じく木江町立南小学校に通う妹のサカエを亡くしていた。
すでに働いていたノブ子は新しい洋服を持ってきており「死化粧やわ」と力なくつぶやき、「お腹の中にラジオがあるみたいに、いつもようしゃべる子やったわ」と語ると泣き崩れた。
まだ船内にあり、揚がっていない死体もあった。
愛媛県三芳町立庄内小学校の長井タケミの父長井亀一は事故のあった海域へ船で向かっていた。
波の底にはうす白い紫雲丸が見える。
「ああ、あの中にタケミもいてくれればよいが、いやいる。いてく
れるに決まっている。ここから声限り呼んでやろう」と思い、声を
限りに呼んだ。
「タケミ。父さん迎えに来とるぞ。早くあがって来い。タケミ!」
そしてその後潜水夫によって収容された死体を載せた遺体搬送船で愛娘タケミの死体と対面、死体を抱きしめ人目を構わず泣いた。
17日になって発見された死体もあった。
庄内小学校の志賀重子の遺体は偶然にも地元の漁船の網にかかり発見された。
父の志賀信一によると、皆様にご迷惑をおかけしては忍びないと決心して、17日夕方の列車で帰る段取りだったという。
かねて用意の香花や重子の好物であった果物、菓子などの供物を海に投げて涙とともに霊に別れを告げて高松にひきあげたところ「重子さんがあがった」という知らせを受け、長男や親類の者に見守られて帰ってきた時、思わず「重ちゃんえらかった。よく帰ってきてくれた」と亡き子が生き返ったようにうれしく遺体を抱えて泣き伏した。
なお、この紫雲丸事故の報に接した当時の昭和天皇は事故の犠牲者及び被災者へ向けて金一封を特別に下賜している。
事故のあった1955年(昭和30年)から神戸海難審判庁で紫雲丸沈没事故の海難審判が始まり、1956年(昭和31年)1月に裁決の言渡しが行われたが、裁決に対し不服があるとして1960年(昭和35年)6月から高等海難審判庁で第2審が開廷され、8月に裁決言渡しが行われた。
裁決の要旨は『本件衝突は、紫雲丸一等運転士兼船長の中村正雄及び、第三宇高丸船長三宅実の運航に関する各職務上の過失に起因して発生したものである』であった。
主な原因は紫雲丸の航行に起因する点が多かったとされるが、船長が死亡しているため、そのような航行を行った理由については結局は明確に解明できず、推定の域を出るものではなかった。
中でも最大の原因は直前の左反転であったが、これについては、謎のまま残された。
直前のレーダーで指針の僅かに右側へ第三宇高丸が確認されたのが理由ではないかと推定されている。
当然のことながら事故後、大惨事を招いたとして国鉄は社会的に厳しい批判にさらされた。
国鉄は連絡船の船体構造の全面的な見直しが実施され、衝突でバランスを崩した客車の重みで船が沈んだために、従来行われてきた連絡船による客車の航送が完全に中止された。
また、宇高航路において上下航路の完全分離も実施される。
そして海上保安部による停船勧告基準が厳しくなり、宇高連絡船は一切人身事故を起こすことはなかった。
しかし、初夏から梅雨にかけての濃霧でたびたび停船勧告が出されるようになったことが輸送上の障害となったため、1988年に開通することになる瀬戸大橋の建設機運が高まることになった。
1955年・紫雲丸事故~瀬戸内海に飲み込まれた100名の幼き命~ 44年の童貞地獄 @komaetarou
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