ニューイングランドの若者、敷島の乙女

 1891年夏、ウッズホール。

明るい陽射しの中、若者たちが笑いさざめきながら海岸へ向かって歩いていた。男女とも帽子に短めの丈の服を身に着け、野外活動用の格好をしている。


 「なんでウッズホールはこんなに色んな種類の生き物がいるんだろうな」

「メキシコ湾の温水とメイン湾の冷水がぶつかる所だからさ。餌になる小さい生物が多いから、それを追う大きい魚や海生生物も集まってくる。……急にずいぶん人が増えたな?」

片眉を上げ訝し気に呟いたのは、金の髪に緑の瞳、端正な面立ちと均整の取れた体つきの長身の若者だった。シャツとズボンも上質な生地で、出自の良さが窺われる。

恵まれた容姿に集まる周囲の視線に、またかと言わんばかり煩わしそうに顔を顰めていた。

「おいおい、何言ってんだ、ヴィクター。伝えられたじゃないか、今週から合同野外実習だって。ブリンマー・カレッジの女性達だよ。華やかでいいじゃないか」

「華やか、ねえ……ヒトデやウミグモ、カエルの研究だぞ?」


 「ん⁉東洋人の女の子がいるのか?」

「ああ、ミス・ツダのことか。俺もびっくりしたけど、彼女年上だぞ、子どもじゃない。幼少期アメリカで育って、英語は母国語同然だ。意思疎通には困らない。何でも日本の女子学校で教えるために、勉強に来ているらしい」

「アル、いつ知ったんだ、そんな情報。唖然とするくらい早耳だな。だとしても、女子の学校に海生生物の勉強が要るのか?」

「お前今日妙に突っかかるな。なんか嫌な事でもあったのか?」

「別に。女は面倒くさいんだ。これから実習でしばらく一緒だと思うと憂鬱だな」

「一度でいいからそんな台詞を吐いてみたいよ」

アルと呼ばれた冴えない外見の友人は鬱屈を紛らわせるように軽い口調で返す。


 ヴィクター・ブリッジスは視線を感じ、顔を動かした。

黒い髪、黒い瞳、小柄な体躯。話題のミス・ツダがこちらをじっと見ていた。

表情は読み取れない。ただその視線の何かが彼を居心地悪くさせた。



 「ミス・ツダ!君のレポートは実にいい!!ブリンマーに残って研究を続け、博士号を取ることを考えてはどうかね?」

黒に近い暗褐色の髪、広い額、空のように青く、生き生きと輝く瞳。濃い髭のために年長に見えるが、実際はまだ二十代半ばのトーマス・モーガン博士はケンタッキー訛りが混じる歯切れのよい声で弟子を称える。

「光栄です、モーガン博士」

ミス・ツダは控えめな笑みを浮かべながら、誘いを受け流した。


 同じ部屋で実験中だったヴィクターは唇を強く噛み締める。

女子大学に男子は入学できない。憧れのモーガン博士が秋からブリンマーの准教授に就任し去る予定であることを知り、何とか教えを受けたくてジョンズ・ホプキンス大学から急ぎウッズホール夏期実習に志願したのに、自身はこんな熱烈な激励を受けたことはなかったからだ。

発生学の分野で精力的に論文を生み出している博士は、辛辣で容易に人を褒めないことも知っていた。


 独立宣言の署名者を先祖に持ち、謹厳な祖父母に養育され、裕福な環境と幅広く高い教育、優れた頭脳と容姿を以て成長してきたヴィクターは、他者の後塵を拝することに慣れていなかった。特にその相手が女性であればなおさら。

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