ある冬の日
花月 里羽 (かずき りこ)
~一年目~
「ふぅ。」と吐く息が寒さで白く染まる。
冬の透明感のある空と、影絵のような葉の落ちた木々の景色を、公園のベンチに座ってのんびりと眺める。
時折大きく息を吸って、冬の澄んだ空気とこの時間を楽しむ。
少し日差しがあるものの、今日はかなり寒い。
そのせいか、公園にはほとんど人はいない。静かだ。
秋の日の散歩で見つけたこの公園に来るのは、もう何度目だろう。
この公園に最初に通りかかった時に見た、「秋の絨毯」は自分にとって今でも色褪せることのない景色だ。
あの日から、休みの日は割と散歩するようになった。
気に入った景色をスマホで写真に撮り、ついでに小腹を満たす喫茶店やカフェを見つけることも楽しみになった。
冬の景色もいいなぁと思い、ベンチに座ったままスマホで写真を撮る。
北風が木々の枝を揺らす。その冬の歌に耳を澄ます。
そのまま、何も考えず景色をボーっと眺めて、気づけば小一時間。
世界の美しさを感じながら瞑想の様に過ごす、ある意味贅沢なこの時間が、不思議なことに自分を豊かにしてくれているように最近感じている。
さすがに寒いので、今日は何食べようかな?とウキウキしながら、公園のそばにある、あの喫茶店へと向かう。
「秋の絨毯」の日に、雨宿りでたまたま入った喫茶店は、この公園へ散歩する度に必ず寄るお気に入りの店だ。
入口の扉の上に、もの凄く控えめな金色の文字で 喫茶・空中庭園 と書いてある。控えめすぎてしばらくの間、気づかなかったくらいだ。
居心地の良い、この喫茶店にピッタリの名前だと思う。
いつものようにカランコロンと音の鳴る扉を開けて入ると、顔なじみになってきた店員さんが、笑顔で
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ。」と声を掛けてくれる。
コートを脱いで、空いている窓際の席に座る。
水とおしぼりとメニューを持ってきた店員さんが、
「まだランチメニューも大丈夫ですよ。」と教えてくれる。
最初にこの喫茶店で注文した、ホットサンドとコーヒーとケーキにすっかりハマってしまい、いつもほとんどこの3つを注文しているのだが、
「今日は寒いですので、ランチメニューの具沢山のクラムチャウダーがお勧めです。トーストした食パンとゆで卵と飲み物も付いています。」と言われて、珍しくクラムチャウダーのランチセットにしてみた。
飲み物はもちろんホットコーヒーだ。
コーヒーは、クラムチャウダーがあるので食後にする。
置いてある雑誌を取ってきて、ゆっくり見ていると、ランチがきた。
「お待たせ致しました。ランチメニューのクラムチャウダーセットです。
小皿の粉チーズは、クラムチャウダーにお好みでお使いください。
クラムチャウダーの容器が熱くなっておりますので、お食事の際はお気を付けください。」と店員さん。
「ありがとう。」と返答して、早速頂く。
湯気の立つクラムチャウダー。具沢山なので、大き目のスプーンが付いている。まずはスープだけをふぅふぅと少し冷まして、一口。
貝の濃厚な旨みが温かさと共に口いっぱいに広がり、美味しい。
次は具と共に、頂く。
貝以外に、ベーコン、じゃがいも、ニンジン、たまねぎ、きのこ等も入っており、ボリュームがあり嬉しい。
それに、それぞれの具材が、クラムチャウダーのスープの味を更に豊かな味にしてくれている。
セットの食べやすいようにカットされた、焼き立てで厚めの食パンは、外はカリッ、中はふわっとで、噛むとたっぷり塗られ溶けたバターがジュワーと口の中に広がってパンとバターの味と風味が最高!
冬の寒さで凍えた体に、美味しさと共に温かさもしみ渡る。
クラムチャウダーを半分弱食べたところで、粉チーズをかけて溶かして一口。更にコクが深くなり、ちょっとした味変になって、また美味しい。
ゆで卵を剥いてちょこっと塩をかけてパクリ。半熟気味なところがパンにも合ってとてもいい感じだ。夢中で食べて、気づけば完食。
今日も美味しかった……と、幸せな気分になる。
この喫茶店・空中庭園で食事をしてから、食べ物は大事だなと思うようになった。
残業になることも多く、疲れから作るのが億劫で、コンビニやスーパーのお弁当や総菜などで食事をすませていたが、休みの日の散歩で色んなお店で食事やお茶をするようになって、少しずつではあるが、料理するようになってきた。自分にとっては大きな変化だ。
休みの日に、大きな鍋で作り置き用のポトフ(これが一番楽に作れるし、味変できる)を作ったり、晩にご飯を多めに炊いて、朝食とお昼のお弁当用におにぎりにしたりするようになった。
ずっと使っていなかった炊飯ジャーをまた使うようになって、エライエライと自分で自分を褒めた。
おにぎりの中の具は、入れたり入れなかったりその時の気分だ。
昼にお弁当としておにぎりを持っていくようになると、買いに行く時間と手間も浮いてびっくりするくらい楽だ。
ゆで卵も、お昼のお弁当に追加していいかも?などと思っていると、店員さんがきて、
「食後のコーヒーをお持ちしてもいいですか?」と、すかさず
「ケーキも頼みたいのですが」とお願いした。
先程メニューを見たときに、今日のケーキは何にしようかと思っていたら、冬限定のアップルパイがあったので、アップルパイを注文。
すると、店員さんが
「今日は寒いですので、アップルパイは少し温めて出すこともできますが、どうされますか?」と聞かれたので
