去り留まる恋(2)

 ヴィクターは祖母の葬儀を終え、父の妹に当たる叔母と共に祖父の遺した屋敷へ向かった。

近々家族と移り住むつもりで、その前に祖父母の遺品をいくらか整理する心積もりだった。

叔母が涙ぐみながら、懐かしそうに様々な小物や衣類を手にとっては仕分けていく傍らで、極力さり気なく尋ねる。

「祖母の知人で『エドガ―』という人をご存知ですか?」

叔母の手が一瞬止まった。こくり、と小さく喉が鳴る音がする。


 「母が亡くなる前にその名を口にしたのね?」

「ええ」

「母の初恋の人、だと思うわ。詳しくは知らないけど。若くして亡くなったみたい」

「誤解しないでね、母はあなたのお祖父様、私たちの父を、ちゃんと大切に思ってたのよ。そして自分の子どもや孫、肉親を愛していたわ。ただね、初恋の彼だけでなく、母親と長男夫婦、親戚や友達、大事な人を南北戦争や病気で次々と失ってしまって、何十年もずっと責任ある女主人をー大人、妻、母、祖母の役目をー果たし続けてきたから……余計に少女の頃の初恋が忘れられなかったんじゃないかしら」


 「何となく分かります。今が不幸な訳ではない、共に生活する家族を充分愛している。ただ……忘れられない。若き日の面影が。そういう人が祖母にもいたということでしょう」

「あら。ヴィクター、あなた暫く会わない内に随分感じが変わったわね?」

「それなりに年を取りましたから」

「甥っ子のあなたに言われちゃ私の立つ瀬がないわ」

叔母は白髪に軽く掌を触れながら、苦笑する。


ヴィクターは叔母が並べる宝飾品の数々を眺めた。祖母が身に着けているところをついぞ見たことがない。恐らく南北戦争より前の時代のものだろう、古風な細工だ。

葬儀で初めて顔を合わせた親戚知人から、若い頃の祖母は輝く豊かな金髪に緑の瞳、軽やかなダンスで、妖精のようだと称えられていたことを聞かされた。


 ーー祖母も、そしてこの叔母も、たおやかな少女だった頃があったのだ。夢見る時は瞬く間に過ぎ、護られる女の子を忘れると思い定め、求められる役割を己に課し、生き続けた。

若き日の恋を内に秘め。付けることなく、ただただ大切に仕舞われた宝石のように。

お祖母様。同じ瞳の色を受け継いだ女性。

あんなに近くに居たのに、僕は貴女を何も知らなかった。

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