去り留まる恋(3)

 「ヴィクター、君もコロンビア大学に移ると聞いたが」

「はい、コンクリン博士。モーガン博士が始めるショウジョウバエの研究に誘ってもらえたので。私は眼が良いので、小さなハエの実験に打ってつけだ、手伝ってほしいと声をかけていただきました」

「ショウジョウバエの研究か」

コンクリン博士は嘆息する。


 「トムのあの引力は何なんだろうな。研究と教育、家族以外のことは呆れるほど無関心で、それを隠さない。身なりに無頓着な上に出無精で、大学とウッズホール以外に外出するのを極端に面倒くさがる」

全くもってその通り、的確な人物評にヴィクターは苦笑するしかない。

師、トーマス・ハント・モーガンは背が高く、はっとするほど輝く青い目を持ち、男性的な活力に溢れていて、疑いもなく多くの女性を惹きつけた。ところが異性からの関心も、だらしない服装に対する彼女たちの失望も、等しく彼にとってはどうでもいいことだった。


 「まあ彼の超然ぶりも理由のないことではないが。君も彼の伯父、『南部の雷』の話は知っているだろう?」

「ええ、話としては」

「ジョン・ハント・モーガン将軍は敗者でありながら英雄だ。南北戦争後の急激な社会の変化から取り残された南軍の人々にとって、彼の名前は古き良き時代の象徴、大いなる慰めだ。彼らを責めるのは酷だが、トムの両親、弟妹の人生は故郷の人々の慕情に終始振り回された。だからトムが研究の虫になって、ケンタッキーから離れ、社交界と没交渉な人生を選んだことも驚くには当たらない」


 「皮肉な事に、領域はかけ離れていても、人を魅了する伯父の資質を一番受け継いだのはトムのように思える。彼の周りには優秀な人間が次々集まってきて、彼を助け支える。そして皆彼から何かを受け取り、独りでに育っていく。リリアン夫人も、親友のウィルソンも、君たち弟子も。ヴィクター、君もウッズホールを最初に訪れた時から随分印象が変わった」

「モーガン博士だけではないのですが……。ウッズホールでの出会いは私に多くのことを教えてくれました」

ヴィクターは遠い日を懐かしむような眼差しをモーガン博士の旧友に返した。

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ウッズホールで花に出会う 楢原由紀子 @ynarahara

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