「温めてお願いします!」と即答。とにかく楽しみだ。
食べ終わった食器を片付けてキレイにしてもらったテーブルで、再び雑誌を見ていると、コーヒーとケーキがやってきた。
「ブレンドのホットコーヒーとアップルパイです。ご注文は以上でよろしかったですか?」と丁寧にコーヒーやケーキを置いてくれる店員さん。
「はい。」と答え、早速コーヒーをブラックのまま一口飲む。
ゆっくりコーヒーの香りと味を楽しむ。
淹れたてのコーヒーは本当にいい香りだなぁと思う。
次はアップルパイへ。温めてある少し大きめのアップルパイ。
アップルパイの横に、生クリームが多めに盛り付けてあり、うれしい。
フォークでアップルパイを食べやすい大きさにカットしようとしたら、
「サクッ。」と音が鳴る。
オーブンで焦がさないように温めてくれたようで、パイ生地が焼き立ての様にサクサクだ。
まずはそのまま食べる。バターたっぷりのサクサクのパイと、甘めの、でもしっかりとリンゴの風味と食感もある、リンゴを煮た中身との組み合わせが、温かさもあって更に美味しい。
再び、コーヒーを一口飲んで、次は生クリームと一緒に食べる。
意外なことに、生クリームはしっかりと甘い。けれどそれが良い。
生クリームの甘さとコクが、アップルパイの甘さと相まって、また別の美味しさだ。
そのままと生クリームと一緒とで、コーヒーを飲みながら交互に食べる。またまた、幸せな気分になる。
ただ、コーヒーが足りなくなるかな?と思い、店員さんにコーヒーのおかわりを注文した。この喫茶店は、コーヒーの二杯目は半額になる為、頼みやすい。うれしいサービスだ。
一杯目はブラックで飲んだので、いつものように二杯目はミルクをと思っていたが、アップルパイの生クリームがまだ充分残っている。
やってきた二杯目のコーヒーに、生クリームをたっぷり入れて飲む。
いつものコーヒーミルクとは違った、やわらかな口当たりと程良い甘み。
生クリームが甘めだったので、今日は砂糖を入れなくても良さそうだなぁと、アップルパイを食べながら飲む。
相変わらず、コーヒーは父の飲み方だ。ふと、この間久しぶりに実家に帰った時のことを思い出す。
しばらく実家に帰っていなかったが、今回の年末は帰った。
帰ろうと思う気になったのだ。これまでは疲れが溜まり、帰る気力もなかったんだなぁと気づいた。
年末年始を実家でゆっくり過ごした。父も母も帰省をとても喜んでくれて、これからはもうちょっと帰ろうと思った。
お土産にと、ネットで検索して買いに行った、人気のクッキーの詰め合わせにも大喜びしてくれて、嬉しかった。
父のコーヒーの飲み方の話になり、家族で盛り上がり、年明けに父のお気に入りのコーヒーが美味しい喫茶店へ、家族で行ったのも楽しかった。
そのお店のコーヒーも美味しくて、この喫茶店・空中庭園の話をしたら、今度は自分たちを、今年中にそのお店に案内してねということになった。
きっと気に入ってくれるだろうなと、生クリームで程よい甘さのコーヒーに、あぁ、これってウィンナーコーヒーになるのかな?と、ふと思う。
生クリームを乗せたコーヒーの事をそう言ったような気がする。
あとで、アップルパイの中身と共に調べてみようと、のんびり窓の外の公園の景色を眺めながら残りのアップルパイを食べ、コーヒーを飲む。
秋の絨毯の公園は、大きな敷地に広場はあるが遊具は少なく、色んな樹木がたくさん植えてあり、ベンチや小さな遊歩道もある。喫茶店の窓から見える、通り向こうの公園の木々の景色は、一枚の絵の様で和む。
今日も美味しかったなぁと、最後にコーヒーを飲み干し完食。
食べ終わったが、店内が混んでいないので、雑誌を最後まで読む。
読み終わった雑誌を戻し、コートを着てレジへ。
会計を済ませて、店員さんに
「今日も美味しかったです。ごちそう様でした。」と言うと
「いつもありがとうございます。またお待ちしていますね。」と笑顔。
少し親し気な口調なのが嬉しくて、
「また来ます。」とこちらも笑顔で外へ出た。
気づけばもう日は暮れてきており、外は更に寒くなっていた。
冬は日が暮れるのが速いなぁ。
今日の晩ごはんを食べるかどうしようかと悩んで歩いていると、目の端にフワリと映る物が。見上げると雪がチラホラと降ってきている。
そういえば、最初にこの喫茶店に入るきっかけが、急に降られた雨だった。あの雨が降らなかったら、この喫茶店に気づくことも、入ることも無かっただろう。本当に何が幸いするかなんて、分からないものだ。
今、降っている雪が、誰かにとって何かのきっかけになっているのかもしれない。
あの秋の日の自分のように。
そう思うと、急にこの景色をスマホで撮りたくなった。
うっすらとした夕暮れ越しの、ただ雪の降る街並みを。
写真を撮り、再び今度は少し早歩きで家路につく。
遅めの晩ご飯に、作り置きしたポトフを少し食べようかなと思いつつ。
鼻歌を歌いながら。
~お読みいただきありがとうございました~
※アップルパイの中身は、アップルフィリングと言います。
※ウィンナーコーヒーは、「ウィーン風コーヒー」の意味です。
ドイツのアインシュペンナーという、クリーム入りのコーヒーが元に
なっていると言われており、生クリームを浮かべたコーヒーの事です。
ある冬の日 花月 里羽 (かずき りこ) @kazuki-riko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます